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3章 死せる太陽は輝かない 008



 エルフ軍と合流できたのは、日が暮れる頃合いだろうか。

 常時、日の光が届かない地下なので時間の経過は分かりづらい。

 エルフ謹製の時計で正確な時間は分かるが、特に今が何時であろうとアルルとルビーは、意に介しはしないし、興味も無いだろう。


 第二都市フォン・ツーリャを遠巻きにだが視認できる少し小高い広場。

 そこに軍を待機させて、天幕を張った。その中で指揮官のエルフと数名の副官達、アルル、ルビー、エルフの親子とで作戦を立てる為に集まっている。


 この妖精国はかなり広い。広場といっても、そこかしこが広場と言えなくもない。

 首都を含めた六つの都市にしかエルフは住んでいないし、あとはざっくりと都市間を直線で結んだ流通道路や、都市間移動の整備された道があるだけである。

 一つの都市に、おおよそ3万人弱が住めるだけの家や土地があり。

 都市以外に家を建てて住むエルフはほぼいない。

 

 エルフの主な仕事は、地上の森を守る事だし、それは根を守る事とも直結している。

 それが同時に、自身(エルフ)たちを生かしてくれていると理解しているからだ。

 それ故に、(じつ)に規律を重んじ、生涯を森の発展に尽くすのがエルフ族の種族的特性と言える。

 そこから外れるエルフは、この国には居られない。少数派(マイノリティ)は、この国を出るという選択肢しかなくなるのもエルフの種族的特性の一つとなっていた。

 しかし、特性と個人的感情は別モノである。――と、いう認識はエルフ各人が持っている為、外れる者が居ても、誰も何も思わない(他者(マイノリティ)を貶める様な思考回路がそもそも無い)。

 基本は特性(自身の種族に課せられた役目)に従うも、感情(個人が知り得た価値観)に従うも自由なのが当たり前の国民意識。

 個人主義を是として、他人に深く関わらない――強固な種族意識で、大半は種族(エルフ)としての存在意義を優先する。


 一言で言えば、自己責任を追及する種族。それがエルフ。  

 その発祥は、風属性の元型。妖精王シルフィを王に戴くが故ではあるだろう。

 風は何処にでも吹くし、いつもそこに在る。

 無形だが、あらゆる命を運び(はぐく)む。

 慈しむべき元型アーキタイプ

 それを王に戴き、巡る輪廻を見守る種族。

 それがエルフ。

 それがエル・フィーエル妖精国の存在意義なのである。



 張られた天幕内には、重い空気が流れていた。

 エルフ達の間で様子を見て、数日この場所に留まるか、一気呵成に第二都市まで進軍するかで若干揉めているからである。

 この国始まって以来の有事であるから、慎重に物事を進めるべきという論が、エルフ軍の幹部。総指揮官含め数名の副官達の言い分だ。

 アルルは至極まっとうな意見だと思ったし、それには国の一大事を預かる責任も見て取れたので大いに賛成する。

 心の中でだが。


 アルルはこの天幕に入ってから一言も喋ってはいなかった。

 聞いていただけ。

 戦争の経験などないし、元はただのサラリーマンだったアルルは、ただただ流されて今に至るのだから、何も自身から語る言葉を持ち合わせてはいない。

 いないので、成り行きを見てる事しか出来なかった。心の中では賛成はしたのだけれど。

 反対に、一気呵成を進言したのが赤い髪の吸血姫ゾンビ。ルビーだった。

 ルビー曰く、敵が悠長に第二都市にいるとは限らないし、今この瞬間に首都フォンに攻め入ってても可笑しくない。なので早めに敵の位置情報の把握が肝要だという事だった。

 それはそれで、何となくもっともらしいなとアルルは思ったが、心に仕舞う。

 

 このルビーの言に、シュバルツとアイーニャが賛同し、また数人の副官のうち、若い層が同意した。

 英雄が発言した事(ルビーだけが言っている事ではあるが)、は思いの他支持されたのだ。

 指揮官たち慎重派には、この英雄の言葉は無下にしづらい。

 なので、軍の中での意向調査を簡易的ではあるが天幕周辺のエルフ兵、数百にアンケートを取る。

 しかし、若いエルフ兵のほとんどが、ルビーの案に同調したのだった。

 英雄の功績は目にしていなくとも、話には聞いていて。その、実に英雄譚と呼ぶにふさわしい武勲を聞いて、士気が上がらないエルフはいない。

 滅ぼされるしか道が無かったのだから。前線に立つべき兵士たちは、うすうすそんな絶望と一緒に居たのだから。

 英雄に傾倒してしまうのも無理からぬ事なのかも知れない。


 それ故に、何とも重い空気が天幕内を支配している。

 指揮官のエルフも困ったなとばかりに、長い自身の耳をぽりぽりと掻く。


「……あのー。取り敢えず、僕が先行して様子を見てくるというのはどうでしょうか?」

 アルルが天幕内にて初めて口を開いた。

 天幕内は無言の驚きと、より一層の静寂に包まれる。

 ――いや……、これ何の間?急に喋ったから?……それとも変な事言っちゃった?

