第四部 2章 魔王の蠢動…… 010
小さな英雄が、古の恐竜ゾンビを滅したその時。
夜の闇に乗じて、天高くからその様子を見ている者がいた。
魔王・闇より出し者である。
一万匹弱の、小鬼の大群を送った張本人だ。
そして、その大群が大量に死した草原で。死骸や、汚染された土地を利用する事を考え、実行に移したのも。また、この魔王である。
「なんと、色々起こり過ぎている事か……」
魔王は静かに、誰に訊かせるでもなく、一人呟いた。
上空であるが故に、気流が速く。夜である事も加味すれば、それなりに寒いはずである。
が、それは魔王からすれば、瑣末な物事だ。激しい気流を、一向に無視したかの様な、漆黒の外套は。衣擦れの音さえ、していない。
「まさか、一つ所で小鬼共が須く、屠られているのも驚きだったが……」
魔王然とした、低く唸る威圧を放った声色で、ふむむと魔王は思案する。
「そこに呪いを孕ませ、死霊を創出したまでは別段、悪くなかった筈だ。しかし、アレは……」
再び黙考に入りつつ、復活してすぐさま倒されてしまった、アレを見遣る魔王。
すでに虚空に霧散した、古のドラゴンロードを見つめるのだ。
魔王は、思い出す。
数年前に三大魔王が一角、北の女王と渾名される、あの女からの情報を。
北の霊峰に顕現したという、死霊霊王・エビルロードの話を思い出すのだ。
「あの女の、巫山戯た与太話だと思っていたが……まさか、な」
本来であれば、死霊が集まっただけでは起こり得ない事態が起きた。
その事実と、そんな不測の事態をものともしない、その渦中の人間に。
その、小さき人間である所のアルルを見てしまって。自身で練りに練った、この先の策略の大部分を、変更せざるを得ないと認識を改めるのだった。
しばらく前に手に入れた、再生し続ける肉片の事も。それに連なるアノ計画すらも、一旦考え直す必要性を感じてしまい。
精神フィールドへと、戻る。
夜の闇に溶ける様に、体が消えて行く。
漆黒の外套を翻し、魔王然とした威圧や余裕は、依然顔に刻んだまま。
魔王は一旦、この場を後にする。
……
…
アルルは過去の経験から、再生だの復活だのを恐れて。執拗に、細かく斬ったり潰したりをし終わって。
ふぅと一息をつく。
あたりは依然と、血の海の様相であったが。ひとまずは、鎮静した雰囲気である。
と、急にアルルは膝から崩れ落ちた。
「え……?」
何かを成した為に、脱力をしたという訳では無い。唐突に、足に力が入らなくなって、血染めの草原へアルルは倒れてしまったのだ。
「エエ? アルルさ、ん……?」
ルビーは剣の状態から人型に戻り、困惑した声色で、倒れたアルルの肩を抱く。
「アルルさん? え、ちょっと……」
「なんか、力が入らない……な。あれっ、なん……だ?」
見ると、顔は青紫に変色しつつあり、所々で手や足が痙攣を起こしている。
「エエー、まさか……毒っ!?」
「ど、どく……?」
アルルは、血に沈んだこの草原で、毒に侵されてしまった。
呪いが詰まった血を浴び、汚染された土地で動き回っていた小さな英雄は、毒状態のステータスを付与されてしまったのだ。
あっけなく倒された、かの恐竜や無数の死霊達の残した置き土産でもある。
そういう意味では、怨霊どもは意地を見せた。と、言えるのかもしれない。
「なんで……ゾンビは、大丈夫……なん、だ?」
アルルは、段々と浅くなってくる呼吸で、元気そうなルビーにそう問うた。
「アアー、ワタシは毒の耐性があるんですヨー。ゾンビですシー」
「な、なぜ……」
何故ゾンビだと、毒の耐性が当たり前になるんだ。と、聞きたいが言葉にならない。
あらゆる生態機能が痙攣して、そもそも霞む視力が、さらに霞む。
「ゴフッ」
そして、吐血。
「ウワー、アルルさんっ!」
そこでアルルの意識は、ブラックアウトしてしまう。
慌てたルビーは、急いでアルルを担いで、空を飛ぶ。
そして、首都ハーヴェへと戻るのだ。
……
…
アルルが再び目を開けた時、そこにはアイーニャが居た。
青白い顔で、再びヒールの魔法をアルルに掛けているのだろう。
「あ、アイーニャ……」
