3章 死せる太陽は輝かない 005
獣人の生首を持ったままの死せる太陽のゲインから、迸る程の圧。
圧力。何かしらの術ではあるのだろう。
それが放たれた。
だが、アルルにもゾンビにも特に何も感じる所は無いように、事も無げに立っている。
「なんと……、死なない?……ふむ。あなた方は一体……」
「え?……何かしたんですか?」
アルルは不思議そうにゲインに問うたが、ルビーが耳打ちをした。
「アルルさん。……多分、あいつよりレベルが低かったら即死するほどの何かの魔法を放ったのかもしれません」
「即死?」
「すぐさま死に至るヤツですヨー。即死魔法もあるんですねこの世界は……、あぶねぇー」
「え?……そんなに?」
「あいつよりレベル低かったら、ワタシ達。もう終わってましタヨー」
ごくりと、事の重大さを理解したアルルは生唾を飲み込み、額に冷や汗を浮かべる。
ルビーとうっすらと話していた事を思い出す。
この、ゲームみたいな世界での死が、元いた世界での『死』。それと同義なのかどうかという問題だ。
漠然としていて現実感がない世界ではあるが、そこは慎重に行動するべきだとルビーは言った。
「ラッキーって事ですヨー」
「な、……なるほど」
しん、とした間がその場を支配する。
ゲインはあからさまに何かを長考している。手に持った獣人の生首はもはや持っていない。
アルルは何となく。本当に何となく後ろのエルフが気になった。
気になっただけだが、自然と体が動く。
「――っ!?」
アルルは素早く死せる太陽に迫っていた。
ロングソードをいつの間にか抜いていて、いつの間にかにゲインに斬りかかっていたのだ。
「がっ――」
ゲインをなます斬りにするかと思われた、アルルの斬撃は空を薙ぐ。
瞬間でゲインは、自身を黒い霧に変え、距離を取るかのようにアルルから、10mほど離れた。
離れた所に、再び霧を集め自身を象る。
若干のダメージは与えられた様だった。斬られただろう左肩を押さえつつ、どす黒いあからさまな敵意をアルルに向けている。
「まったく驚きました。……輝かしい程に。――まさか、人間に手傷を負わせられるとは」
アルルは意図してなかった自分の動きに、少なからず驚いていた。
ゲインの言葉は無視して。
自分の行動が、後ろにいたエルフの親子を思っての動きである事。
レベル差というものによる即死を知って、すぐさまエルフの親子が浮かんで。
すぐさま距離を取らなくてはいけないと思って出た行動。
行動の後に、理解が追いついた事にも。アルルは驚いていた。
――とにかく、今はこいつをシュバルツさん達に近づけさせない方がいいな。
それを察したかの様に、ルビーはじりじりと。
エルフ達を隠す様に。
死せる太陽のゲインとの射線上に割って入る。
――ゾンビナイス。
自身の後ろの気配を、何となく感じながら。言わずとも多分(正直後ろに目がないので、アルル的には何となくなのだが)エルフを守ってくれている。
それを感じてルビーの評価をちょっと上げてみようかなと思いつつ。
死せる太陽のゲインからは目を離さずに。
アルルは構えている。
「私は少し甘く見ていたようですね。……輝くしく、反省。そして、輝かしくぅ――素晴らしい」
死せる太陽のゲインは、そのどす黒い目を爛々と輝かせてそう言った。
「エルフという下等な種族を嬲るだけだと思って。手を抜いて抜いて、楽しくなる方法を思案してたんですがねぇ……輝かしく。……ぃひ。いひ……、血沸き肉躍るという状況に……なるとは。ぃひぃひっひ」
壊れたかのようにその魔族は気持ち悪く笑う。
「ゴミのようなエルフの軍勢がこちらに来ているのでしょう?……ぃひぃひ。良いですよぉー。ようやく楽しくなりそうですね。……今日はここまでにしましょうか。……ようやくそれなりに戦争の体になりそうで安堵しました。それなりの者がエルフに付いたのなら、それなりに戦争……しましょうかぁぁ、輝かしくねぇ」
アルルはここで逃がす必要性を感じなかったので、抜身のロングソードに力を込めた。
「アルルさん!」
聞いた事が無い、ゾンビの呼ばわった声にアルルはそちらを見やり、はっとする。
ゾンビの後ろで、息も絶え絶えなエルフの親子が視界に入る。
――そ、……そうか。シュバルツさん達を即死の魔法から守る事ができないっ!
