3章 死せる太陽は輝かない 012
死せる太陽は驚愕している。
小さな人間が発した光の稲妻に、自身の体が蝕まれ消えていく。死滅していく様を目の当たりにして、ただただ驚愕しながらなんとか距離を取るため浮遊する。
ダメージが大き過ぎて精神面に入り込めない。
「……っうぅ。ーーなんと……」
綻び、塵になった自身の体。三割程は消失しただろうか。
自身の精神面に置いてある、魂とも呼べる核には攻撃自体は届いてはいないものの。現実に顕現させている体の消失は、それでかなりの魔力消費だった。
しかし、それよりも問題なのが。
顕現させている体が、再生しない事である。
これは魔を滅する光の属性の攻撃を受けた事を示している。
「まさかっ、ーー勇者なのか……?」
ーーまずい。これはマズイ。我が主にすぐさま対応を仰がねばならないっ!
死せる大陽は空中を辛うじて浮遊しつつ、恐怖の対象となった少年を見やる。
聖なる雷により抉られる、エル・フィーエル妖精国の土という土。
左右に展開されていた下級魔族の軍。そのほとんどが雷の猛威に晒され、塵へと帰る。
焼かれる大地。空気すら熱せられ、膨張し。
小規模の爆発を所々で繰り返す。衝撃で舞い上がる粉塵ですら連鎖爆発を起こしている。
人の領域ではただただ畏怖の象徴である魔族ですら。
哀れに思える程の。
確かな地獄が、そこにはあった。
後方に位置するエルフ軍はその被害を奇跡的に受けてはいないものの、眼前の地獄絵図に阿鼻叫喚の様相を呈している。
赤髪の吸血姫ゾンビのルビーが珍しく、鬼気迫る声色で後退の指揮を執っている事も、被害を最小に抑えるに一役買ってはいる様子。
アルルは止まらない。
否、止まれない。
忘我の果てに全てを置いて来た。
唸る。
荒れ狂う。
薙ぎ払う。
『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』
肉の焦げる匂い。
土が焼ける匂い。
空気が爆ぜる匂い。
自由を手にし者の発動中。アルルの五感は、薄いフィルターを掛けたように薄まってはいるものの。
感覚としては認識している。
心と体が分離し、何者かに体の指揮権だけを取られている様な。
非当事者であるかの様な不可思議な感覚。
それをアルルは心で感じて、同時に認識した。
匂いも視覚も。
それが一種の懐かしさとなって、アルルの記憶を刺激する。
生まれたばかりの頃に感じた痛み。匂い。
育ててくれた優しいおじいさん。
生命が感じられない、死の山。
霊威浄化。
病に倒れた、優しいおじいさん。
あまねく雷撃は、容赦無く降り注ぐ。
地面は属性を変えられて、帯電する地面へと。
エルフの文化を象徴する建物は、ただでさえ魔族によって蹂躙されて瓦礫同然だったものも、あまねく雷撃でさらに破壊。或いは消滅し。
また帯電する。
そこに、文化の痕跡を見つけるのが難しい程に。
粉々に。
アルルは気付く。
エルフの国が、生まれ育ったあの死の山と同じになっているという事を。
またアルルは気付く。
あの山と、自身の出生には何かしらの因果関係がある。
という事を、薄々感じながらおじいさんの優しさに甘えて、敢えて考えないようにしていた自身の卑怯さを。
アルルは気付く。
おじいさんが死んだのは自分のせいであるという事を。
全てを焼き尽くし、薙ぎ払う聖なる雷は。
さらに過激さを増し変化する。
『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』『雷神』
元位冠13位雷神は特定の条件を揃えた為、特殊分岐が発生。
効能付与ーー範囲拡大、相性無視。
『雷神・絶死』に昇格。
まばゆい太陽の様な雷神の稲光は、悲しい程の青色に変わっていく。
深く深く。
誰かが泣いてでもいるかの様な、悲鳴のような。
鳴動に。
変わっていく。
『雷神・絶死』『雷神・絶死』『雷神・絶死』『雷神・絶死』『雷神・絶死』『雷神・絶死』『雷神・絶死』『雷神・絶死』『雷神・絶死』『雷神・絶死』
青い稲妻はさらに広範囲に、属性による相性も無視してさらに多くの地面や空間。魔族を塵に帰して行く。
第一都市フォン・アイルから第二都市フォン・ツーリャを含め、推定100km弱の妖精国領土は。
小さな英雄アルルによって完全に死の大地。もとい、死の空洞と化し。
妖精国領土の上。アルゼリア公国とリンダート共和国連邦に挟まれた形の大森林にも影響を及ぼしていく。大森林の根っこが大きな空洞となって妖精国を形作ってもいるので、それは影響しない訳にはいかなかった。
アルルは自由を手にし者のまま、そのきっかけを作った死せる太陽に迫る。
絶えず『雷神・絶死』を放ったまま。
「うぅああああっーーーー!」
死せる太陽は無様に、何一つとして輝かしくなく。
逃げる。
全力でこの場から去る為に。空中へ。
アルルは流石に飛べはしない。
しかし、身体能力に任せて素早く跳ね。またダッシュし。また跳ねる。
その繰り返しのみで、浮遊して逃げの一手の死せる太陽に近づく。
自由を手にし者のきっかけであるモノを追いかける。
死せる大陽はついぞ輝けず。
精神面に逃げる体力の無い死せる太陽に。
この英雄アルルの、身体能力に勝てるはずは無かった。
仮に万全であっても無理な話ではあっただろうけれど。
その位のレベルの差があっただけだったのだけれど。
結果として、覆せないモノがちゃんと覆せなかっただけであったのだけれど。
悲しみ色の青の稲妻に、死せる太陽は滅せられる。
塵と消え、魂すらも消え失せた。
断末魔すらも許されず。
死せる太陽は完全に消滅したのだ。
相性無視の効能がついた聖なる雷は、現実と精神面の実際的な不可侵の相性を無視して機能した事を示している。
自由を手にし者は終了した。
原因の取り除きに成功したからだ。
後には何も残っていない。
断末魔も無く滅した、死せるナントカもそうであったし。その軍勢の魔族も、もはや一つとして立ってはいなかった。
エルフの文明が残っていたはずの辺り一体すら、もう何も無い。
属性が変わって、帯電する荒れた大地となり。
未だ空中に霧散する、何かであったはずの塵が所在無げに舞っているのみであった。
エルフ達は無事である事を、アルルは確認する。
荒涼とした何も無い大地に降り立って。
自由を手にし者が解除されて、まるで糸が切れた人形の様に力無く。
その場に屑折れた小さな英雄のアルル。
エルフ達の安否を確認して、ただただ地に臥す。
アルルは、戦いに勝ったなどと思わなかった。否、彼の心にはその事実は映っていない。ただ、愛すべき人を自身の力によって、殺してしまったという事実が。
今更、重くのしかかる。
その悲しみと、罪悪感に身を焼かれて。
地に臥す小さな英雄は、さらに小さく肩を震わして嗚咽を零す。
暫くしたのち。
ルビーが近づいて、その小さな肩にそっと手を掛けるまで。
小さな肩を、小刻みに揺らしていた。
そっと肩に手を置かれるまで。
小さな英雄は。
その小さな肩を小刻みに揺らしていたのだ。
風は吹いていない。
文字通り。
英雄という重い使命を両肩に背負ったアルルの、その慟哭は。
あまねく全てを、無に帰して。
隣で優しく、佇む友人をも見えなくし。
ただただアルルだけを、凪の真ん中に置き去りにした。




