第四部 3章 夢のオワリ 002
アルルは腰を落とし、拳を握る。
剣は、宿屋の倒壊とともに、瓦礫に埋もれてしまった。
「アハー、アルルさん。剣になりましょうカー?」
拳を構えるのを見て、視線を敵から外さないでルビーは、アルルに促す。
「その方がいいのか?」
「イヤー、場所を変えるのがいいのか、早めに速攻でいくのがいいのか。判断に迷ってまスー」
戦闘はそれなりに経験している二人であったが、戦術的なものや戦略を学んでいる訳ではないのだ。
それ故、未だ初心者丸出しで、迷ってしまう。
「二体居るから、左右で分かれてフォローし合うのは?」
「ウムム、そうですよネー」
ルビーの懸念は、単純に敵の能力を知らない所にある。それを知っておくべき雰囲気は感じるが、それ以上に案など無いのだ。
馬面と人型の水袋は、すでに何かしらの呪文の準備をしていて。幾何学的な文様が、宙に浮いていた。
「まずい、動くよゾンビ」
アルルは、一応の危機察知を働かせて、すぐさまに地を蹴る。
「アハー、とにかく後方に被害が行かない様に! アルルさんっ」
考える状況では無い為、ルビーも動く。
五メートルを超える馬面に、アルルが。左方向へ飛ぶ。
ルビーは、右方向の人型の水袋へと、迫った。
瞬発力やその膂力、それに瞬間の驚き(幸運)や閃き(幸運)など。言ってもただの力技で、今までを圧倒してきた二人だったが。対峙して、一呼吸ほども落ち着いてしまえば、戦場や戦闘の論理からは程遠い。
その精彩を欠いた動きは、アルルとルビーそれぞれで、類まれなる身体能力を発揮してはいなかった。
守る戦いは、二人の良さを消し去って、後手に回ってしまう。
力無く、カツサムに抱かれるミカの事や。横たわり、雨に打たれるアイーニャの事が、気になってしまっているのだ。どうしようもなく。
敵の術の準備が整い。発動する、水流。
「くっ、またっ……」
ウンディーヌと水妖魔の発した術は、そこら中の水を巻き上げて、アルル達へと突撃。再度、身体を押し上げる様に打ち上げた。
いきなり、守るべき後衛を守れない事態に陥る二人。瞬間ではあるが、敵の射線上に後衛が入ってしまう。
「ゾンビーーっ!」
宙に浮かされ、体勢を崩しつつもアルルは叫ぶ。
「アルルさーん」
翼を展開し、身体の制御を行い。そのまま、バタバタとアルルに近づくルビー。
「投げテーーっ!」
噴き上がる水流に乗って、十数メートルをも噴き上げられる二人であったが。空中では身動きが取れないアルルに、翼の推進力で近づいたルビーは手を伸ばす。
アルルはその手を掴み、腕力に任せてルビーを投げつけるのだ。
「た、頼むっーー」
アルルは、投げつける反作用で、無意識に体勢を立て直し落ちて行く。
ルビーは、開けてしまった射線上に向かって物凄い速さで投擲されて、着弾。
高速ではあったが、ギリギリで翼での急制動と、四肢を地面にめり込ませながらの着地に成功する。
投げられた都合上、背面を敵に向けた格好になってしまっていた。
着弾時の派手な音と同時に、ウンディーヌと水妖魔は次の魔法を放つ。
高圧に束ねられた水の線が二本。
「クウゥー! やらせるカー!」
ルビーは、めり込んだ両手を引き抜き、背中の翼を大きく左右に拡大させていく。
アルルとルビーを水流で巻き上げてすぐさま、カツサム達やアイーニャに攻撃を絞ったという事は、相手は弱い箇所を見つけて、それを狙う事が出来る知能を有しているという事だ。ルビーは内心で、その事実に焦る。
迂闊な動きは出来ない、と。
瞬間で迫る二本の水の線は、ルビーの大きく展開された翼に直撃。
急いで巨大にした為に、強度は追いついていない様だ。放たれた水撃は、ルビーの漆黒の翼を貫く。
「グッ! っそーー!」
ルビーはそれでも、なんとかその水撃の方向を逸らす為、直撃の瞬間を見計らって力を加えた。
勢いはそのままで、方向を曲げられた水撃は、あたりの建物や石畳を切り裂いて、遠方へと去っていく。
ミカを抱えて力無くその場に座り込むカツサムや、にゃっと身体を強張らせるエリス。その数メートル先で、横たわるアイーニャ達は無事だ。
「アアー、まずい。アルルさーーんっ!」
着地時の都合から、敵に背後を見せているルビーは、めり込んだ足を引き抜き正面に向き直り、アルルを横目で探す。
「ゾンビーー!」
そこで、丁度着地したアルル。
ーーくそっ、明らかにアイーニャ達を狙ってるっ!
