4章 吹き荒ぶ風 005
「意外と時間かかったねー」
準備のため先に飛んで、屋上についたシルフィは、準備は済んだ様子で浮いている。
ただ準備が本当に済んでいるかは、ぱっと見た感じでは見受けられはしない。アルルは勝手な思い込みで、儀式的なものを思い浮かべていたからだ。
シルフィの周囲には、儀式っぽい道具は見当たらない。
しかし、シルフィは右手を下げ、左手を上に。足は開いてそのまま硬直している。昔に見た、バレリーナかフィギュアスケートの人みたいだなとアルルは思った。
「オホー、いよいよですかシルフィ。アハハ」
ルビーの後に、シュバルツやアイーニャ。さっきまで謁見の間にいたエルフ達も数名が、元妖精王の最後を見守る為に、ぞろぞろと揃い出す。
「ボクは風に戻るけど。みんな元気にやっていってね。えへへ」
緩やかな風が吹く。
また少し、エルフ達はしんみりとする様子。
「風が……」
アルルは頬を凪ぐ風を感じる。
ーーここは地下の空洞であるはずなのに、なんで風が吹くんだろう。こんな自然に。
いつの間にやら、隣に立っているルビーにアルルは聞いてみた。
「アハハ、それを言ったらなんで手からカミナリがでるんでスカー。アハハー」
「……」
確かに。と、アルルは胸中で呟く。
「アルル殿、風はそこらじゅうにあるものです。いつも我々を守る為に。それが吹き荒ぶ元型の加護なのです。そうだろう? アイーニャ」
「……っ。」
シュバルツはそう会話に入ってきて、アイーニャに親指を立てる。アイーニャも言葉を発さず、にこやかな顔だけで親指を立てた。
他のエルフ達も、うんうんと顔を縦に振る。
そうかー、可笑しいのはオレだけだったかーと。アルルは諦めにも似た自嘲をして、自身の髪を通る緩やかな風を感じ。
そして、再びシルフィに目を向ける。
城の屋上にも、光を発する樹木。光琳樹が設備されていて、そこそこの灯りを放っていた。
その光琳樹が、だんだんと明滅を繰り返して。それを繰り返しては、光量が徐々に上がっていく。
いよいよ、何かしらの儀式が始まったという様な、雰囲気を醸し出してきた。
その段階で、エルフ達は膝を付いて、両手は祈るように、目を瞑る。
アルルとルビーは、訳もわからずにきょろきょろとしてしまう。
「これって、何かオレらもしなくちゃいけないのかな?」
空気を読んで、ひそひそとルビーに話すアルル。
「アハハー、どうなんでしょうネー。……大丈夫そうな気もしますけドネー」
普通に声を出すルビーに、ひやりとして。思わず周りを見てしまう。
シュバルツ達は意に介せずといった風だ。
少し胸を撫で下ろすアルル。
「アハハー、でもこの感じ、お葬式に出た時となんか似てますねー。アハー、作法とか誰も教えてくれなくて、取り敢えず前の人のお焼香のあげ方マネてみるトカー。アハハ」
「あっ、お焼香ねぇ。……なんか懐かしいな、確かに見よう見まねでやった気がする。てか、お焼香って知ってるの?」
「マア、ニホンには結構住んでたんデネー。アハハ」
つい懐かしく、アルルも普通に声を出してしまう。
はっとして、すぐに居住まいを正す。
光琳樹の明滅具合は、さらに速度を増し。明るさも強調されている。
先程まで、緩く吹いていた風もだんだんと強さが上がってきていた。
風自体の流れも、シルフィを中心に弧を描く様に、指向性を伴って吹いている。
木の葉がそのように舞っているから、視認しやすかった。
風はやがて、強風と言っても差し支えのない強さまで上がって来ている。
囂々と、シルフィを取り巻くように吹く。
吹き荒ぶ元型。その呼び名は正しかった。
立ってられない程の強風なのかもしれないが、アルルとルビーは乱れる髪を抑えながら平然と立つ。
エルフ達が膝をつき、目を瞑るのは。エルフ特有の宗教感や、倫理観に基づくものでは無く。ただただ、実際的にこの強風の前では立つ事も、目をあけ続けるのも困難だからなのだろう。
もちろん宗教的な意味が全く無いという事はないだろうが、実際的な事柄に宗教的なものが付随してきた。と、いう事はある。