 どっちの意見も考えての折衷案として、アルルは単騎での偵察を提案した。――自分ひとりの方が早いし、楽だろうというのが本音ではあるが。

「アルルさーん!そしたらワタシもご一緒しますヨー」

 英雄二人のそんなあっけらかんとした物言いに、天幕内のエルフ達は静寂から一気に、ざわざわとどよめきが走る。

「いやっ!……英雄殿。それは……」

 慌てて何かを言おうとするエルフの指揮官を、手で制してルビーは続けた。

「さすが、アルルさんデース!実はそれが最も良い方策ではないかとワタシも思っていた所ですヨー。さすアルデース」

「え?そうなの?」

「エッ?……。そ、そうデース」

 変な間を作ってルビーは答える。

「なんなら、もう出発しちゃいまショー!」 

 そんなルビーの言葉に、エルフ達は総出で座っていた簡易的な椅子を転がして、立ち上がった。

「ま、待ってくだっさい!」

 がらんと複数の椅子の倒れる音と共に、焦った様子で指揮官が言う。それはもう、叫びに近い。

「待ってください!それは……。それは……」

 指揮官は、その後に続く言葉を濁す。いきなりで慌てて発言したが、そもそもがその後の答えなど持ち合わせていなかったのだ。

 誰も正しい答えなど持ち合わせてはいない。

 でなければ、意見が割れて重い空気になるはずがない。


 そこからは堰を切ったように、エルフ達は己が意見を喋りだす。

 あーしたら良い、こーしたら良い。

 それではここが心配だ、ここが足りてない。

 あーだこーだが雪崩の様に天幕内を駆け巡った。

 堰が切れて、最早議論でも作戦の立案でもなくなっている。

 それは、押しとどめていた不安が一気に爆発した事による、エルフ達の少なくない本音なのかも知れない。

 

「ええーーーいっ!静かにしろーーー!」

 それはシュバルツが発した言葉だった。

 喧々囂々(けんけんごうごう)のエルフ達の言い争いに終止符を打ったシュバルツは続ける。

「英雄殿を前にして何と恥ずかしい事か。我々の品位を疑われても仕方ないぞ、同胞よ。今なすべきことをもう一度思い出すのだ。そして、情けなくも英雄殿なくして我々エルフの国に未来は無いのだという事を認識しなくてはいけないのだ。……我々、一人ひとりが」

 静寂がまた天幕内に訪れる。

「我々、一万の軍を以てしても英雄殿に敵う事は無いだろう……」

 ぐっと拳を握りしめシュバルツは言い切った。

 なんと、それほどなのか。などとエルフ達は口々に嘆息をしている。 

 ――え?いやいや……流石に……。一万は無いでしょ……。

 かつて4万以上の魔物を(自身は覚えてはいない)、赤子の身でありながら屠った事のあるアルルは、冷や汗と苦笑いを交えて、そんなに期待はしないで欲しいなと切に思っていた。

 その横で何故か胸を張っているルビー。


「我々は勘違いを今。ここで払拭するのだ。力のない我々エルフの考えなど、英雄殿からしたら取るに足らない小さき事。……敢えて口を出さないのは、我々の尊厳を守ってくださる寛容さでしかないのだ。……我々にはもう選択肢など無い。英雄殿に委ねる以外の選択肢などもう無いのだ、同胞よ。」

 神妙にシュバルツの言葉を聞いているエルフ達は、次第に拍手をしだした。

 それが徐々に大きくなり、目線はアルルとルビーに送られる。


 ――良い演説っぽいけど、要するにオレらに決めて欲しいってのが決まっただけだよな……きっと。

 横のルビーは、拍手に煽られて逸らした胸をさらに逸らして高笑いなどをあげている。

 よく分からない所で、よく分からない熱気にあてられて、英雄と呼ばれた少年は深く溜息をついた。

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