第二部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』002
それから小一時間ほどかかっただろうか。
アルル一行(無視されながらも飄々とついてきた、ルビーとアイーニャ)は、遠くに見えた塀なのか城塞なのかの前に来ていた。
実際に前まで来てみると、高さはゆうに50mは超えるかという所。
左右に、どこまで伸びているかもわからないぐらいの大きさだ。
「えーと、これどこから入ればいいのかな」
アルルは辺りを見渡したが、それらしい門なり扉は見受けられない。
「アハーなんとなくここら辺、かなり様変わりしてまスネー。ワタシが昔ここらで追い剥ぎしてた時とは違う気がしまスネー。」
「昔……それって、どのくらいの昔なの?」
「数えてないので分かりまセーン、アハハハー」
少しばかりぴくりと青筋がアルルの顔に現れたが、すぐに収まる。
「うーん、ちょっと壁際歩いて確認してみようか」
アルルの提案に頷くルビーにアイーニャ。
そこから一行は壁伝いに、小一時間ほどをかけて門扉の確認をしたが、門扉は確認できなかった。
「これ、どこまで続いてるかわからないけど、入り口ってもしかしたら無いのかな……」
「アハーそうですねー。なんか人が警備している様な痕跡も無いですしネー。アイーニャはどう思うー?」
「私達エルフはあんまり人間との交流が無いんでぇ、なんともなんですけどぉ。ーーそういえばくそ親父が二、三十年前から森に人間が入らなくなってきたって言っていたかもしれません」
ーーそ、そんなにシュバルツさん嫌いだったの⁉︎いや、そんなに昔から人間が森に入ってない……?
「アハーなるほどー。うーん、これはもう勝手に塀を超えてみるしか無いですカネー」
「……勝手にかぁ。方法はあるの?」
「マア、ワタシが翼生やして持っていってもいいですガー。アルルさんは普通に走って飛んで越えられるんじゃ無いデスー?」
「えっ? ははっ、いや無理でしょ。人間には」
「エ?」
「えっ、は?」
「イヤ、いけますってアハハ」
「いや無理だろ」
「エ?」
「え、じゃ無いって。どう考えても無理だから。人間に何十mも駆け上がれ無いよ」
さも当たり前のようにアルルは笑っていなす。
うーん、できると思わなければできない。みたいな事なのかナー。などとぶつぶつ腕を組んでルビーは首を傾げたが。
「マア、わかりました。そしたらワタシがなんとか二人を運びまショウ」
赤髪の吸血姫ゾンビは目を瞑ったかと思った瞬間、漆黒の翼が背中に出現。否、漆黒の翼を背中に展開させた。
その翼は、蝙蝠を思わせる様な一種の禍々しさを含んでいる。
そして目を瞑ったままにうんと唸ると、翼が一回り大きく変形。
アルルとアイーニャを、運べるだけの大きさにしたのだろう。
『おおー!』
珍しくアルルは感嘆の声を漏らす。アイーニャと共に。
ルビーは二人を連れて空中に舞う。ふよふよと。
大きな翼を創造したが、流石に二人は厳しいようで。右に左にふよふよ、ふらふら、頑張ってアルルとアイーニャを上へ上へと運んでいく。
そうしてアルル一行は、塀の上に降り立つ。
エルフ達から聞いた情報によれば。第四外区スーリヤ・ナンは、リン・ダート共和国連邦に入る為の関所兼防衛都市として機能しているという話だ。
遠くに街らしいものが見える。
「あれがスーリヤ・ナンかな?」
「アハー、多分そうっぽいでスネー」
その街よりアルル達がいる壁まで、簡易的な膜屋がぽつぽつと点在しているし、人がまばらに動いている。
その人々は、多くが腰には剣を差している。
「なんか物騒な感じなのかな……」
「アイー、なるべく目立たない方が良いかもでスネー。アイー……ねえねえ、アイーニャー?」
「はい、何ですぅ? ルビー様」
「アイーニャの事、アイーって呼んでいいかナー?」
「いいですよぉルビー様ぁ」
「ヤター! アイー?」
