第四部 2章 魔王の蠢動…… 004
「ミカー、なんでお前っ。しかも、みんなで来ちゃって……くぅぅ」
カツサムは唖然とした表情で、ミカの後ろの面々に視線を動かす。
アイーニャにノイ、エリスと。誘導を頼んだ全員で、すごく危険な場所に来た事になる。
「だって、だって〜! なんか東の方からは、なんか赤い海が出現してこっちに迫って来るって、誰かが言ってて〜。北と南は、絶えず火が出て煙が昇ってるし〜、やだったぁ〜」
ミカは素早く捲し立てると、目を潤ませた。
「赤い海? 北の方もか?」
「先輩〜、まぁまぁ。みんなで話し合ったんすけど、中央の広場へ誘導するよりかは、西門を抜けてハーヴェの外に避難した方がいいかなってなったんっすよ〜。北に東に南がヤバそうならって〜」
ノイが、ミカの言葉を捕捉する。
戦える者が、今も刻一刻と魔物達に殺されていく。考える暇は無い。
カツサムは、大体の事情を無理矢理に飲み込み、決断しなくてはいけなくなってしまう。
「くぅぅ、分かった。でもここは危険だ! お前らは兎に角逃げてくれ!」
火吹き大蜥蜴に、戦鬼人。小鬼らは、人々や建物を執拗に害して、ゆっくりと前線を押し上げている。
こうなると、確かに首都ハーヴェを放棄して、国外に逃げる方が正しい判断なのだろう。
しかし、連邦捜査官の自身が、一番最初に逃げる訳にはいかないのだ。
せめても、自身を殿に、避難できる時間を稼ぐ。
それがカツサムの、連邦捜査官としての覚悟の表れでもある。
「ええ〜、カツ君は?」
「俺は時間を稼ぐ」
「ええ〜!? やだったぁ〜。だったらミカも残るぅ」
「おい、ミカー! 状況分かってんのかっ」
「やだったぁ〜!」
ミカは、カツサムの肩当てをぐっと掴んで、今にも溢れそうなほどの涙を堪えている。
どうせ掴むなら、袖だろ普通。などと、カツサムは思ったが。ミカの言いたい事は、十分に伝わるのだった。
カツサムの死ぬ気の覚悟に、待ったをかけているのだろう。
「カツー、私も戦いますぅ。それかぁ、ちゃんと皆で逃げるかぁ。どっちかですぅ」
アイーニャは何処で調達したのか、手には二本の包丁(出刃包丁と牛刀)を持って、優しそうに微笑んだ。
「アイー……」
「にゃは、カツ。避難誘導は、動けそうにゃ大人達に振って来たにゃよ。ここで無駄死にされても、アルルに影響が出たらアタシも困るにゃよ」
フードは後ろに流して、猫耳がぴんと立っているエリス。自身の爪を伸ばして、ぎらりと主張させた。
「エリス……」
「そうっすよ、先輩。死ぬまでしなくても、ある程度撹乱して、時間稼いだら皆で逃げればいいじゃないっすか〜?」
ノイは軽い調子で、実に責任感を感じさせない声色だが。カツサムには、そこに多少の生存の確率を見出させてくれる。
「お前ら……」
カツサムは、今度は嬉しい感情で涙が込み上がった。
「分かった、みんな無理はしないでくれ。ちなみに、全員で掛かれば火吹き大蜥蜴と戦鬼人は……倒せると思うか?」
一斉に、静まり返る一同。災禍が広がる音が、耳に痛い。
「と、兎に角……時間を稼いで、逃げる方向で」
先ほどまでの命を賭した覚悟は霧散してしまって、実に緊張感がなくなってしまった。
しかし、この方がなんだが俺達っぽいな。そんな事を考えて、カツサムは自嘲してしまう。
そして目線は敵に向けて、ハンドサインを後ろに送る。
ノイには間違いなく通じるだろうから、右翼の撹乱と小鬼の担当を細かいハンドサインに込めた。
アイーニャとエリスには通じないかもしれないが、左翼に展開する様な簡単な仕草で済ます。
ミカには多分、何も通じないだろうから、親指を立てるだけに留めた。
「頑張れ、カツ君〜〜っ!」
応援が届く。
カツサムは前方を見据えたままで、短く首肯する。
そう、それだけで力になるのだ。
全身の筋肉に神経を研ぎ澄まし、さらに集中力を上げた。
すでにノイは、走り出しており。瓦礫から素早く石を拾っては、戦鬼人に向かって投げつける。
注意を引きつつ左翼に展開して、身近な小鬼の頭を的確に、短剣で突いて処理していく。
なるほど、石は使えるなとカツサムは思う。
「瓦礫だ! 石を投げつけるんだ! 注意を引いて、全力で逃げろ! この繰り返しで、なんとか時間を稼ぐ!」
まだ生き残っている数人の兵士に、カツサムは声高に指示を出す。