アルルはぐっと構えつつ、もはや前に行こうとはしなかった。
「そうですねぇ、次はエルフ達の第二都市で会いましょう。お互いの準備を整えてから。……戦争。――しましょうかぁぁ、輝かしく」
宣誓の言葉は近々、私の方からさせて頂きますよ。と、そう残して死せる太陽は霧と消える。
同時に、50体の下級悪魔を召喚して。
アルル達を囲むように、それらは現れた。
「リヴィン、そっちは任せていい?」
――しまった、ついあの名で呼んじゃった。
「ルビー=ペインバッカ―は、受け賜わっター」
アルルはゾンビへの若干のイラつきを剣に込めて、下級悪魔に斬りかかる。
ただただ自身の身体能力に頼り、近づいて斬る。
そして、近づいて斬る。
何かの攻撃(黒い尖った物を口から咆哮と共に射出する)をするも、アルルは簡単に、手に持った剣で薙ぎ払い。
下級悪魔を撫で斬りにしていく。
ルビーはエルフの親子を中心にしながら、霧状になる。
頭と首。わずかに肩口だけを残して、その霧を拡散させていく。
拡がる霧は、エルフの親子を中心にぐるぐると回り。
その粒が一つ一つ、錐状に変化して、やがて群として敵に向かっていった。
それはまるで意志があるかのように、下級悪魔を貫く。
切り刻む。
すっかり何かに慣れてしまっているようなルビーを横目に、アルルは地道に敵を斬っていく。
――何あれ……、なんか楽そうだなゾンビ。人間といっていいのか?あれ?
炎の魔法を使うという考えには至らないアルル。
そして元位冠11.6位に属する、聖なる雷の魔法を使えるとは知らないアルル。
ただただ地道に敵を斬る。
傍で見るにかなりの高速で切り伏せてはいるのだが、アルル的には地道に。
敵を斬る。
結局、場が落ち着くのは程なく。
十数分後。
下級悪魔50体はすべからく倒された。
その後、シュバルツ親子の咽び泣きと感謝の雨あられを、アルルとルビーは一心に受ける。
取り敢えず落ち着かせて、恐慌状態で碌に話に絡めなかった親子にルビーはこの先を話す。
「エエ、取り敢えず魔族さんは一旦引いてくれましター。正直、シュバルツさん達を狙われたら、守り切れなかった可能性が高かったので良かったデース。……シュバルツさんは即死魔法ってご存知です?」
「即死魔法……ですか。一つの魔法で死だけを与える魔法……ですね?――正直、あるとは思いませんでした。しかし、伝説や伝承では聞いた事があります。『死せる息吹』に象徴する、その手の話は割と雑多にあります。……ありますが、実際に見た事はありません。……人の身では、おそらく到達不能の領域なのでしょう……」
「ナルホドー、それはまぁいいや。――じゃあ、死んだ者を生き返らせる魔法はあるかナー?」
「死者の蘇生は、……神々の御業。私は300年程生きていますが、その軌跡は今の所……現実では聞き及んでいません」
「フムフム……なるほど。しかし、概念としての蘇生はあるんですね……。なるほどなぁー。まあいいや。――とにかく、敵のナントカはどうやら第二都市で待ち構えるって話みたいですヨー」
「それが……総力戦と。……そういう事ですね?」
「イヤイヤ、それは分かんないっス。アハハ。……あんまりあっちの言い分、鵜呑みにしない方がいいすヨー」
「う……、そうですね。すみません」
シュバルツがしょんぼりとした所で、アイーニャがお茶を持ってきた。
ちなみにエルフ達が正気に戻った所で、コテージに戻ってきている。
「ありがとう、アイーニャ」
アルルはアイーニャにお礼を言って、お茶をすする。
頭をぶんぶんと振って、アイーニャは頬を赤らめた。
それを敢えて見ないようにアルルはお茶をすする。
何の茶葉だかはまったく知らないけれども、ほっと一息をつくアルルだった。




