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3章 死せる太陽は輝かない 007



 ここで朝を何回迎えただろうか。そう虚ろに溜息をついてアルルは目を覚ます。

 もはや見慣れた簡易的なコテージに、見慣れた面々。

 赤い髪の吸血姫に、エルフに、エルフ。


 いつもの様にキコの葉を使い歯を磨くアルルに、いつもの様に水を持ってくるアイーニャ。

「……ひゃっ……」

 相も変わらず言葉を発さず、淡いグリーンの瞳を潤わせぶるぶると頭を振るエルフの少女。

 さすがにここまで意思の疎通が難しい人に会った経験が無いアルルは。一層の溜息をついて感謝の意を述べる。

「……ありがとう、アイーニャ」

 ――もはや人の形をした何かしらの小動物。ハムスターとかと思えば、こちらの言葉は一応通じているし。……むしろ可愛らしく思えるか?――はぁ……。


 エルフの軍団は予想を大きく上回って、その行軍を遅らせている。

 理由としては、一万人ものエルフの兵士達という大所帯なのもあるが。

 索敵に人員を割いて、歩兵を中心とした長期行軍による所も大きい。

 シュバルツ曰くではあるが、エルフはそもそもが長命種であるし、エネルギーの補給を人間よりも必要としない種であるらしく(年間を通して人間の十分の一程度の食糧で済む)10日間は飲まず食わずでも平気な程、燃費が良い。

 持久力に優れた種族の為、迅速な一点突破の制圧を目的とした戦術はいささか合理性に欠ける様だ。

 エルフの性格上でも、スキル的にも。

 攻撃に特化したものが無いのがエルフの長所で短所だった。


「アルル殿。長らくお待たせ致しました。一両日中には、予定の場所での合流が可能という伝令を貰いましたので我々も出立の準備を」

 大体、正午に差し掛かるという所だろうか。

「分かりました。準備しましょう」

 

 死せる太陽との邂逅から、実に6日間程経っていた。

 その間、敵と呼べるものには遭遇も、襲撃もされていない。

 アルルもルビーも、別段やる事も無かったので適当に辺りを哨戒する程度はしていたが。

 ルビーに関しては、不眠の特徴から皆が寝静まった後も見張りをしていたので、正しく不眠不休で働いている訳だが、一向に不満の気配すら無い。

 アルルはうっすらとだが、夜中にルビーは敵を倒していたのではないかと思っている。もしくは黙って遠出して、索敵しつつ、発見したら応戦していたのではないかと。

 シュバルツにこの妖精国、エル・フィーエル妖精国の地図を貰っていたし。アルルが夜中にふと、尿意を催しコテージの外に出た時、ルビーが居なかった時は多々ある。

 朝起きてルビーと会うと、若干何かの血の様な匂いがした時もあった。それにアルルが気付くようなそぶりを見せると、ルビーはその場所と思われる所。その部分だけを器用に、エルフ達には見えない様に霧化させて包んだ。

 別段、不都合も無いかという結論に達し、アルルは特に何も言わなかった。


「イヤー、アルルさん。いよいよですカネー。魔族とやらと戦うのワ―」

 エルフの二人がコテージなどを解体するのを、アルルとルビーは周りに気を配りつつ見ている。

「そうだね。正直、いまだにどうゆう風な心持ちで居たらいいのか分からないけどね。ゾンビは?」

「――もうっ、ルビーって呼んでヨー!アルルさんのイジワル―」

「ゾンビは、怖いとかは無いの?」

 華麗に無視をして、アルルは続けた。

「イケずだなぁアルルさんはっ……、まっ。特にはそういうのは無いですネー。アルルさんワー?」

 ルビーは羽織っている真紅のローブを、ぱたぱたと色々な方向にはためかせている。まるでポーズを決めているような。ポーズを作っているような。

「オレも特に……。いまだに何か現実感が――伴って来ないんだよ。だから、怖いとか。よく分からないな……」

「フッフッフ。下手な考え休むにーってヤツですかー?それとも、思春期特有のアレですカー?」

「……何だよ、思春期って。オレは30すぎの大人だよ。ここに来てからのはカウントしない事にしているけど」

 最後は何となく尻つぼみに話すアルル。くすっとルビーは笑う。

 それから肩口程のミドルの赤い髪を掻き上げて、腰のベルトに親指を差し入れて不敵な笑みをこぼす赤い吸血姫ゾンビのルビー。

 格好を付けているのか、いかにも勿体ぶった間を十分にとっている。

 気になる間の取り方であるが、アルルはルビーの言葉を待った。


「アルルさんは、肉体の影響が精神に与える影響についてどう思いますカー?」

「肉体の影響が精神に与える影響……?」

「ソウソウ。――アルルさんは少なくとも、あっちの世界での記憶を持ってますが、体は健全な12歳の少年デース。こっちでは……。で、あっちでの肉体的衰えは記憶にありますカー?」

