3章 死せる太陽は輝かない 004
『あなたはあなたよ。……それと同じ位。……私も私なの』
『オレはオレ。……君は君。……その価値は等しく同じ』
『そう……いえ。違うの。……いえ、ごめんなさい。……その。……うまく言えそうに無いけれど、世界はそういう風に出来ていると私は思うの。あなたの見識とは大きく離れて』
初めての。
彼女と迎えた朝に。日の日差しとは対照的に、冴えない回答をした。
そうなのかもしれないなと思う。
オレの浅い見識など何も意味がないのだ。
いや、思っただけ。思おうとしただけ。
『その……、ゴメン。オレは何か変な事を言ったのだろうか?』
『違うの……、変な事は言ってないの。……そう。ただただ……。ただ……』
『ただただ、君を困らせた?』
『そういう事じゃないの……ふふっ。……ごめんなさい。変な事を言うから……ふふっ。真面目な顔をして……』
何が可笑しいのかも分からないままオレは、彼女の笑った顔を見る。
初めての喧嘩。――なのかは、人の判断で千差万別かもしれないし、違うという事はあるのかも知れない。
他愛の無い、ただのオレの人生観を話した。
それだけだと思っていた、ただの言葉に。
彼女は悲しそうな瞳を向けて。
『あなたはあなたよ。……それと同じ位。……私も私なの』
言葉の真意を未だ汲み取れてはいない。
そんな昔――12年以上は経っているはずのむかしの夢を見たアルルは。
なんともやるせなく。
簡易的なコテージの端、お世辞にも寝心地が良いとは言えない床の上で――多分朝なのだろう。
取り敢えず起床した。
よく分からない異世界の地面の下の。
よく分からない耳が長い人の国で。
朝の空気を吸った。
昨日は言い過ぎたかもしれないと、シュバルツとルビー、そしてアイーニャに謝って、アルルはその日を始める。
シュバルツとアイーニャの同胞の埋葬は、難を極めた。
アルルはもう少し早めに事を済ませられると考えていたが、その予想は裏切られ。
あたりの数百のエルフの死骸を埋葬するのに一週間を要する。
幸運な事に、魔族は攻めてくるどころか。
シュバルツの言う通り、気配さえも感じる事は無かった。
それ故に、無事に。
この、元前線基地に従事したであろう、エルフ達の亡骸は。
無事、悼まれて。無事、埋葬された。
見上げれば土。なら――100mはあるだろう頭上。
下も土。――上の土と、下の土の質の違いはアルルには分からない。だだっ広い地下空洞。
ごつごつよりかは幾分柔らかい、少し出っ張った地面に腰かけて、アルルは一息つく。
「一応は全ての埋葬は、これで済んだという感じでしょうか」
「はい、これで一応の埋葬は。……順調に過ぎる程ですが……」
シュバルツは汗をぬぐって、鉄製のスコップを地面に突き刺し言った。
「妖精王のシルフィさんが送ったという軍隊はどうなっているんでしょう?……特に何も来るような気配は無いですが……」
「それは……。今の所……。何も連絡は、……ありません」
「何かあったのでしょうか?」
言葉に詰まるシュバルツに、追い打ちをかける様に言うアルルを見かねてか。
ルビーが口を挟む。
ゾンビは、汗をかく機能が無いはずだが、さも額の汗を拭うように。清々しく。
「イヤー、アルルさん。人が一万人も移動するのですかラー。何か小さな事があっただけで波紋の様に全体の進みを阻害する事は容易に考えつきますヨー。まるで車の渋滞の様にね。……アハ」
車という単語にも、渋滞という単語にも覚えは無いのであろう、シュバルツとアイーニャはキョトンとしている。
アルルは幾分かは分かる所はあるようで、なるほどと頷く様子ではあった。
皆は、一週間に渡る埋葬の日々を振り返り。
思い思いに。
物思いに耽ろうかと。
そんな時に。
皆が思いに耽るという間隙をついて。
不意に。
それは居た。
「皆さんが、何かしらの物思いに耽るような、耽らないような。……そんな隙間にお邪魔して申し訳ない。…………いえいえ。すみません……、申し訳なく思ったという輝かしい事は、私の身ではとても言えはしないのですが。……とても輝かしくしてすみません」