「はーい、ルビー様ぁ」
「アイー」
「はーい、ルビー様ぁ」
イエイとばかりに、またまたハイタッチをするルビーとアイーニャ。
「うーん、目立たずにかぁ。どうやって降りる?」
委細を無視して、アルルはどうするかを考える。
「アハー、気にしたら負けですよ、アハハー。こうゆうのはさっと降りれば意外と気付かないものですカラー」
「えっ?いやいや……そんな短絡的なっ⁉︎」
言うが早いか、ルビーは二人を抱えて飛び降りた。
数十mを一気呵成に。
アルルはその時、遊園地にある急上昇急降下の座椅子型の乗り物を思い出す。
急降下の時のあの、内臓が浮いているような気持ち悪さを思い出していた。
ほんの数コンマ何秒の後、ルビーは瞬間的に翼を広げ急制動をかける。
「ヌーーー」
抑揚の無い掛け声だが、抱えている二人に聞こえるぐらいの音量に縛っていた。そういう所は抜け目無いなとアルルは思ったし。
その後の、ふわりとした着地にもなかなかの高評価を、勝手に心で送る。
「フー、アハハ。ねえ? 考えるよりも産むが安安しぃでショウー?」
「やすしね。易し……まあ、安産だからいいのか?」
「ウヒョー」
何故かルビーは、アルルの肩をばんばんと叩く。
いや、うざいってやめろよ。などと言い合って一行は気づく。
降り立った地点、三人がいるところにもう一人いる事を。
壁に向かって立ち小便をしている男に、一行は立ち会った。
「えっ?」
「あー」
「アハー」
「こんな近くで人間初めて見ましたぁ」
「えっ? ちょっ、はぁ!? ままっまっ、ちょ!? えぇ?」
立ち小便の男は激しく動揺している。動揺とは裏腹に、まだまだ用は足せない様で続く続く。
「ええぇ、何!? ちょちょ、ちょっ、まっ。えええぇ⁉︎」
「あ、すみません。急に……あのー」
アルルが急いで説明を試みるも。
「アハー、意外とびっくりしても続くもんなんですネー、アハハ」
「へぇ、人間のもエルフのとそんな変わらないんですねぇ」
ルビーとアイーニャは、何故かその男の用足しをまじまじと見ている。
「ええ!? ちょちょ、やめ! や、やめて〜」
男は続くものを引っ込める事はできず、されど大きく動いて、体を逸らす事もできない。何故か見てくる奴らから、体をひょこひょこと別方向に変えようとする。
が、回転方向に付いていくルビーとアイーニャ。
「なんで〜!? や、やめて〜」
アルルは無言でルビーとアイーニャの首根っこを捕まえて、男と距離を取った。
ーーそのぅ、本当にすみません。それだけ言って両手にルビー達を捕まえたまま、アルルも後ろを向く。
「……」
男はぶるっと体を震わせた後、見せ物にされてしまった自分のを仕舞う。
「……」
再びの沈黙。
「あのー、その……すいませんでした。驚かれましたよね?」
再びの沈黙。と言うよりは気まずい雰囲気だ。
「コホン……あ〜なんだ。その、君たちは?」
男は20代後半くらいの風貌で、無精髭を蓄えたハンサムとまでは言えないが、そこそこに鋭い眼光をしている。(若干、今は耳朶がほんのり赤い)
鎧の下に着用するはずのチェインシャツを着ている事から、何かの兵士か傭兵なのだろう。
「ああ、いや何というかぁ旅の者? ……ですかねぇ」
アルルは心でしまったと思った。ーー旅の者って何だよ、余計に怪しいじゃないか。
「うむむ……そ、そうか……いや」
男も一片に色々な事が起きたので、混乱している。
「アハー、まあ立ち話も何ですシー、どっかで腰を落ち着けて話しませんカー? ねえー? ……立ったあとに立ち話も、ネー?」
「う、うむぅ。……そ、そうだな、そうしよう。ここでは……そのーまあ、なんというかな。……ある事だしな」
「はーい、ここ濡れてますもんねぇルビー様」
何となく有耶無耶にして、お茶でもできる機会を作ったルビー。
ーーすげぇ強引。いいのー? と、アルルは思ったが。流れに任せようと、何も言わなかった。