激しさを増す風。吹き荒ぶ風。
明滅を繰り返し、神々しく光出す樹木達。
アルルは、ばたばたと乱れる髪を抑えつつその光景を見つめた。
お焼香から引きづられて蘇った記憶。葬式に行った時の事を思い出す。
結婚式を挙げる前の、彼女と一緒に行った葬式の事を。
共通の友達の身内の不幸。その友達の父親の葬式だった。
一通り終えた帰り道。
彼女は言った。ーー人っていつか死んじゃうんだよね。……私たちも。
自分が何を言ったのかはあやふやだ。
彼女は言った。ーーお焼香って、人によって一回なのか、二回なのか、三回なのかバラバラな気がする。
自分は何を言っただろう。
彼女は言った。ーー私もいつも、何回だっけってついつい忘れちゃうんだけど。あまり頻繁にあって嬉しいものではないから。……それでいいのかな。
アルルはぼうっと、そんな事を思い出していた。
人はいつか死ぬ。お焼香。
この世界にいる人は人なのだろうか。
元いた世界は記憶にしかなく。現実感はどんどんと薄れていく。
元々現実感の無い、今のこの世界。記憶には新しいはずなのに、どこか遠いおじいさんの死。
どうすればいいのだろう。
《現実感の無さ》だけに、どんどんと囲まれる。
ふうっと息を吐くアルル。
その息は、瞬く間に暴風の中へ消えた。
どうやら儀式の終わりが近づいて来ている様だ。
吹き荒ぶ元型のシルフィは、風に溶けて消える。
暖かな風がふわっと、そこにいる者を包む。否、妖精国であった地域全体に。
その優しい風は届いていくのだろう。
「アルル殿、ルビー殿。最後まで見届けて頂いて。……誠にありがとうございます。このあとは細々とした戦後処理や、今後の運営を考える議会など。我々の仕事となります。お二人におかれましては、今しばらく休息をお取りください。シュバルツにアイーニャよ。お二人をお願いするよ」
エルフの一人がそう言うと、シュバルツとアイーニャは頭を下げた。
「あのー、霊威浄化の件ですが……」
アルルは偉いであろう、その一人のエルフに話しかける。
「一応、最初に被害にあった所から始めるんですが、それでいいですか?」
「……はい、ええ。ーーそのー、本当にやっていただけるのですか?」
びっくりした様な顔の、偉そうなエルフ。
「ええ、もちろん。シルフィさんにも約束しました」
「ああ、なんと……ありがたい事です」
そのエルフは、ちょっと涙すら浮かべる。
「移動や準備とか考えると、明日あたりからになると思います。それでそのー、支度の相談を誰かにお願いしたいんですが」
アルルは今後の事をちゃんと考え、真面目に段取りを組んでいる様だ。
「では、その任はシュバルツに任せます。いいですねシュバルツ?」
「はい、承りました」
さっすが仕事ができるアルル、さすアルー。などとヤジを飛ばすルビーを、横目で無視しつつ。
アルル達はシュバルツとアイーニャに連れられて、一旦宿に戻る。
宿に戻った所で、今後の方針について話し合う。
その後、夕食を済ませて充てがわれた三階の部屋で、少し羽を伸ばすアルルとルビー。
「おい、ゾンビ」
アルルは部屋の窓際。欄干に肘をつき、外を眺めつつルビーを呼ばわった。
「アハハー、アルルさーん。ルビーって呼んでヨー、もおー。で、なんでスカー?」
「これで、……良かったのかなぁ」
「アハハー。何か、は特に聞きませんが。良かったんじゃないデスカー。アハハ」
「ゾンビは気楽でいいな」
「エヘー……。アルルさん。噛まれてみます?」
霧になって、アルルの側に移動する。
アルルの肩に手を回し、ルビーは顔を近づけ悪そうに嘯いた。
「ゾンビは嫌だなぁ」
アルルは片手でルビーの顔を引き剥がす。
「エウーー」
変な声を出して、ちょっとでいいからーちょっとでいいからー。と、じたばたしている。
アルルは片手でルビーを抑えつつ。窓から見える妖精国だった街並みを見る。
緩やかな風が、アルルの頬を凪いだ。
シルフィの声が。
あの小さな妖精の声が聞こえた様な気がした。