緑色の光が、自身の体を優しく包んでいるのが分かる。
だがアルルは、そんなアイーニャの手を取って。
「アイーニャ、いいんだ。だ、大丈夫……それより、これ以上はアイーニャが……」
明らかに顔色が悪く、目の周りのクマも、額の大量の汗も見て取れるアイーニャに。アルルは、治療の中断を自らで進言する。
「大丈夫、ほんとに。多分、これくらいなら死にはしない、から……」
体のあちこちで、未だ危険信号は出てはいるものの。なんとなく、アルルはこれ位では死にはしないという、不思議な確信があるのだった。
それもそのはずで、この世界に来てからというもの。アルルが、いったい何回の死を経験した事か。
その因果関係を、正しく理解している訳ではなかったが。体の感覚としては、どうやら残っている様である。
「そん、なぁ……アルル様ぁ。私、は……」
アイーニャ自身も弱っているだろうに、必死に魔法を使い続けようと、ふらつきながら声を絞り出す。
「ゾンビ、頼む……ほんとに、大丈夫だから」
まだ視認していなかったが、きっと居るだろうと思い。アルルは、ルビーにお願いをする。
「アハー、分かりましター。ねぇ、アイー。アルルさんもこう言ってるし、ねぇ?」
ちゃんと近場に居たルビーは、アイーニャにそう声を掛けつつ。宿屋の広間で横になるアルルから、アイーニャを引き剥がす。
「ルビー、様ぁ……」
そこで、ようやく魔法の行使を止めたアイーニャは、自らも倒れ込む。
それを、ルビーが優しく受け止め、毛布に寝かせた。
かなりの消耗をしながら、魔法を使っていたのだろう。横になるなり、アイーニャは意識を失った。
「ゾンビ……どうなってる? 状況は」
アルルは、軋む体を起こして、現状の把握に努める。
カツサムや、ミカ。ノイにエリス。そして、ルビーとアイーニャ。
全員で、どうやらまた同じ宿屋の大広間に、戻って来ているらしい。
「アルル、大丈夫か?」
カツサムとミカは、心配そうな表情でアルルを見つめる。
「アハー、アルルさん。状況は、あまり良くは無いですネー」
「そう、なのか……?」
見回した大広間には、随分と人がいなくなった様に見受けられる。
「ああ、アルル。魔王の声がしただろう? それで、火が付いた様にみんな混乱して。あっという間に、暴動が広がってさ。政府の上層部が殺されているのも、発見された……くそっ」
カツサムは俯いて、拳を握る。その拳をミカは、自身の手で覆い被せた。
「暴動、ですか……え? あの……オレって、どの位寝てまし、た?」
「アハー、三時間くらいですかネー」
「そ、そんなに……」
逆に言えば、アイーニャはそのくらいの時間を、アルルの治療に使ったという事だ。
周りの止める声を無視して、アイーニャはアルルの回復に努めたのだろう。
まさしく、己が命を賭けて。
「にゃ、アルル……動けるは、動けるのかにゃ?」
「エリス……うん。多分、大丈夫と思う」
「にゃったら、ここの街をもう、出た方がいいかもにゃ……」
エリスはすでにフードを外して、腕を組んでそう言った。
人々と街の混乱具合を思えば、今更何を隠しても意味がないと判断したのだろう。
「え? 街を……? カツさん、その。暴動は今はどうなったんです?」
「ああ、それか。それは……」
『ふふ、それは僕の口から説明しよう……』
と、急に何処からともなく声がする。
しかも、妙に聞き馴染みがある声だった。
「え? ナーサさん!?」
アルルは、未だ毒で痛む体を動かし、あたりをキョロキョロと見渡すが。ナーサの姿など、何処にも見当たらない。
『はは、ここだよ少年。よっと……』
するとカツサムの胸当ての隙間から、人型に切り取られた紙が出てくる。
その人型に切り取られた紙は、ひらひらと舞って。カツサムの肩まで移動すると、人型の腕の部分を器用に折り曲げて、挨拶をするのだ。
『やぁ、あまり元気そうではないね君は。いつも通りと言えば、そうかもしれないがね。はははっ』
その人型の紙の、何処から声が出ているのか。それは、アルルには全くもってわからなかったが。
その紙は器用に身振り手振りをして、喋るのだった。




