第二部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』001
プロローグ
森を抜けるとそこには小高い丘が見えた。
久しぶりの空を仰ぎ見るアルルとルビー。
あのエルフ達との騒乱、その後の戦後処理。そんなあれやこれを終わらせて二年が経つ。
そんな長い時間を森の下の、巨大な地下空洞にいたのだ。懐かしさすら、空を見て感じる事だろう。
亡国の英雄、アルル=エルセフォイは14歳になっていた。
愛する人との結婚式当日より、気づいたらこの世界に転生して早14年程が過ぎた事になる。
「うわ、眩しいなぁ。そういえば空も太陽も久しぶりだ」
あれが知っている太陽と呼んでいいのか、青年一歩手前のアルルは思った。が、まあいいかとその思考を端に寄せる。
「ウヘヘー、太陽が肌にチクチクしまスネー。アハハ」
一緒に行動を共にする、赤髪の吸血姫ゾンビのルビーは、いつもながら楽しそうに笑うのであった。
「そういえば吸血鬼なんだっけ……太陽ダメなんじゃないの?」
「アハハー、日に当たった瞬間蒸発するかもと思ってましたが、大丈夫そうデスネー。ヨカッタヨカッター」
確かめもせずに、かなり危ない橋をルビーは渡ったようだ。
「蒸発してもお墓ぐらいは建ててあげるよ」
「オホー、それはかたじけのうございマスー。って、オオイ!」
なんの掛け合いなのか、ルビーはアルルに抱きつきに行く。それをアルルは、片手で顎を掴んで近づけさせない。
アウアウとじたばたするルビーに、淡々と「いや、ボケてないから。本当に言ってる」と、冷たく言い放つ。
そんなやり取りを、微笑ましく見ているエルフが二人。
森を抜けて、アルルとルビーは原っぱに出ている。日のあたる所まで。
が、シュバルツ・レレア=フィーエルと、その娘のアイーニャ・レレア=フィーエルは森の境界線。
ちょうど木陰が届く範囲までで、止まっている。
アルルとルビー、シュバルツとアイーニャ。数mも離れてはいないが、対照的な二組の関係がそこにはあった。
見送られる側と、見送る側だ。
エルフの国を救った英雄達と、救われたエルフ達との触れ合いは、どうやらここまでのようである。
「アルル殿。ルビー殿……。我らをお救い頂きました事、このシュバルツ一生かけて語り継がせて頂きます。どうかこの先も体には気を付けて、吹き荒ぶ恵みがお二人にいつまでも吹く様に祈ります」
恭しく頭を下げる。それに合わせて、隣のアイーニャも深々と頭を下げた。
この二年、身の回りのお世話をしてくれたエルフの二人に、アルルも思う所はあるのか。
「あ、いえ……こちらこそお世話になっちゃって」
「アハー。アルルさーん寂しいんデスカー?アハハーカワイイカモー、アハハー」
またぞろ、抱きつこうとするルビーを片手でいなし。
「二人もお元気で。……さようなら」
軽く会釈をして前に歩き出すアルル。
目指すは丘の向こう。
リン・ダート共和国連邦。
アルルは彼女の下に帰る方法を探す為、当ての無い旅路を行く。
その可能性を追い求めて。
自身が元いた場所に帰る為、英雄は進む。
「そういえば、アイーニャはほとんど喋らなかったね。ずっと……」
「アハハー、そうでスネー。でもカワイイから正義でショウ。アハハー」
「ゾンビはいつも気楽でいいね」
赤髪の吸血姫ゾンビと一緒に、英雄は進む。
第2部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』
アルルとルビーは、小高い丘を登りきる。
そこに吹く一陣の風。
森から抜けた時よりも広い空がそこにあった。
そこより遠く眼下に見えるのが、話に聞いたリン・ダート共和国連邦の入り口だ。
左右にどこまでも続く塀が見える。
「ん?」
「エー?」
丘を登り切った所で、アルルとルビーは違和感に気づいて振り返る。
そこには、先程お別れをしたばかりのエルフの娘、アイーニャ・レレア=フィーエルが何故かいるのだ。
「えっ?」
「アハー、どうしたのー?」
アイーニャは恥ずかしそうに人差し指で、淡いグリーンの髪の端を、くるくると弄った。
「えへへっ……アルル様とルビー様について行こうと思いましてぇ」
アイーニャが喋る。至極普通に。
「……っは⁉︎」
アルルは驚きのあまり空いた口が塞がらない。
その顔がどうやらルビーの笑いのツボに入ったらしく、くつくつと肩を震わせている。
「ぜひぜひ!私をお供にお願いしまぁす。アルル様ルビー様ぁー」
びしっと右手で、額に手を当てるアイーニャ。敬礼のポーズになっているが、この世界に敬礼というもののポーズがあるのか。アルルは考える。
ーーいやいや、今考えるのはそこじゃなくて。いや何から話出せばいいんだ?
