第四部 2章 魔王の蠢動…… 003
壊された建物に、燃え盛る建物。魔物に殺されたであろう人々が、瓦礫のそばで無数に横たわる。
駐在の兵士らしき装備の者も、多数死んでいるのが確認でき。それなりに、小鬼の死骸も見受けられた。
遠くで悲鳴や、建物が壊される音が聞こえる。
「音が近い、追いつくかな?」
アルルは、手を引いてくれる眼前の吸血姫ゾンビに問うた。
「アハー、もうすぐそうですネー。急ぎますヨー?」
「うん、構わない」
一気に速力を上げるルビー。
アルルは目が見えないながらも、引いてくれてる安心もあり。難なく、その速力について行く。
アルルは決して言わないが、それ相応にルビーを信頼しているのだ。
二人が通る道には、負傷して蹲る住人らしき者も多数散見されるが、魔物の気配はしない。なのでルビーは、救出よりかは元凶を叩く為、敢えてそこには触れずに、アルルの手を引いて先を急ぐ。
入り組んだ住宅地の石畳を、右に左に駆け抜けて。破壊音と悲鳴が、徐々に近くなってくる。
「アルルさん、家を駆け上がるっ!」
「え?」
ルビーは走りながら、アルルを手繰り寄せ素早く肩に担ぐ。
「おわっ」
そのまま、一足飛びで建物に跳躍。すぐさま、別の建物へアルルを担いだままに飛び移る。
それは八艘飛びよろしく、幾つもの建物を踏んで屋上に駆け上がるのだ。
四階建ての屋上に着いて、ルビーはまず現状を確認した。
数十匹の小鬼に、火を吐く巨大な爬虫類が一匹。人の数倍はある棍棒を振り回す、鬼に似た相貌の巨漢が一体。
それぞれで、人々や街を破壊し蹂躙している。
「アハー、まずは火を吐く奴カー?」
「おい、任せるから。オレはどうすればいい?」
米俵の様に担がれるアルルは、ほぼ視認できずにいる為、判断をルビーに頼る。
「アハー、じゃあ流星キック、霧になって錐キリ、でかい奴ドン」
「ええ!? 分かんないって。任せる! 好きに使え」
「アハハー」
ルビーは翼を展開、跳躍して火を吐く蜥蜴の真上へ。
「イケー、アルル流星キックー!」
担いだアルルを持ち上げて、そのまま下方向へ落下。否、急下降をする。
アルルは内心で、ルビーのやりたい事を察して歯噛みするが。使えと言った手前、しょうがないと体の筋肉を引き締めて、硬直させた。
ーーオレを投げるんだろうなぁ。
しかし、投げはしなかった。
落下のスピードと合わせて、持ったアルルを蜥蜴の脳天に叩き込んだのだ。
どこがキックだったのか、むしろアルルをハンマーに見立てて、蜥蜴の頭蓋をカチ割りに行った格好である。
蜥蜴の頭蓋は、見事に人間ハンマーによって、粉々に砕かれ四散した。
火を吹く直前でもあった為に、体内の火袋に火吹きが逆流を起こして、暴発。
蜥蜴の体は粉々に爆散して、多少の火が辺りに飛び散る。
「アルルさん、少し待機ネー」
蜥蜴の頭を砕き、勢いそのまま石畳に突き刺さったアルルにそう言うと。
ルビーはすぐさま霧に変わり、空気中へと霧散し広がった。
蜥蜴と対で行動していたのだろう、すぐ側の鬼の巨漢は何が起こったかの整理はついていない。
呆然と石畳に突き刺さる、小さな英雄を見つめる。
小鬼達は、蜥蜴と鬼の巨漢を中心に四方八方に配されている為、蜥蜴が瞬時に倒された事など知る由もなく、人間を襲う。
「ゴォ、ガァぁァアアア!」
鬼の巨漢は、やっとのことで咆哮を上げて、アルルを敵だと認識をした。
巨大な棍棒を振り上げたその時。
霧になって広がったルビーの攻撃が、小鬼達に始まる。
霧散しながらも、人間と小鬼とを選別して、ルビーは要所要所で無数の黒く尖った錐を発生させた。
そして、小鬼の頭を貫いていく。
ほぼ同時に、数十匹の小鬼達は頭を貫かれて絶命する。
鬼の巨漢は振りかぶった棍棒をそのままに、自身の周りの小鬼達が一斉に血飛沫を上げて倒れるのを見てしまう。
小鬼よりかは高い知能が、逆に仇になって恐怖のふた文字が脳裏に過ぎるのだ。
「アハー、アルルさん。今、そこから抜きますネー」
振りかぶったままの鬼の巨漢の横から、とことこと霧から戻ったルビーがアルルの方向へ歩いて行く。
「お前なぁ……まぁ、いいけど」
アルルはなんとも渋い表情で、ルビーに脇を持たれて、石畳から抜いて貰う。
「アハー、アルルさんの頑丈さならワタシの折り紙付きデスー。アハハー」
引き抜いたアルルを、ゆっくりと地面に立たせる。
「ゴォがァァァア“ア“ア“!」
