3章 死せる太陽は輝かない 003
それからどの位の時間が経ったのだろうか。
昼も夜もないこの国では時間の経過が分かりにくい。
アイーニャに出して貰ったお茶も、三杯目か四杯目という所だろう。
アルルはふと、自身の後方を見やった。アイーニャがコテージに寄り添うようにアルルを見ている。
「アイーニャ、……お茶はもう十分飲んだから。……アイーニャも休んではどうだろう?」
「ひゃっ!……ん。……んん」
アルルの言葉に肩をびくんとさせて、またぞろ頭をぶるぶるとふるアイーニャ。
「いや……あの。その。……ずっとそこに居られても、その。落ち着かないから、座ってくれるとありがたいんだけど……」
アルルの言葉は、後半の方はもう独り言に近かった。いまいち意志の疎通が難しいエルフの少女を前に、どっと疲れが押し寄せてきている様でもある。
「アルルさん、ワタシに任せてヨー」
そう言いうとルビーは、サァッと消えた。まるで霧が強い風に掻き消えるかの様に。
「えっ!?」
アルルが驚いている間に、霧散したその黒い何かはアイーニャの後ろで一つにまとまる。
ルビーが霧になったと思ったら、アイーニャの後ろで一つになり、また赤髪の吸血姫のゾンビになった。
「え……何それ?」
びっくりし過ぎてアイーニャは固まっている。
「イヤー、一応吸血鬼ですからねー。霧とかになれるかと思ったらできましたヨー」
呑気にルビーは言って、固まったままのアイーニャを抱きかかえた。そしてまた、霧になる。アイーニャも霧になった。霧に紛れたという方がいいのかは判断に迷う所ではあるが。
そして、さっきまでゾンビが座っていた、皮で張った簡易的な椅子に姿を現した。
アイーニャを抱えたまま。
「……なんか、確かにそういうのは吸血鬼っぽいね。……他にも何かできるの?」
未だ固まったままのアイーニャを抱えたまま、ゾンビは言う。
「エエ、……っと。ウィンドウで見る限り、スキルスロットにはめていたスキルが全部レベルが上がっていますね。霧になれるというのは特に書いてないんですよ。マア……吸血鬼っぽい事は大体できるのかな……あ。……ゾンビの時は眷属生成となっていたオートスキルが隷属化に変更されてますネー」
「どうゆう事?」
「マア、ゾンビの時は噛んだらゾンビにさせるだけでしたが。……吸血鬼ですし、噛んだら吸血鬼にして、それの支配権も手に入れるって――要はそんな所でしょうかネー」
「え?……なんか危なくない?」
「わかりませんヨー。ワタシはゾンビでもあるので、ただただゾンビを増やせてそれを従える程度かもしれません。……フッフッフ。試してみますカー。アイーニャちゃんでぇぇっ、カッ!」
冗談だろう事はアルルには分かっていた。
分かってはいたが、万が一という事もある。
アルルは素早く椅子から飛び出し。それはものすごい速さでルビーに肉薄し、抱えていたアイーニャを奪い取って、右手でルビーの首を締め上げる。
「うそっ、うっそ!アルルさん!嘘デース。冗談デース。いひゅっフッフ……ずびばせん」
アルルは手を放す。
「アルルさん、ごめんなさい。冗談が過ぎましタ―。ほんとゴメン。……なさい」
「うん。……まあ、ゾンビのいつもの冗談だとは思ったけど。一応ね。……一応、シュバルツさん帰ってきて、娘がゾンビは駄目だよ」
へっへっへと、ルビーは手と手を合わせて、謝罪の意を示す。
実に腹の立つ顔だなとアルルは思った。吸血鬼になって表情が付いてきたから殊更にムカつく顔だったのだろう。
アルルの腕の中――12歳の少年の背丈なのでお世辞にも、様になっているとは言い難いが。腕の中の少女のエルフは頬を赤らめていた。
少年はそれを見てもいない様子で、アイーニャを抱えたままルビーにあれやこれやと説教じみたものを言うべきか思案する。
――こいつの良く分からない冗談は、この際はっきりと怒っといた方がいいのかな……、うーん。いや、……うーん。
少年は悩みながらも、少女の事はすっかり忘れて、少女を腕に抱えたまま。この先のルビーの扱いについて頭を悩ませた。
と、その頃にシュバルツが帰ってくる。
「ただいま帰りまし……た……ん?」
自分の娘が何故か英雄の少年に抱き上げられている。
しかも、いわゆるお姫様抱っこのような状態だ。
シュバルツが帰ってきた事により、アルルは少女を腕から地面に立たせた。
「な……何があったのです?」
「ああ、……ちょっとこのゾンビが」
「すばらしい……。アイーニャ……。でかしたぞ」
シュバルツはアルルの言を聞く事無く、再び親指をぐっと立てた。それを受けてアイーニャも若干頬を赤らめて、もじもじしながらも親指をぐっと突き立てる。
実に力の籠った突き立て方であった。
「え?……なんです?」
「あ……いえ。すみません。親としてこんなにうれしい事はなく。……コホン。娘の成長を嬉しく思います。くぅぅ」
アルルは困惑する。
――成長?うれしい?……エルフの価値感って……。それともそれが親の価値観なのか?ゾンビになるかも知れなかったのに?……うーん?