アルルはますます混乱していく。
「ビバ!美少女エルフー。いいよーいいよー、アイーニャ!一緒に行こうゼー!アハハ、いい流れいい流れーアハハハ」
アルルの混乱をよそに勝手に話を進めるルビー。
「ちょっ、待って。その……アイーニャはえっと。喋れる、のはいいか……。えっと、そのシュバルツさんとか、エルフの国とかはどーするの?」
混乱したまま、しどろもどろでアルルはアイーニャに問う。
「ええ、くそ親父もくそエルフの国もどうでもいいんですぅ。アルル様とルビー様について行って、私は私の知見を広めたいんですぅ。えへっ」
辛辣な言葉が返ってきた。見た目の可愛らしい仕草と反比例するかのような。
「く、くそっ……?」
「エッヘッヘ、アルルさーん。実はアイーニャが喋れる事はワタシは知っていまシター。女子会?っていうものをアルルさんの知らない所で色々。そりゃもう色々してて、ワタシ達は大の仲良しさんになっていたのでしター。アハハー」
ルビーはアイーニャの頭を撫でている。アイーニャも、喉を鳴らす猫の様な顔で満足そうだ。
かと思えば、ルビーはアイーニャを持って、中空に放ってはキャッチを繰り返す。
親が子供にするような、高い高いをやっている。
アイーニャはきゃっきゃっと楽しそうだ。
「……」
アルルは、なんと言っていいか。ただただ困惑した。
「アハー、アイーニャはずっとシュバルツさんの為に、良い娘を演じていたけれど、結構しんどかったみたいデスヨー」
「そうなんですぅ。ずっと喋らない女がいい女と信じてるんです、あのくそ親父はー。キャハー。ルビー様楽しいですぅこれ」
高い高いが継続的に行われつつ、会話をするルビーとアイーニャ。
「そ、そうなんだ……なんか色々あるんだねきっと、親子にも。でもその……大丈夫なの?……えーっと、家出になるんじゃないの?」
上がったり下がったりするアイーニャを、遠い目をしてアルルは見ている。
「あっ、大丈夫ですぅ。アルル様と子作りするからって言ったら、快く送り出してくれましたぁ。えへへ」
「えっ?」
固まるアルル。
「アハハハッー、やったねアルルさーん!ハーレム、一号ゲットしまシター」
「あっでもぅ、心配しないで下さいアルル様!ーーアルル様には、もう心に決めたお方がいるのは重々承知してますぅ。あのくそ親父から離れる口実作りの為の子作り口実。えへへぇ、なんか変な感じになってますぅ。キャハー、高いですぅ」
「……うん。そうか……はい」
アルルは何故か酷い倦怠感を覚え、考えるのをやめた。
「あっでもぅ。アルル様からのご要望あれば、いつでも子作りは歓迎ですぅ」
高い高いの遊びを終えたルビー達は、イエイとばかりにハイタッチ。
「アハハー、やったねアルル!略してヤたルルー!」
アルルは歩き出す。
眼前に見えるリン・ダート共和国連邦の玄関口。
第四外区スーリヤ・ナン。そこに向けて。
長く左右に展開した塀なのか城塞なのか。目視はできるが、そこまでの距離はまだまだありそうなので、アルルは進む事を選択する。
赤いゾンビとエルフの少女を無視して。
小さな英雄アルル=エルセフォイは、ーー風が気持ちいいなぁ。あ、雲が流れてる。なんか不思議な形の雲だなぁ……
そんな事を思いながら歩を進めた。