鬼の巨漢は訳も分からずに、もう一度咆哮を上げ、振りかぶった棍棒を振り下ろす。
「ああ、流石に位置は分かるよ。ぼんやりとはしてるけど」
アルルは腰に差した長剣の柄に手を充て、一息で巨漢の足元まで詰め寄る。体格差としては、アルルの頭が巨漢の膝とほぼ一緒だった。
鞘から抜き様に、真横へ一閃。
長剣を右斜め下から、さらに斬り上げてもう一閃。
少し剣の扱いに慣れてしまった自分。
それに良いのか悪いのか、複雑な思いを抱いてそのまま鞘に長剣を収める。
刀身が、綺麗に鞘へ収まった事を告げる凛とした音が鳴り響いた時。
不格好に四つに分断された巨漢は、石畳に崩れ落ちた。
「アハー、アルルさーん。まだ、遠くの方で音がしますネー。やっぱり反対方向も、攻められてますネー」
ルビーはアルルに近づき、再度アルルの手を握る。
「南の方って事?」
「エエ、そっちも同じ様な敵がいたら大変。宿屋に近いですヨー」
「行くぞゾンビ。飛べる?」
「アハー、そうしましょう。行きますヨー」
繋いだ手を離し、今度は背後からアルルを抱きかかえるルビーは、翼を展開し空中へと舞い上がる。
「急ぎますヨー?」
「ああ、頼む!」
瞬く間に空を駆ける二人。
負傷した人々が、それぞれで驚愕の一部始終を見ていたが、理解は追いつかないだろう。
さらに今度は空も飛ぶとなれば、もはや常人には理解し難い。
後にこの惨劇を生き残った、極々少数の人々は、口々にこの奇跡の様な体験を、思い想いに口伝していく。
それが一つの信仰にまで上り詰める事を、この時の小さな英雄と赤髪の吸血姫ゾンビには知りようもない事ではある。
……
…
カツサムは肩で息をしながら、長剣を構え前を見据えた。
「く、くそっ……」
まずいという域では、もはや無い。
今までのどの状況よりも、最悪な状況なのだ。
小鬼が一匹、棘の付いた木の棒でカツサムに飛びかかってくる。
「くっ!」
長剣でそれを受け、小鬼の腹に前蹴りを喰らわす。
ぎゃっと、苦しむ様な声を上げて、小鬼は吹っ飛ばされるが。宙でみじろぎ、なんとか着地を成功させる。
ぎぎぎと、歯軋りに似た音を出して後退り。他の小鬼が数匹、腹を蹴られた小鬼の周りに集まってきた。
「くぅぅ、まじかぁ」
カツサムの周りには、街の警備隊の死体が複数転がり。まだ戦える者は、ほんの一握りになってしまっている。
一様に怯えた表情を隠せず、兵士たちは震える手で各々武器を持つ。
なんとか後退しつつも、応戦をしているのだ。
数十匹の小鬼への恐怖はあるが、その後方の怪物。主に、その二つの怪物への恐怖が、死者を出しながら後退せざるを得ない理由なのである。
火を吐く巨大蜥蜴の、火吹き大蜥蜴に。
巨軀の鬼人、戦鬼人。その二つの怪物に、人々は蹂躙され、建物は燃やされ侵略されてきているのだ。
「おいおいおい、大昔に小鬼掃討戦でとっくに滅びたんじゃなかったのかよ。軍隊じゃなきゃ無理だろぉ……こんなのよぉ」
カツサムは、眼前のふざけた現実に薄ら笑いすら浮かべてしまう。
このままでは、この首都ハーヴェが全滅するのも、そう遠くない。
脳裏にアルルとルビーが浮かぶが、頭を振った。
今、居ない者に頼るな。と、自身の心を叱責し、どうするべきか高速で脳を回転させる。
「おおい! 戦える者はなんでも良い、武器を取れ! 女、子供を優先して逃すぞっ。これ以上、こいつらを街の中心部へ入れるな! なんとしても」
どうするべきかの良い策など、カツサムには浮かばない。もはや、声を張り上げて周りを鼓舞して、気合いで戦うしかなかった。
これ以上内部に侵入を許せば、避難誘導しているはずの自身の妻に危険が及ぶ。
死を賭して止めなければいけない。
「くぅぅ、イトゥヌの意志よ。今だけは、俺に加護をくれ。うおぉぉぉぉぉっ!」
裂帛の気合いで、カツサムは吼える。
死を覚悟した男の咆哮。
守らなければいけない者を、ちゃんと守る為に。
カツサムは気合いを振り絞り、集中力を極限にまで高めていく。
「カツく〜ん、カツく〜ん、カツく〜〜ん! 大変、大変、大変〜」
ミカが腕を振って、後方より走って来る。
「おいーっ!? なんで、こっちに来るんだミカー!」
たまには、俺の思い通りに動いてくれよ。そう言いたかったが、大仰に手を振って、大して大変じゃなさそうな声色で、いつも通りに自分の名を連呼する愛する者の姿に。
少しだけ。
そう、少しだけ涙が出るカツサムであった。




