表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/167

第四部 2章 魔王の蠢動…… 004



「ミカー、なんでお前っ。しかも、みんなで来ちゃって……くぅぅ」

 カツサムは唖然とした表情で、ミカの後ろの面々に視線を動かす。

 アイーニャにノイ、エリスと。誘導を頼んだ全員で、すごく危険な場所に来た事になる。


「だって、だって〜! なんか東の方からは、なんか赤い海が出現してこっちに迫って来るって、誰かが言ってて〜。北と南は、絶えず火が出て煙が昇ってるし〜、やだったぁ〜」

 ミカは素早く捲し立てると、目を潤ませた。


「赤い海? 北の方もか?」

「先輩〜、まぁまぁ。みんなで話し合ったんすけど、中央の広場へ誘導するよりかは、西門を抜けてハーヴェの外に避難した方がいいかなってなったんっすよ〜。北に東に南がヤバそうならって〜」

 ノイが、ミカの言葉を捕捉する。


 戦える者が、今も刻一刻と魔物達に殺されていく。考える暇は無い。

 カツサムは、大体の事情を無理矢理に飲み込み、決断しなくてはいけなくなってしまう。


「くぅぅ、分かった。でもここは危険だ! お前らは兎に角逃げてくれ!」

 火吹き大蜥蜴(サラマンデール)に、戦鬼人(オーガ)小鬼(ゴブリン)らは、人々や建物を執拗に害して、ゆっくりと前線を押し上げている。

 こうなると、確かに首都ハーヴェを放棄して、国外に逃げる方が正しい判断なのだろう。

 しかし、連邦捜査官の自身が、一番最初に逃げる訳にはいかないのだ。

 せめても、自身を殿(しんがり)に、避難できる時間を稼ぐ。

 それがカツサムの、連邦捜査官としての覚悟の表れでもある。


「ええ〜、カツ君は?」

「俺は時間を稼ぐ」

「ええ〜!? やだったぁ〜。だったらミカも残るぅ」

「おい、ミカー! 状況分かってんのかっ」

「やだったぁ〜!」


 ミカは、カツサムの肩当て(ショルダーガード)をぐっと掴んで、今にも溢れそうなほどの涙を堪えている。

 どうせ掴むなら、袖だろ普通。などと、カツサムは思ったが。ミカの言いたい事は、十分に伝わるのだった。

 カツサムの死ぬ気の覚悟に、待ったをかけているのだろう。


「カツー、私も戦いますぅ。それかぁ、ちゃんと皆で逃げるかぁ。どっちかですぅ」

 アイーニャは何処で調達したのか、手には二本の包丁(出刃包丁と牛刀)を持って、優しそうに微笑んだ。


「アイー……」

「にゃは、カツ。避難誘導は、動けそうにゃ大人達に振って来たにゃよ。ここで無駄死にされても、アルルに影響が出たらアタシも困るにゃよ」

 フードは後ろに流して、猫耳がぴんと立っているエリス。自身の爪を伸ばして、ぎらりと主張させた。

「エリス……」


「そうっすよ、先輩。死ぬまでしなくても、ある程度撹乱して、時間稼いだら皆で逃げればいいじゃないっすか〜?」

 ノイは軽い調子で、実に責任感を感じさせない声色だが。カツサムには、そこに多少の生存の確率を見出させてくれる。


「お前ら……」

 カツサムは、今度は嬉しい感情で涙が込み上がった。

「分かった、みんな無理はしないでくれ。ちなみに、全員で掛かれば火吹き大蜥蜴(サラマンデール)戦鬼人(オーガ)は……倒せると思うか?」

 一斉に、静まり返る一同。災禍が広がる音が、耳に痛い。


「と、兎に角……時間を稼いで、逃げる方向で」

 先ほどまでの命を賭した覚悟は霧散してしまって、実に緊張感がなくなってしまった。

 しかし、この方がなんだが俺達っぽいな。そんな事を考えて、カツサムは自嘲してしまう。

 そして目線は敵に向けて、ハンドサインを後ろに送る。


 ノイには間違いなく通じるだろうから、右翼の撹乱と小鬼の担当を細かいハンドサインに込めた。

 アイーニャとエリスには通じないかもしれないが、左翼に展開する様な簡単な仕草で済ます。

 ミカには多分、何も通じないだろうから、親指を立てるだけに留めた。


「頑張れ、カツ君〜〜っ!」

 応援が届く。


 カツサムは前方を見据えたままで、短く首肯する。

 そう、それだけで力になるのだ。

 全身の筋肉に神経を研ぎ澄まし、さらに集中力を上げた。


 すでにノイは、走り出しており。瓦礫から素早く石を拾っては、戦鬼人(オーガ)に向かって投げつける。

 注意を引きつつ左翼に展開して、身近な小鬼(ゴブリン)の頭を的確に、短剣で突いて処理していく。


 なるほど、石は使えるなとカツサムは思う。

「瓦礫だ! 石を投げつけるんだ! 注意を引いて、全力で逃げろ! この繰り返しで、なんとか時間を稼ぐ!」

 まだ生き残っている数人の兵士に、カツサムは声高に指示を出す。


