第四部 2章 魔王の蠢動…… 011
『ふふっ……では、話の続きをしようか』
手に収まる程の大きさの紙は、カツサムの肩に乗ったまま、ぴらぴらとはためく。
表情などがある訳ではないので、出所の分からない声色を頼りに、感情を察するしかない。
「あ、いや。その……ナーサさん、でいいんですよね?」
アルルは、暴動の話の続きは気にはなるが。それよりも、動き喋る紙自体の説明を、まず必要とした。
『ああ、そうだよ少年。君の友人、ナーサ・ミ=ショーオだ。この様な姿で、失礼するよ』
「ああぁ……紙、なんですね。ナーサさん……」
『ふふ、これは僕の魔術の一つでね。式紙という術なんだよ』
声を伝える遠隔の魔法なのだろうかと、アルルは解釈をする。
ーーそんな魔法があるなら、あの手紙はなんだったんだろうか。
『ははは、手紙は純然に僕の趣味さ。手書きというのが、僕は実に好きなんだよ』
ナーサはまるで、アルルの心を読んだかの様に言ってくる。
人の思考を先読みで発する所は、間違いなくナーサである様な気がした。
『長くなったね、暴動の先の話をしよう。時間がない』
「あぁ、すみません。どうぞ……」
時間がないとは……そんな疑問も湧き出てしまう。
次から次へと、頭にクエスチョンマークが浮かんでくるが。アルルは、黙って聞く姿勢を崩さない。
『結論から言えば、暴動は僕の魔術で納めたんだよ。荒ぶる人々を、取り敢えず全員眠らせた。とても危険な状況だったからね。カツには、荷が重かろうと思ってね。本来の目的ではなかったが、仕方無い』
「おいー、確かに俺じゃ無理だったけどー」
カツサムが合いの手よろしく、非難の声を上げる。
紙はぴらぴらと肩の上で、はははと笑った。
『僕は今、実際にはサイ・ダートにいる。軍の編成に成功して、これからパエル・ダートの東部に向かう途中なんだ。先遣隊としてね。パエルを優先させたけど、ここイヤウアも勿論気になっていたから、式紙を使って情報を得る必要があったんだ』
なるほどと頷くアルル。しかし、整理はあまり追いついていない。
隣のルビーを、チラリと見る。
「アハー、式紙かぁ。魔術? 魔法? アハー、なんかワクワクするナー」
手を顔にあてて、違う方向へと思考をシフトさせている。
ーーよく分からないと言える雰囲気、では無い……よなぁ。
『ああ、ごめんごめん。君に分かり易く言わないとだね。ごめんごめん』
紙は丁寧に半身を折って、ぺこりと一礼する。またもや、心を読まれてしまうアルル。
ーーか、顔に出てるのかな。
『君たちは、可能ならすぐにこの街を出るんだ。明日の朝までは、怒れる住人達は目を覚ます事は無いだろうけど。無意味な暴動に、また巻き込まれる公算は高いからね。眠っている住人の鎮圧に、サイ・ダートから部隊を派遣している。朝には着く…だ・ろう……あ』
最後は途切れ途切れで、調子が悪そうだ。
ーー無線機みたいだな。なんか……電波なのかな?
『ああ・あ……ここまで・の……様、力を、使い……す』
ここで紙は、まるでただの紙の様に、カツサムの肩からひらりと落ちる。
一瞬の沈黙。
「なんか、まだ言いたそうだったけど。人を眠らせるのに、かなりの力を使ったって言ってたからなぁ。ナーサの奴」
カツサムは落ちた紙を拾って、再び懐に入れる。
「ええ〜なんか、紙が喋るのかわいかったね〜。ミカもそういう魔法、使えたらな〜」
「いや、ミカ。お前には無理だって〜」
「ええ〜、どうしてそういう事言うの〜? そんなの分かってるしぃ。えぇ〜、やだった〜」
「あぁー、そうなんですね。えーと、ボクらはどうしたらいいんでしょうか」
毒の身体でなんとか立ち上がり、アルルはどうするべきかを考える。
「そうだな……ナーサの言う通り、明日の朝に軍の部隊が来るなら。一応、事態は少しは収まるとは思うが……」
また再びの沈黙が、一同の間に広がる。
と、そこでエリスが、アルルの前に出て来た。
「にゃあ、アルル……」
「エリス……うん、分かってる。エリスの子供の事、だよね? 大丈夫、忘れてないから」
やはり小さな英雄の前では、色々な物事が同時進行してしまう定めにあるらしい。
何を優先するべきか、整理のついていない頭で考える。
