第四部 2章 魔王の蠢動…… 009
国中の空気を振動させているのか、ただ頭の中にだけ発信しているのか分からない。魔王による、不快な言葉の宣誓が終わって。
アルルとルビーは、加速度を上げて東側の蠢く何かに飛んでいく。
「アハー、うわぁ……」
ルビーは徐々に近づく、蠢くモノの正体を視認して思わず呻いてしまう。
「ん、どうした?」
アルルの視界は、未だ悪く。見え辛い。
「アハー、なんか。なんていうんですかネー。アレは……」
蠢くモノは、端的に言えば小鬼の死骸だった。
死骸が、群れをなして動いている。
死霊。
アルル達が屠った小鬼達一万匹弱。その血の海の惨劇で、土地が汚染され呪いを受けたのだ。
その環境を利用した者が、その蠢くモノを作為的に作り出したのである。
魔王・闇より出し者。
裏で蠢動する、三大魔王が一角。
リン・ダート共和国連邦を、裏で操っていた者の正体でもある。
だが、それを知る者は今の所は居ない。
否、魔王本人ですらもしかしたら……
蠢くモノは、小鬼の骨や臓物。血などを媒介にして、異形の軍団へと成っている。
骨死霊、小鬼死屍、幽玄霊など。
様々な死霊に形を変えて、群れを作っていた。
流石に、今朝の小鬼の大群程の数はいないが、それでも数千という数の個体はいるだろう。
「アハー、アルルさん。突撃します、いいですカー」
「ああ、あんなのが街中に入ったら、大変だっ! 行ってくれっ」
二人は、空中から一気に急降下。
黒い群れに突撃する。
立ち回りなどを決めていない事に、アルルは突撃中に気付く。
が、もう遅い。
「超級・螺旋・覇王・殿堂入り落下キックーーー!」
ルビーはアルルを抱えたまま、高高度からの垂直落下式の蹴りを。蠢くモノ達の、中心に命中させる。
それはもう、ミサイルなどの着弾に近い。
それ程の衝撃を生んだ。
地面が割れ、波打ち。
その揺れに抗えない死霊達は、それぞれで吹っ飛び。また、蹴りの着弾時の風圧でも、吹き飛びバラバラになる。
抱えられているアルルも、反動で返ってくる衝撃は、かなりの物である筈だが。そこには別段、けろっとした顔を覗かせ。
ーーなんだ、毎度毎度その変な技の名前は。などと、思うだけであった。
ここで、小さき英雄のバッドステータス。
因果改変:誘致により、ここに存在する全ての死霊に、敵認定を喰らう。
一番手近な存在に、ターゲットが映ったと考える事もできるが。魔王の術により作られた側面もある事から、ある一定の命令が組み込まれている筈だ。
なので、それすらも無視できる強制力が、因果改変:誘致の力。と、言える。
いや、単に小鬼であった時の、殺された恨みがそうさせるのかもしれない。
ただ単純に。
その怨嗟は、英雄という音叉によって、響き共鳴し増幅していくだけなのかもしれなかった。
小さき英雄の、意図しない所で。
「ゾンビ、どうすんだ? こんな真ん中に降りちゃって」
吹き飛ぶ死霊達を、霞んだ視界で見つつ。地面に降ろされたアルルは、唇を尖らせてルビーにジト目を送る。
「アハー、まぁいいじゃないですカー。なんか、逆に目立ってて。アハハー、こちらに意識を向けてくれてますよ」
実に、無責任に笑うルビー。
「ああ、なるほど。そうか……」
確かに、街に注意が向かないだけでも、あの蹴りには効果があったと。アルルは認めた。
「アハ、まぁ蹴散らしましょうカー。いつもの様にネー」
「うん、目の補助……よろしく」
その言葉にルビーは、片目を瞑ってウィンクをする。
そして、すぐさま自身を漆黒の大剣に変化させ、アルルはそれを装備した。
そこからは、疾風怒涛。
呪いや怨念の塊である、死霊達ですら恐怖してしまうかもしれない程。
アルルの攻撃は、苛烈だった。
『前行って、そこバン。次、右で左ぃー』
ルビーが、視界の悪いアルルに指示を出す。
そして、うまい具合に。状況に応じて、刀身の長さや重さを調節するのだ。
『ダッシュして、次横! 上に飛んでっ』
そして、その指示をまともに実行するアルル。
二人はすでに、阿吽の呼吸が出来上がっている。
それに加え、アルルの身体能力でソレらをこなすのだ。