現状の危険さが、アルルにも理解できた様で歯噛みする。
人型の水袋と巨大な馬面は、すでに次の行動に出ていた。
今度は、複数の水撃を放つつもりなのだろう。周囲に、浮いている水球の数が、急速に増えている。
「アルルさんっ! ここはワタシがっ! だからっ」
ルビーは、敵がやろうとしてる事を、瞬時に判断。
より強く、より大きく翼を創造し直す。そして、両手を広げ、その手すらも巨大な鉤爪へと変化させていく。
受け止める気だ。
アルルはルビーのその様を受けて、走り出す。
二人での同時攻撃ではなく、一人が守備をして、もう一人が攻撃として立ち回る他に無い。自然とそうなる様に、追い込まれてしまったのだ。
足に力を溜めて、地面を割って飛び出すアルル。
毒の影響か、内蔵からの出血で酷く吐血している。
雨が口に入って、すぐに溢れてきて煩わしい程度にしか、小さな英雄は捉えていなかったが、毒が徐々に身体を蝕んでいる事は明らかであった。
二体の敵は、集まった水球を振動させている。今にも、複数の水撃が発射されようとしているのだ。
「くそっ、やらせるかっーー!」
血を吐きつつ、ありったけの力で殴るために接近。
が、またもや宙へと巻き上げる為の水流が、アルルの眼前で展開の様相を見せている。
ウンディーヌと水妖魔で、どちらの能力なのか。魔法の同時使用も可能な様だ。
だが、流石に三回目。
アルルは、飛び出してから一歩目。そこで、地面に拳を振るった。
がんっ、と激しい音と共に、地面がえぐれ。石や土が舞って、眼前で立ち昇った水流に影響を与えていく。
土台の破壊により、水流の向きが傾いたのだ。それと同時にアルルは、飛び出しからの急速に止まるという、フェイントにも一役買った。
そして、優れた動体視力でもって、方向をしっかりと見定めてから、水流を避ける。
が、しかし。
避けたところで、アルルは濁流に飲み込まれてしまった。
否、敵の背後より流れ出た濁流にぶつかって、後方に押し流されたのだ。
上方向へ逸らす水流を囮に使って、背後より濁流の魔法の行使で、後方に。
「がっ……ぼっ!?」
この濁流の突撃では、アルルはダメージを負ったりはしない。が、物理的に体は流される。
ーーなんだ、これっ……!?
水の国、激しい雨、近場に一級河川。そして、水に長けた魔物。環境も現状も、全てが小さな英雄に、不利に働く構造になっている。
そして、守らなくてはいけない者達。
濁流は、アルルを弾いてそのまま近場の建物にも、直撃をする。濁流と建物の抱擁。
「ぐっはっ!」
流石のアルルにも、多少のダメージは通った様だ。
そして、その刹那の攻防の中。発射する、複数の水撃。
それは、カツサムやアイーニャを守るように、翼と鉤爪を大きく展開しているルビーに向かって、放たれる。
数十本の圧縮された水の線。水撃が、怒涛の様にルビーに襲いかかるのだ。
「グヌヌヌー! やらせるカーーっ!」
水撃は、ルビーを貫く。
ゾンビでも、吸血鬼でも。種族的には、防御力が低いのが通説ではある。が、それでもレベル差は大いに有効性を失わない筈だ。
敵とルビーのレベルの差でも、かなりの差があるのだが。その差を踏まえても、ルビーを貫ける攻撃力を、この水撃は持っているという事である。
それは、呪いの雨が未だ降り続き。
首都ハーヴェの住人を蝕み、殺し。
その汚れた魂が、敵に流れ魔力を増幅している事に起因する。
やはり全てが、不利益に働いてしまっているのだった。




