4章 吹き荒ぶ風 004
「ネエネエ、シルフィー。抱きついてもいいカナー?アハハー」
ルビーは素を取り戻したらしいシルフィに、すぐさま馴れ馴れしくそんな事を投げかけるのであった。
「うん、いいよー。ボクも実はゾンビの肌感が気になってたのー。えへへ」
ルビーはシルフィを、ぬいぐるみでも抱くかの様にぎゅっとしてみた。もちろん最大限に力を入れずにとは思うが。アルルは少し心配になって、何かあればすぐルビーを攻撃できる位置まで移動する。
「ウワー、いいですねいいですね。シルフィは肌がモッチモチダー。アハハハー」
「わー、やっぱりゾンビって体温ないんだねー。新鮮な感じー!しかも、ひんやりで気持ちいいねー。あと臭く無いねー。こんなに近寄ってもー。えへへ」
「エエ、そうなんです。ヴァンパイアになってから、絶えず腐る前に回復してるんだと思うんですヨネー。実は痛覚や味覚も、出てきたんですよー。ちょっとデスガー。アハハ」
「そうなんだー、じゃあこれはどうなのー?」
シルフィはルビーの脇をくすぐり出した。
「んっフッフ。脇はそもそも生前(?)から効かない体質なのデスヨー。アハハー」
ーーそういえば、くすぐっても全然効かない奴とか小学校の時、いたなぁ。と、アルルは思う。
ルビーとシルフィは、両手を繋いでくるくる回った。
遊園地にある、コーヒーカップ型の遊戯機の様にくるくると。
ルビーの筋力の成せる技なのか、飛んでいるシルフィが軽いのか。
人間であれば、流石にそう上手くは回り続けられはしない気もするけどと、アルルは考える。
考えて。ーーそう言えばこの世界には重力という考えはあるのだろうかと思った。
いくら軽いだろうといえ、五歳前後の体格にあの小さな羽でふわふわ飛べるものなのか。
ーーいや。重力が10分の1とか?……いやいや?その前にこの世界は丸いのか?太陽や月があるのは見てるが……。ん?あれは本当に太陽なのか?
考えても、およそ答えが見つからないだろう事に、アルルは思考を巡らす。
そして、ぐるぐるとした思考迷路から出られなくなる前に、アルルはその思考を停止させた。
ーー危なかったぁ。
「っと、……それじゃー。そろそろ、ボクは役目を果たそうと思うの。……えへへ。アルルもルビーも、少しの間だったけど、遊んでくれてありがとー。最後に誰かと遊びたかったんだボク」
シルフィは、その幼い顔には不釣り合いな程の、どこか寂しそうな微笑みを浮かべて言う。
エル・フィーエル妖精国はこの日、事実上なくなった。
元々がエルフだけで集まってできた国であるし、地下空洞を利用して大森林の保全を行いつつ、ひっそりと暮らしていて。他の国との交流などは無い。
そして、エルフの特性でそもそもが自給自足で事足りる程燃費の良い種族だし、穏やかなエルフ達には同胞同士のイザコザも無いに等しいのだ。
それは余計に、他国との交流の必要性がなかった。
無いが故に、地上の様々な国々からの認知も当然無いのである。地下にエルフの国がある事など、誰も知らないのだ。
それは、ここのエルフ達は十分知っているし、それでよかった。
プライドとしての妖精国。
基本は森と共に生き、それを守る。それこそが最重要な種族である。
元妖精王のシルフィは、謁見の間より上。どうやらここの城の屋上に場所を移すという事だった。
そこで還元魂の射法をするのだろう。
見ていても構わないという事で、アルルとルビーは屋上に案内される。
シルフィはふよふよと飛んで、先に屋上に行くらしい。
アルルとルビーは連れられるがまま、謁見の間の奥、屋上に続く螺旋階段を登る。
2人で並んで登るには、少し幅の狭い螺旋階段。案内役が先行し、それにアルル、ルビーと続く。
