第四部 2章 魔王の蠢動…… 007
程なくして、カツサム達が戻った。
手には、それぞれで多少の食料を携えている。
「いやぁ、やっぱり調達は難しいな。取り敢えず買えるだけの、出来合いのものを買って来た。ほら……」
カツサムは抱える食料(パンの類や惣菜)を、アルル達に手渡していく。
「ありがとう御座います、カツさん」
アルルは眠るアイーニャの手は離さずに、もう片方の手でそれを受け取る。
「お、おお。へぇ……」
カツサムは、手を握るアルルを上下に見遣って、へへっと笑った。
「ん? ああ、これはゾンビ達が、この方がアイーニャの為にいいって言うんで」
アルルは何故か、自分でも要らないなと思う状況の説明をしてしまう。
「はは、いいっていいって。まぁ、そういう事もあるだろう。いや、しかし。かなりの都市機能が、麻痺しつつあるな。店のオヤジに聞いたんだが、一昨日あたりから急に物資の流通が止まってたらしいんだ。ハーロ・ダートからの交易品は大分前から止まってたらしいが、ウシロロやサイ・ダートからも何の事前連絡も無く、止まってたらしい。気付かなかったが、街の状況は前からやばかったって話だ」
カツサムは、一息にそれだけを言って、持っているパニーニを頬張った。
「そう、なんですね……」
カツサムの喋り始めの、いいっていいって、そういう事もあるだろう。が、どういう事だろうと、真剣に悩むが。
アルルは、取り敢えずで相槌を打った。
「アハー、今後はどうしますカー」
ルビーは葡萄酒を手渡されて、それを飲んでいる。酒が、ルビーの栄養補給の手段だと思われている気配だ。
「この先か……」
カツサムは難しい顔を作り、押し黙る。
「カツ君〜、瓦礫とかそこに埋まってる人達は〜?」
「ああ、ミカ。そうだな……それも大事だ、が。ナーサはウシロロから軍を編成して、先遣隊としてもう出てるんだよな。イヤウアの首都がこの状況だと、裏切った敵国ってのも。ここの上層部の人間と、連絡が取れなかった事に起因しているのかもしれない。だとすると、一体敵は誰になるんだ?」
静まり返る一同。
その沈黙を破って、エリスが口を開く。
「にゃ、魔王様……」
ぽつりと呟く程度の音量であったが、皆の耳には届く。
「アハー、確かに繋がっている様に感じるけど、目的が見えないって事。だよネー、カツー?」
「ああ、ルビー。そうだな……」
少しの間を取って、カツサムは手をぱちんと合わせ。
「取り敢えず、今日の所はアイーには休んで貰って。手伝える奴で、夜まで街の救助や手伝いをしよう。で、明日はハーロに発つ。それでどうかな?」
カツサムは一同を見渡し、視線を順繰りに落としていく。
「ええ、カツさん。アイーニャを休ませたいので、ボクは一向に構いません」
「アハー、ワタシもー。アハハー」
「カツ君、カツ君、なんかカッコイイね〜。指揮官って感じで、素敵〜」
「いいんじゃないっすか〜」
「にゃ……まぁ、しょうがにゃい」
エリスだけは、渋々といった感じだが。一刻も早く娘を救出したいのだ、無理もない。
それでも、頷くしかない現状には、エリス本人が一番歯痒い事だろう。
……
…
一通りの作業を済まし、アルルが一息をついた頃。陽は落ちて、薄闇が差し掛かろうかという時刻だ。
目が復調した訳ではなかったが、ルビーとの二人組により補う事が出来たので。瓦礫撤去の作業は、問題は無かった。
問題があったとすると、二人の作業量だろう。はるかに人の領域からは外れた、驚愕の作業スピードで、周囲を圧倒したのだから。
しかし、これ以上混乱をしたくない人々は、薄目でその光景を捉え考える事を止める。特に何も言わずに、各々のやるべき事を黙々とこなしていったのだ。
ここ最近の、連続する国難に疲れてもいたのだろう。
方々で、完全に陽が沈む前に今日は終わろうかという話になる。
「アハー、ワタシ達も終わりますカー」
「ああ、そうだな。カツさん達は何処だろう?」
アルルとルビーは、カツサムを探して宿屋の広間に戻る事とする。
宿屋に着いて、アイーニャを診てくれていたエリスとミカに、感謝を述べ。アルル達はふぅと、一息ついて腰を下ろす。
ノイは、まだ戻っていない様だ。
宿屋は何処も、広間や食堂まで人で埋まっている事から、今夜はこのまま広間で夜を明かす他ない。
毛布に横たわるアイーニャを囲んで円形に、それぞれで座る。
「ああ、そうだアルル。なんか、街の人に無言で渡されたんだ」
そう言うとカツサムは懐から、金属音を鳴らす皮袋を出してアルルに手渡した。
「え、何です? これ……」
「ああ、みんなお前とルビーの働きに感謝してるんだよ。そのお礼だと思う。お前らの働きが異常過ぎて、話しかけられなかったんだろう。きっと」