 アイーニャとエリスは、左翼に広がる小鬼(ゴブリン)達に向かった。

 エリスは鋭い爪と瞬発力で、小鬼ぐらいはいとも容易く屠っていく。

 カツサムにとって、嬉しい誤算だ。そして、それはもう一つあった。


 アイーニャである。

 エルフの少女は、両手持ちの包丁を順手、逆手にそれぞれの場面で器用に使い分けて、小鬼を捌く。

 一撃でという訳にはいかなかったが、攻撃を綺麗に避けながら何回も斬りつけて、ちゃんと倒すのだ。

 刃物とは言え、なんで包丁であそこまで切れるのかは分からなかったが。アイーニャの動きは、敵の撹乱も見事にこなしていて、カツサムは心で称賛を贈った。


 ミカは、後方で絶えず声を張り上げて、皆の応援をしている。

 一応、手には何処で拾ったのか、大きめの花瓶を携えていた。

 そして、背後から忍び寄った一匹の小鬼(ゴブリン)の脳天に、それは炸裂。昏倒した所に、エリスの爪が容赦なくトドメを刺す。

 それからまた、応援に戻る。 


 カツサムは剣を鞘にしまい、瓦礫から大きめの石を拾っては、戦鬼人(オーガ)火吹き大蜥蜴(サラマンデール)に向かって交互に投擲。

 迫り来る火炎を、全力で転がりながら避けて、反対側の兵士に合図を送った。

 合図を受けた兵士は、身を隠したカツサムに注意が行かない様に、また石を投げて意識を逸らす。


 巨大な棍棒を持つ戦鬼人(オーガ)だが、火を吹く巨大蜥蜴よりかは射程距離は短い。

 そこのギャップを突いて、数人で交互に注意を引き合って、全力で逃げる。これの繰り返しをしていくのだ。

 即席の拙い連携のはずが、危機に瀕した人間の底力か。奇跡的に、上手く機能していくのだった。


 それには、如才なく素早い立ち回りによる、ノイの援護と撹乱が功を奏していると言えるし。

 カツサム達の投擲隊が、二つの強敵を上手く足止めしているからこそ。アイーニャとエリスが、妨害される事なく小鬼(ゴブリン)達を倒せていけるとも言える。

 そういった相互作用で、奇跡的に戦況が覆りつつあるのだ。


 唯一の懸念は、何処で逃げるかである。

 今はまだいいが、時間が経てば流石に強敵の攻撃を、疲労が邪魔をして避けきれなくなるのは目に見えているのだ。

 カツサムは、必死に投げて必死に避けての最中に、何処が分水嶺かを見極めなくてはいけない。


「くぅぅ、避難はどんくらい進んだんだ……」

 攻撃を避けた後で瓦礫に身を隠し、周りを見渡す。

 見える範囲では、逃げれる者は逃げた様であるが。街全体ではどうだろうか。それに北部、東部の街の様子も分からない。

 くそっ、と吐き捨て。手近の大きめの石を持って、瓦礫の陰から走り出た。

 投擲をして、また戦鬼人(オーガ)火吹き大蜥蜴(サラマンデール)の注意を引く為に。


 と、そこで。空を切る様な風切り音がこだまする。

 音波の鋭い波が、耳をつんざくかの様に鼓膜を刺激するのだ。

「……っ!?」

 カツサムが声を上げるよりも早く、何かが激突した。


 火吹き大蜥蜴(サラマンデール)の頭部は瞬間で弾けて、それを追う様にすぐさま胴体も爆散する。

 濛々と上がる煙。

 突然の事すぎて、理解が追いつかない。その場の全員で、事態を見守る。

 それは、屍と化した大蜥蜴のそばに居る、戦鬼人(オーガ)も同様であった。


「おい、ゾンビ。やったのか?」

「アハー、まぁ大丈夫でしょう」

 上がる煙の中から、聞き覚えのある。緊迫感に欠けたやり取りが聞こえた。

 カツサムは思わず、口角を上げてしまう。


「アッ、カツだー。アルルさん、カツがいますヨー。あ、アイーもミカもエリスも居るー」

「え、ほんと? 良かった、無事だったんだ」

 

 アルルは地面に刺さっている様に見えるが、カツサムにとってそんな事は些細な事である。

 がしかし、ここで戦鬼人(オーガ)が咆哮を上げた。

「ああーっ! アルル、ルビー! あぶっ……」

 我を取り戻し、大きな棍棒を振りかぶった戦鬼人(オーガ)に、カツサムは大声で叫ぶ。

 が……


 ルビーはアルルを、棍棒でも振るかの様に両手で持って、戦鬼人(オーガ)にぶっつけたのだ。


 柔らかい物に、硬い物がぶつかってひしゃげる音がした。

 数秒経って、人間の何倍もある巨体は地面に倒れる。

 倒れた音は、アルルがぶつかった音よりも遥かに大きな音を、首都ハーヴェに響かせるのである。


「おい、ゾンビ。流石に雑だって」

「アハハー、ごめんぴごめんぴ」

「なんだそれ、腹立つぅ」


 再びカツサムは口角を引き上げて、胸いっぱいの安堵を吸った。

 

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