その後ろには、シュバルツとアイーニャの順で付いてくる。
全長で100mはあるだろう螺旋階段だ。
「アルルさーん、どうです?ーー元気でまシター?」
階段を登りつつ、雑談がしたいのかルビーはそんな事をアルルに聞いてきた。
「……いや。そもそも元気だよ、オレは」
なんとなくそう返してしまったアルル。
「アルル殿!何か体調が優れなかったのですか?」
ルビーの後ろにいるシュバルツが、会話が聞こえたようで心配になったのだろう。
またその後ろのアイーニャも、心配そうに顔を覗かせている。
「えっ?ーーあぁ。いや、大丈夫です大丈夫です。シュバルツさん」
アルルはパタパタと、手を振って答える。
位置からすると、シュバルツとアイーニャには手振りまでは見えない。螺旋階段だからだ。しかし、大丈夫の声は聞こえたので、シュバルツとアイーニャは安堵したようである。
「ゾンビもなんで今そんな事、聞いてくるんだよ」
アルルは若干、訝った目線を交えてルビーに聞く。
「アハハー。やだなーアルルさん。ただの雑談ですヨー。ザツダン。アハハ」
「……そりゃぁ。……元気に決まってるじゃん」
アルルは若干、螺旋階段を登るのを早めた。無意識ではあるだろう。
しかし、前方を登るエルフは特に足を早めるという訳ではなく。つっかえるのでアルルはまた同じ速度に戻る。
「……ああ。そういえば。シュバルツさんとアイーニャはこの先どうするんですー?」
ちょっと後ろの2人に届くように、強めに呼ばわる。話を逸らすかの様な、ワザとらしさを含め。
「はい、この先ですか……。ええ、一応エルフ議会などを発足して、エルフ国全体の今後を話し合うのにそこそこの時間をかけると思います。なので、個人の何やらはしばらく後回しになるでしょう。……アイーニャはまぁ、まだ若いので。今後の議会に従うも良し。自分の森を探すのもいいでしょう」
「自分の森……?なんですソレー?」
ルビーが会話に入ってくる。
「ああ、すみません。ええと、そうですねぇ。ーー人の感覚で言うと……うーん。伴侶を作る、とか。家族、仲間を増やす、とか。自分の家を持つ、とかですかねぇ。すみません。人の理など伝聞でしか聞かないもので。意味は広いかもしれません」
「アハハー。なるほどなるほど。異世界特有のアレですねーきっと!アハハー」
「いや、アレってなんだよ」
アルルは突っ込む。若干話が逸れてホッとした様な顔で。
「フッフッフ。異世界といえば、よく分からない単位体系と、異世界でしか通じない慣用句やスラングでスヨー。アハハー!異世界来た感じあるー」
ルビーはびしっと屋上に指を差し、階段を登ったまま高笑いをする。
「ああ……そうなんだ」
アルルは気のない返事をした。
「ねえねえ、アルルさーん。異世界きた感じしませんカー?アハハ。異世界にー」
ルビーがべたべたとアルルに触りなが言ってくる。
「ねえねえ、異世界にー。アハハー。アルルさーーん」
「いや、うざいって。やめて。……ちょ。やめって」
ルビーはなぜか、急にテンション高くアルルにちょっかいを出す。
「アルルさーん、アハハ。異世界に来たんですネー。アルルさーーん。異世界にー、アハハ」
「いや、マジでうざいって」
アルルはちょっかいをだされるのは、案外嫌いなのだ。
ルビーをさっと掴んで、螺旋階段から落とそうとする。
「っ!?」
シュバルツが慌てて止めに入る。入るが、アルルの腕力に勝てる者はここにはいないだろう。
「ああっ、アルルさん!ごめん、ごめんなさい。チョーシ乗っちゃいました、ごめんなサーイ。アハハハ」
本当に落とす気は無かったアルルは、すぐさまルビーを戻す。
なんやかやと、五分も掛からずに登れるはずの螺旋階段を。
一行は、十分以上掛けて屋上まで辿り着く。