「え……そう、なんですか? いや、でも……」
「まぁ、いいさ。何も言わずに貰っておけって」
人々は、東側から攻めて来ていた、大量の小鬼達を直接は見ていないし。それを、完膚なきまでに殲滅せしめたアルルとルビーの活躍を知らない。
そこに突如生まれた、血の海も。街の中の後始末に追われて、考える事はできずに後回しだ。
アルルは、ここで問答しても栓の無い事だと考え、かちゃかちゃ鳴る皮袋を頂戴する事にする。
「はぁ〜、お腹すいたぁ〜」
ミカは欠伸をしながら、腕を上げて伸びをした。
「どっちだよ。眠いのか、腹ぺこなのか。そういうとこだぞ、ミカー」
「ええ〜、やだった〜」
夫婦の掛け合いが、重くなりがちな今の空気を和ませてくれる。
「アハー、今日の所はしょうがないかもですネー。今日の被害で、多くの店は閉めているでしょうし。開いてる店は、人がいっぱいで入れないでしょうしネー」
「ええ〜、やだった〜」
ミカも仕方の無い事は分かっているのか、特に感情は込めずに眠そうな目を擦る。
「寝れるんなら、寝てていいぞミカ。俺は起きてるから。アルルとか、エリスも全然休んでいいからな?」
カツサムは、ずっと起きているつもりなのだろう。
「カツさん、ありがとう御座います。でも、ボクは今の所大丈夫ですよ」
「にゃは、カツは優しいにゃ。アタシにも気を回してくれるにゃんて」
エリスが眠りを必要とするのかは、この場の誰も、実は知らない。高位妖魔なんていう種族の生態を、知っている者など居ないのだから。
「アハー、暇ならトランプやりますカー?」
「あ、いいねゾンビ。ババ抜きとか?」
「アハー、なんでもいいですヨー」
ルビーお手製のトランプカード。それを自慢げに取り出し、横になっているアイーニャとミカを囲んで一向は、トランプに興じる。
……
…
◆ 普遍的無意識の領域。精神フィールドにて ◆
魔王・闇より出でる者は、自身の腹心からの報告を聞く為に。意識体に戻って、この領域内に鎮座する。
意識体に座るとか立つという概念はないのだけれど、イメージで完結するという事もまた、この普遍的無意識領域内における、概念でもあった。
『ふぉ、ふぉ、ふぉ……』
この領域内では、何故か魔王の発したい言葉は、無意味な言葉に変換されてしまう。
それが何故なのか、魔王自身で今もって分からない、この世の不思議なシステムの内の一つなのだ。
このせいで、正直な所。部下に命令を下す事が、微妙に難しい。すれ違いもままあったりして、魔王の唯一の悩みと言っていい。
領域内に侵入する気配が、魔王の精神体にこだまする。
『我が主人、魔王・闇より出でる者様。死した月光、御身の前に馳せ参じたっス』
死した月光と名乗った意識体は、恭しくその場に傅く。領域内なので、あくまでイメージ上ではあるが。
『死した月光よ、ふぉ、ふぉ、ふぉ……楽にするが良いのです』
『はっ、ありがたき幸せっス』
死した月光の言葉は、無意味な変換を受けてはいない様に見受けられる。
それは、少し前に滅殺された死せる太陽にも言える事であった。
やはり、魔王は首を傾げる。数千年と存在していても、分からない事は分からないのだ。
『魔王様、計画の方の進み具合はどうっすか?』
蓮っ葉な物言いは、変換されずに魔王への問いになっている。
『ふぉ、ふぉ、ふぉ。大差ない、大差ないですよ死した月光……』
『なるほどっス。教会で魔王様をお見かけした時は、すごくびっくりしたっス。そう言う意図なんすね。了解っス』
何が読み取れたのか、魔王は困惑してしまう。
死せる太陽の時もそうであったが、魔王の変換された言葉が正常に部下に伝わっている様で、やはり微妙に間違っている事もあるのだ。
死せる太陽を失った事も、そこに起因すると魔王は考えている。
しかし、理解が正しい時もあるのだ。判断に苦しむ。
『……古い物は良きもの。ふぉ、ふぉ、ふぉ』
『ははぁ、そう言う事っすね。分かったっス。長く人間どものスパイをさせてたのは、そんな深い計画あっての事なんすね。さすが魔王様っス、惚れ惚れするっス』
自身の言いたい事の何割が伝わっているのだろうと、魔王は思う。
思うが、確かめようもまた無いので、行けの合図をイメージ上で送る。
『馬鹿な兄、死せる太陽の汚名を晴らせる機会。頂けて本当にありがたいっス。ではっ、引き続き。魔王様、あなたの為に全てを……』
死した月光は、素早く領域内を脱した。
どうやら、行けの合図は正常に伝わったらしい。
魔王は領域内の、まさしく虚空を見つめて、イメージ上で嘆息をする。
そして自身も、すぅっと闇に溶けて消えた。