大気が渦巻き、弾け飛ぶ程の速力で。
魑魅魍魎を蹴散らしていく。
それはさながら、阿鼻叫喚の災害級のトルネード。根こそぎ何もかも消し去ってしまう、理不尽そのものだった。
そんな理不尽には、さすがの死霊達も、悲しそうに悲鳴をあげて。黄泉の国へと、ただただ塵みたいに帰されて逝く。
が……
流石に、そのままでは終われない。
意地を見せなければ、死んでも死に切れないと。死霊達は、急に奮起し出したのだ。
これにはやはり、小さな英雄のバッドステータス。
因果改変:不利益が絡んでいると、言えるだろう。
全ては、英雄の不利益に働くのだ。
呪いと怨念が、精神フィールドを通じて融合を始める。
一つ一つが交わらない筈の、負のエネルギーが。アルルを殺す事を目的として、世界の理を超えてしまったのだ。
因果改変は、世界のシステムですら変えてしまう。
そして、それに追従する様に、物理的な現象も次々と起こり始めた。
砕けた骨。飛び散った臓物。呪いを宿す血溜まり。それらも、現実で融合し始めるのだ。
「え、なに!? 何っ!?」
この事態に、アルルは理解が及ばず攻撃の手を止めてしまう。
『エエー、なんでしょうネー。怨念にも執念があんネン、みたいな感じですかネー』
「バカ言うなよっ」
ルビーのその下らない駄洒落は、ある種の芯を食ってはいた。
そこら中に散らばった死骸は、ある所を起点として。続々とくっついては、合体し融合していく。
何か別のモノへと、進化していくのだ。アルルを殺し滅する為だけに。
その憎悪を糧に、巨大に強大に。怨念が重複して乗算し、さらに加算して。
ここに原初の獣が誕生する。
恐竜が、爆誕した。
太古の淫雛な竜王。
全長、五十メートルを超える古のドラゴンロードが、ゾンビとなって今。復活を果たす。
それは、誰が望んだという訳では無い。
恐竜自体も、ゾンビという不本意な形の復活は、望んではなかっただろう。
小さな英雄に対する、憎悪が。因果改変の煽りを受けて、顕現してしまっただけなのだから。
そして、その恐竜は恨みがましい目つきで。小さき人間を、睨みつける。
誕生から、真っ先にアルルを敵と知っているのだ。
大地がひび割れる程の、咆哮を上げる。
それは、実に悲しい産声でもあった。
「え、なに……これ」
『アハー、なんかティラノサウルスっぽいですネー』
「はっ!」
アルルは目を見開き、子供の頃に親に買ってもらった恐竜図鑑を思い出す。
確かに、体の割に異様に短い前足に。鰐を思わせる、大きく裂けた上顎と下顎。そこから覗く、ギラギラとした鋭利な歯。
胴体ほどもある太く長い尻尾が、その巨体を支える為に地面に重々しく刺さっている。
全長がどの位あったのかは、いまいち思い出せなかったが。フラッシュバックした、恐竜図鑑のそれと、かなり似通っているのを感じた。
「おい、ゾンビ……どうするんだ、恐竜だぞ? こんなのどうやって……」
アルルは、元の世界の知識と記憶で。眼前の恐竜が、すごく眩しく映る。
同時に、畏敬の念をも抱いてしまう。
子供の時分に抱いた、恐竜博士になるという夢を思い出し。憧憬という感情の入り口を、開いてしまったのだ。
わなわなと、手を振るわせるアルル。
「な、な……こんな。でかいのっ、どうやって……」
『アハー、これよりデカい奴、ちょっと前にやっつけたでしょうヨー』
「えっ?」
ルビーは身も蓋もない事実を、アルルに告げた。
確かに、数ヶ月も前に。アルルは、百メートルを超える巨人を倒している。
『ワタシがデカい剣になって、バーンとやっつけたでしょうヨー』
「……た、確かに」
……
…
不本意な形でゾンビ化して、復活をしてしまった恐竜。
太古の淫雛な竜王は、倒されてしまった。
再び、百メートルを超す巨大な剣に変化したルビーと、それを振り切る膂力を持つアルルに。
真っ二つにされて、滅せられたのだ。
そしてその後、悲しい位に微塵斬りにされて。その大量の怨念は、血に沈んだ草原の大気へと、散らされて逝く。
アルル達が、首都ハーヴェを出て。きっかり十分後の事だった。