黒をこれでもかと、染め上げた風の黒髪は漆黒と表現して差支えがない。
短くも無いが、長くはない。そんな黒の髪をなびかせて男はそこに立っていた。
中肉中背の、年は30代後半には見える人間。
黒いマントに身を包み。
その象徴的なまでに注視してしまう、あからさまに出っ張った犬歯を覗かせて。
どす黒く笑う。
どす黒く輝いた象徴的な犬歯を覗かせて。
その男は笑った。
今までそこには、四人しかいなかったはず(少年とゾンビとエルフとエルフ)――なのに急に現れたもう一人。
アルルは静かに、腰元のロングソードに手を掛ける。
ルビーはえへへとはにかむ。
シュバルツとアイーニャは、その場にすぐ様しゃがみ込む。かの獣人の咆哮に晒された時よりも、素早く。
息が出来ているのかと思ってしまうくらいに即座に恐慌状態に。
素早く陥ってしまっている。
「あぁ、……私は死せる太陽のゲインと名乗っております。輝かしくも高貴な我が主。闇より出でる者様の一なる配下。……輝かしくも、その栄光を拝謁する者です。輝かしいぃぃぃっ」
誰かが何を言うまでもなく、ソレは自身が何たるかをわざわざ雄弁に語る。
ついでに自身の悦にも入ったようだ。
「あなた方に一つ問いたいのですが……いいですか?」
死せる太陽のゲインは、事も無げに。憂鬱そうにそう問いかけた。
「なんでしょう?」
アルルもまた、事も無げにそう返す。
「私の部下でもあり、我が眷属のエウリョーイという金色の人狼をご存じないかと思いまして。……輝かしいぃ」
「いえ。……僕たちはそのエルニーニョというゴールドナントカは知りません」
アルルは腰のロングソードに手を置いたままそう答えた。
「なるほど……、それでは仕方がありません。死せる太陽のゲインはここらで一旦、輝かしく出てきた意味を放棄して、我が主の下に帰りましょう――とはさすがになりませんよね?輝かしく」
ノリ突っ込みの部類に入るのだろうかとアルルは思ったが、割と相手はテンションが低めだし、なんならボケに類する者なのだろうと思い、あえてそのまま会話を進めた。
「僕たちはたった今、エルフ達の埋葬を終えたばかりです。何の要件があるのかは手短にお願いいたします」
アルルはどうせコイツとも戦うんだろうなと、思いつつ。
できれば戦いを避けていきたいと、思いつつ。
のらりくらりと会話を続ける。
「貴方は……人間の。さらに子供と呼ばれる部類の者ですよね?力のない最弱の人間に属する。……何故に人間の子供がエルフと一緒にいるのです?輝かしく」
いきなりの別方向からの、死せる太陽からの返答。
アルルはエルフの国にて容姿の事を、あまり言われなかったので逆に新鮮で驚いた。
――最弱の人間に属する?
「子供に見えます?やはり?人間の?」
「人間はエルフとは相容れないものと認識していましたので。子供となると尚更です。輝かしく」
――語尾っぽい形で、輝かしくと付けるのうっとおしいなぁ。……でもそこを突っ込んでもしょーがないんだろうなぁ。面倒くさいなぁ。
そんな事をアルルは思った。
「冗談はさておき。……これをこんなにしたやつを探している。輝かしく」
死せる太陽は、どこからともなく生首を右手に持っていた。
迫力があるかのような声色には、アルルもゾンビも特に反応はしなかったが。
しかし、後ろのシュバルツとアイーニャは殊更に体を痙攣させた様子。
死せる太陽のもつ生首は。
声の大きさで、アルルを若干不快にさせ。
吸血姫に成る前のルビーの噛んだ攻撃(ゾンビ曰く、必殺の技)により、ゾンビとなってどこかしらを彷徨い歩いていた獣人ゾンビ。
その生首を、死せる太陽は右手に持っていた。
「ライオンの生首を持っている男。……中々に良いデース。中々に強キャラ感出てますヨー。――かませにかませを被せる。それもまたヨシ!」
緊張感なく、エルフの親子よろしく親指をぐっと立てるルビー。
やめとけ、と。
アルルは思った。