アイーニャとエリスは、左翼に広がる小鬼達に向かった。
エリスは鋭い爪と瞬発力で、小鬼ぐらいはいとも容易く屠っていく。
カツサムにとって、嬉しい誤算だ。そして、それはもう一つあった。
アイーニャである。
エルフの少女は、両手持ちの包丁を順手、逆手にそれぞれの場面で器用に使い分けて、小鬼を捌く。
一撃でという訳にはいかなかったが、攻撃を綺麗に避けながら何回も斬りつけて、ちゃんと倒すのだ。
刃物とは言え、なんで包丁であそこまで切れるのかは分からなかったが。アイーニャの動きは、敵の撹乱も見事にこなしていて、カツサムは心で称賛を贈った。
ミカは、後方で絶えず声を張り上げて、皆の応援をしている。
一応、手には何処で拾ったのか、大きめの花瓶を携えていた。
そして、背後から忍び寄った一匹の小鬼の脳天に、それは炸裂。昏倒した所に、エリスの爪が容赦なくトドメを刺す。
それからまた、応援に戻る。
カツサムは剣を鞘にしまい、瓦礫から大きめの石を拾っては、戦鬼人や火吹き大蜥蜴に向かって交互に投擲。
迫り来る火炎を、全力で転がりながら避けて、反対側の兵士に合図を送った。
合図を受けた兵士は、身を隠したカツサムに注意が行かない様に、また石を投げて意識を逸らす。
巨大な棍棒を持つ戦鬼人だが、火を吹く巨大蜥蜴よりかは射程距離は短い。
そこのギャップを突いて、数人で交互に注意を引き合って、全力で逃げる。これの繰り返しをしていくのだ。
即席の拙い連携のはずが、危機に瀕した人間の底力か。奇跡的に、上手く機能していくのだった。
それには、如才なく素早い立ち回りによる、ノイの援護と撹乱が功を奏していると言えるし。
カツサム達の投擲隊が、二つの強敵を上手く足止めしているからこそ。アイーニャとエリスが、妨害される事なく小鬼達を倒せていけるとも言える。
そういった相互作用で、奇跡的に戦況が覆りつつあるのだ。
唯一の懸念は、何処で逃げるかである。
今はまだいいが、時間が経てば流石に強敵の攻撃を、疲労が邪魔をして避けきれなくなるのは目に見えているのだ。
カツサムは、必死に投げて必死に避けての最中に、何処が分水嶺かを見極めなくてはいけない。
「くぅぅ、避難はどんくらい進んだんだ……」
攻撃を避けた後で瓦礫に身を隠し、周りを見渡す。
見える範囲では、逃げれる者は逃げた様であるが。街全体ではどうだろうか。それに北部、東部の街の様子も分からない。
くそっ、と吐き捨て。手近の大きめの石を持って、瓦礫の陰から走り出た。
投擲をして、また戦鬼人と火吹き大蜥蜴の注意を引く為に。
と、そこで。空を切る様な風切り音がこだまする。
音波の鋭い波が、耳をつんざくかの様に鼓膜を刺激するのだ。
「……っ!?」
カツサムが声を上げるよりも早く、何かが激突した。
火吹き大蜥蜴の頭部は瞬間で弾けて、それを追う様にすぐさま胴体も爆散する。
濛々と上がる煙。
突然の事すぎて、理解が追いつかない。その場の全員で、事態を見守る。
それは、屍と化した大蜥蜴のそばに居る、戦鬼人も同様であった。
「おい、ゾンビ。やったのか?」
「アハー、まぁ大丈夫でしょう」
上がる煙の中から、聞き覚えのある。緊迫感に欠けたやり取りが聞こえた。
カツサムは思わず、口角を上げてしまう。
「アッ、カツだー。アルルさん、カツがいますヨー。あ、アイーもミカもエリスも居るー」
「え、ほんと? 良かった、無事だったんだ」
アルルは地面に刺さっている様に見えるが、カツサムにとってそんな事は些細な事である。
がしかし、ここで戦鬼人が咆哮を上げた。
「ああーっ! アルル、ルビー! あぶっ……」
我を取り戻し、大きな棍棒を振りかぶった戦鬼人に、カツサムは大声で叫ぶ。
が……
ルビーはアルルを、棍棒でも振るかの様に両手で持って、戦鬼人にぶっつけたのだ。
柔らかい物に、硬い物がぶつかってひしゃげる音がした。
数秒経って、人間の何倍もある巨体は地面に倒れる。
倒れた音は、アルルがぶつかった音よりも遥かに大きな音を、首都ハーヴェに響かせるのである。
「おい、ゾンビ。流石に雑だって」
「アハハー、ごめんぴごめんぴ」
「なんだそれ、腹立つぅ」
再びカツサムは口角を引き上げて、胸いっぱいの安堵を吸った。