「……無くは、ない。お酒を控えて、運動不足とか解消しないとなー、程度には思っていた。……それが?」

「こっちでの生きた年月が、精神年齢に加算されるという事は無いと思いマース。精神が肉体に作用するように、肉体も精神に作用するんじゃないかとルビーは思う訳ですヨー」

「お前の言葉は今の所、要領を得ないな……。つまりは?」

「フッフッフ。つまりは12歳特有の思春期をもう一回、精神的には体験してるかもって事ですよ。……夢精とかはあります?」

「……おい」

 いやーんアルルさんのエッチ、と勝手に呼ばわって。

 ゾンビは、半分霧状化して空中に逃げる。

 ――いつの間にか、そんな事も出来るのか……。

「アハハ、冗談でスー。ごめんなサーイ。……でもワタシ、脈も心臓も動いていないんです。生理も無いですし。眠気も無いし、トイレも必要ない。私は確実に人間では無ぁいし~、生きてもいないんです」

 さぁっと霧状から戻って、アルルの横にゾンビは降り立った。そっとアルルの肩にゾンビは手を置く。

 温もりを感じるように。

 温もりを感じたいかの様に。

「体温もありまセーーン。日々感じるのは~、人間でない~事がっ!人間であった時の心を~。何かが上書きしていくような~、変な~感じの毎日デース」

 急にミュージカル調の喋り方をするルビー。

 それを鬱陶しいと。

 身震いをした為、体を右へ左へぶるぶる震わせるアルル。また、霧となって少し離れた場所に姿を現すルビー。

 それもまた実にミュージカルっぽいなと、思ったアルルは思わず赤面してしまった。

 無意識で、ルビーのミュージカル的な冗談を助長してしまった自分に、悔しさと恥ずかしさを覚えた12歳の少年アルルは、顔が赤くなる。

 赤面したままアルルは、結局何が言いたいのかと鋭い視線と、無言の圧力で地団駄(じだんだ)を踏む。今度は地面が割れないように。


 しかし、地面はそこそこ割れる。それなりの音がコテージの片づけをしているエルフの親子をビックリさせたのは言うまでもない。

 そしてまた、ミュージカルっぽいなと思い激しく赤面をするアルル。 

 耳が真っ赤っかだった。


 一行はしばらく駐留していた場所から、東南の方角へと進路を決める。

 エルフ軍との合流場所。第二都市フォン・ツーリャに。

 コテージなどの解体を済ませた後、(いくさ)に行くのに必要な物だけを揃え、生活用品や寝具。その他、キャンプ道具一式をその場に置いていく。

 元前線基地に向け出立した時とは、明らかに軽装になった四人。

 ここから徒歩ではあるが、4時間ほどでエルフ軍に合流する予定である。


「シュバルツさんとアイーニャは、もう付いてくる必要はないんじゃないかな」

 アルルは前を歩きつつ、そう後ろにいるエルフ親子に言った。

 ここら一体の地理を、それなりに把握しているらしいルビーが居るので、目的地までの道案内は必要無い。

 ならば安全を思い、二人には第三都市に帰って欲しいとアルルは思ったからだ。

 エルフの親子を慮った故に、アルルはそう言った。


「いえ……。アルル殿のお気遣いには感謝いたしますが、どうか。……どうか、出来るだけ近くで事の推移を見たいと思います。何も助力になれない事は重々承知しておりますが。ここで『では、お言葉に甘え、安全な所からアルル殿達の必勝を祈らせて頂きます』とは、妖精国の最たる恥。死ぬ覚悟はとうに出来ております故。何卒……。見届けさせて下さい」

 恥と死ぬ事を天秤に賭けても、恥を取るという気概のシュバルツを感じ取り。

 アルルはその先の言葉を胸に仕舞った。


 一行は、特に何事も無くエルフ軍との合流を果たす。

 途中に下級悪魔(レッサーデーモン)の肉片らしきものをアルルは確認した。

 確認したがルビーが何も言わないので、アルルもまた何も言わなかった。



 


 

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