うっしっしと、何故かルビーが笑っている。
何なら舌まで出して笑っている。
腹が立ったので、ルビーを殴ろうかと本気でアルルは考えたが、シュバルツがこの先の話を始めたので我慢する事にした。
「えー、……埋葬する所ですが――ここから少し行った先の広場で埋葬しようと思います。辺りを見回りましたが、魔族の気配が全然しないのです。少し遠くも見たのですが、やはり気配らしきものすら感じられませんでした」
「それって、もうこの辺に魔族はいないという事ですか?」
「正直、分からないのが現状ですが。これを機と捉え、明日から埋葬に入りたいと思います。……その、……アルル殿とルビー殿には埋葬時の護衛をお付き合い願えないかと……誠に勝手なお願いで心苦しいのですが……申し訳ございません」
「いえいえ、……もちろんそれは構わないのですが……。軍隊の方は大丈夫なのですか?」
「はい、……一週間ほどは到着にかかる予定です。そして魔族は今の所、第一都市から第二都市と。東側より南に沿って攻めてきているので、再びの会戦となるならば、ここ。第三都市と第二都市の境目のここが、可能性で言えば高いのです」
「なるほど。……分かりました。では、僕らも周りを気にしつつ埋葬も手伝いますよ」
「なんと!……そんな。いけません。そこまでしていただくわけには……」
「あぁ、全然気にしないでください。……注意は怠らないつもりなので」
――流石に、ずっとお茶飲んで、ルビーと馬鹿な事してられないからなぁ。
「なんと………このご恩は。決してっ!――そうだな、アイーニャ」
はっと顔をアイーニャに向けてシュバルツは言った。
任せろと言わんばかりにアイーニャは親指をぐっと突き立てる。
だからそれは何なんだと、アルルは思ったが。
思っただけにした。それが失敗であった。
晩飯を食べて、コテージで床に就く。皆が寝静まった雰囲気が出始めた頃。
アルルの寝袋にアイーニャが忍び込んで来たのだった。
しかも、裸で。
ーーえ、いや……ちょっと意味が分からない。アルルは何とも言えない顔をして寝袋を出る。
「ああ、その。アイーニャ?……何をしてるんだい?」
アイーニャは寝袋から顔だけを出して、潤った瞳をアルルに向ける。
「アイーニャ……もうその寝袋は使ってくれて良いから、服を着ようね。風邪を引いちゃうよ?」
こっちに来て来てと、手招きで答えるアイーニャ。
アルルはそれを無視して、アイーニャの服を取ってきて、ゆっくり横に置く。
「おやすみアイーニャ」
無理だと悟ったのか、アイーニャは少し目に涙を溜める。
それには気づかずに、アルルはコテージの端で横になった。
しかし、それを陰から見ているルビーとシュバルツに気付く。
アルルは、ルビーと駄目親父のシュバルツに少し怒る。
遊びでも、シャレでは済まない事もあり得るんだと、概ね真面目に説教した。
そんなこんなで、ようやく眠れる静けさを取り戻し、アルルはまたコテージの端に寝転がる。
――親父の恩を娘が返すなんて。……それがエルフの感覚なのだとしても。……それは駄目な事……だよな、……きっと。
アルルは夢に落ちつつ思う。在り得たかも知れないあの日の続きを。
いろんなところに行って。
そして、ゆくゆくは子供ができ。
家族が三人なのか四人なのか。
在り得たはずの幸せを。
同時にエルフの幸せを。
言い過ぎたかも知れないとアルルは思った。
価値観を押し付け過ぎたかなと。
ーー明日になったら謝ろう。
そうしてアルルはまどろんで眠った。