しかし、軸となる行動規範が、今の所見当たらない。
否、見つけられないのだ。
エリスの子供。街の暴動と、街の行く末。魔王の行動。政府上層部の暗殺の真実。アイーニャの体調に、ナーサの助言。
毒による身体中の痛み。
ぐるぐると頭を駆け巡り、処理が追いつかず頭が痛くなる思いである。
一番は、元の世界に帰る事。その至極シンプルな軸が、今や複雑に曲がってしまっている事すら。小さな英雄は気付けず、悩んでしまう。
人々や世界を、現実と捉えるが故に。自身にとっての願望を、しばしば見落としてしまうのだった。
良いのか悪いのか。答えはまだ出ない。
「アハー、アルルさん。アイーをこの状態で連れ回すのは、ワタシは反対ですヨー」
「ああ、ゾンビ。それも……分かってる」
軋む身体で、伸びをするアルル。
ーーアイーニャのおかげか、動けない事はないか。ありがとう、アイーニャ。
「あ、アルル……さまぁ」
アイーニャは、少し戻った意識で、弱々しく言葉を発する。
「わた、し……はぁ、大丈夫ですぅ。だから……」
「アイー、無理しないでヨー」
「アイーニャ……」
「ついて、行きますぅ。アルル様の……毒だって、それに……私、今調子いいんですよぉ」
どこが調子良いのか。と、アルルは思う。
やはり、危険な状態なのではないかと、思ってしまうのだ。
しかし、調子が良いのは本当である。体力が弱っているだけで、レベルは信じられない程に、上がっているのだから。
「アイーニャ……いいから、休んでてよ」
「アルル様ぁ、本当なんですぅ。だから、私を……置いて、かない、で……」
「そんな、アイーニャを置いてくなんてしないよ」
すぅっと、少し濡れそぼった瞳を閉じるアイーニャ。
ルビーがゆっくりと肩を持ち、毛布に優しく横たわらせた。
と、そこで。
急に降り出した雨の音が、宿屋の屋根を打つ。
その音は、広間の、人もまばらになった空間を埋め尽くす。
「ドラゴン雨か……」
カツサムはぽつりと呟く。
ーード、ドラゴン雨……?
「アハー、ドラゴンの様に激しい雨。の、形容ですネー。分かりまスー」
アルルは相槌を打つルビーに、激しくツッコミたかったが。やめておく。
毒で、いまいち身体が本調子では無いからだ。
その驟雨は、激しさを増すようで、降り止む気配は見えない。
アルルは、ふうぅと自身の呼吸器官を確かめるように、息を吐きつつ。これからどうするかを、再び考え始めた。
毒に侵された、小さな英雄の体力は。徐々にだが減っていって、死には向かっている。
だが、何回も死を体感しているアルルには、別段優しいくらいの状態ではあった。
鈍感になってしまったのだ。死というモノに対して……
雷の音が響いた。
「いや〜ん、カツ君怖いっ!」
瞬間でひしっ、と抱きつくミカ。
「おいい、びっくりしたぁ〜! おい、ミカー。急には、やめろよ〜」
「だってぇ〜、怖かったの〜」
「いやっ、俺もびっくりしたって〜!」
と、そこで意識を失って横になっていた筈のアイーニャが、がばっと起き上がるのだ。
「風がぁ……風が、止んでますぅ……」
顔色は依然、青白いままで。肩で短く息をして、アイーニャはそんな事を言う。
「ア、アイーニャ……?」
弱っているはずのエルフの少女は、急に立ち上がり。広間を出て、外へと走って行くのだ。
急な出来事に、周りの反応は一瞬遅れる。
異様な出来事に、一同は焦った様子でアイーニャの後を追う。
アルルにカツミカ夫妻。ルビーにエリスは、一斉に外へと出るのだった。
アルル達の後ろ。今まで、居たのにも関わらず、一言も発していなかった者が一人。
広間の薄暗い明かりで照らせれてはいるが、目元は影が落ちてよく見えない。
しかし、うっすらと口元は口角が上がっていて、不気味に笑っている様に見える。そんな人物が、一人。
アイーニャを追う五人を、見ているのだった。
連邦捜査官、ノイ・ジー。
カツサムの後輩でもある、小柄な体格の幼い顔の女だ。
短髪の赤髪を、静かに揺らして。
その童顔を、ゆっくりと歪めてうすら笑う。
そして、ひと呼吸遅れる格好で。エルフの少女を追って、外に出る五人の後に続くのだ。
鋭い雨は降り続き、雷の音はますます近くなっている。




