第四部 2章 魔王の蠢動…… 001
突然、鳴り響いた鐘の音。それを受けて、アルル達は食堂を出て現状を確認する。
道には人が溢れかえって、すわ何事かと混乱の様相だ。
遠くから誰かの怒声がする。
「ゴブリンだぁっ! ゴブリンが来たぞぉっ!」
別方向で、また同じ声がした。
その声は徐々に増えていき、あちらこちらで怒号が重なっていく。
人々の困惑と混乱は、そこで劇的に悲鳴へと変わり。弾かれた駒の様に、四方八方に波紋として広がった。
人同士で、小規模な衝突事故に発展していく。
泣き叫ぶ子供に、悲鳴や怒声をあげて右往左往する大人達。一瞬で、首都ハーヴェは混沌の坩堝に陥ってしまった。
「小鬼……って、おいおいおい」
カツサムは、倒れて泣きじゃくる子供を抱き抱え、悲惨な状況に呟く。
「カツさん、これは……」
「アルル……何が何やらだが、まずいな」
「ボクとゾンビで、状況を見てきます」
「おお、分かった。俺とノイは取り敢えず、怪我人を見て回るわ」
二人で頷きあって、視線はルビーとノイに移る。
「アハー、了解でスー」
手の平を額に当て、敬礼の仕草でルビーは同意を示す。
「えぇ〜、私も状況見てくるっすよ〜」
「ばかやろっ! 俺らは連邦の人間だぞ、人々の安全が第一だ」
ノイは、子供を抱えたままのカツサムから、拳骨を頭に見舞われる。
「えぇ〜、ダメっすか〜。しょぼ〜ん」
いまいち情緒に欠ける表情で、戯けた雰囲気のノイだったが。続けたカツサムの怒り目に、両手をあげて同意を示した。
「アイーニャは、エリスとミカさんをお願いしていいかな?」
アルルの言葉を受けたアイーニャは、ぐっと親指を立てて。そのまま踵を返して宿屋へと向かう。
「じゃあ、カツさん。ボクら行きますね。ゾンビ、行くよ」
「アイアイサー。っていうかルビーって呼んでヨー」
ルビーは頬を膨らませるが、アルルは意に介さず空を指差す。
「アハー」
それで伝わるのだろう。
「アルル頼んだ。ごめんな、いつも」
カツサムは、抱える子供を優しく撫でてあやしながら、目配せでアルルに詫びる。
「いや、カツさん。そんな……」
アルルは手を振って答え、ルビーに視線を送った。
赤髪の吸血姫は、自身の背面に黒い翼を展開。アルルの手を取って、宙へと勢いよく飛び立つ。
騒ぎの特定をスムーズに行う為に、空中から俯瞰しようという作戦だ。
空に舞い上がった二人は、回転をつけて上昇し。各々で、場所の特定を急ぐ。
真夏の盛りは多少過ぎた頃だが、まだまだ日差しは強い。
回転しながらくるくる回る世界で、二人は目を凝らし、首都ハーヴェの何処に小鬼がいるのかを具に見ていく。
アルルはその途中で、つい太陽を見てしまい目を焼かれた。
「うわっ、太陽見ちゃった。いたぁ」
「エッ、バカですか?」
心底呆れたと言わんばかりに、ルビーは空中で止まり手を引き寄せ、アルルの顔を覗く。
「いや、はは……なんか目が見えづらくなっちゃった」
「エエ、まじ引くワー」
「うう……」
流石に何とも反論しようの無いアルルは、焼かれた角膜のぼやけた視界のまま、ルビーを見る。少し顔が熱いようで、耳が赤い。
一瞬しか見なかったはずなのに、必要以上に焼かれた目。自身のバッドステータスによる、確率の改ざんで。小さな英雄は、見事に視界を奪われる。
「アハー、後でアイーに診てもらって下さいヨー。全く……まぁ、でも騒ぎの中心はなんとなく分かるんで、このまま行っちゃいますよ? 大丈夫でスー?」
「え、うん。だ、大丈夫……」
本当はかなりぼやけた視界なので、全然大丈夫ではなかったが。アルルは、強がった。
「アハー、じゃ。いっきマース」
赤髪の吸血姫ゾンビは、今度は勢いよく下降していく。首都ハーヴェの東門より、少し離れた草原。そこに集まる、黒い点の群れを目掛けて降りていくのだ。
近づくにつれ、黒い点は輪郭を帯びていった。
緑色の大小様々な、小鬼。それが、数え切れない程大量の群れとなって、首都ハーヴェへ向かって進んでいる。
東門の外側に着地をする二人は、大量の小鬼の群れの前に、体を晒す。
迫り来る数の暴力に、普通であれば怯むだろう。しかし、小さな英雄と赤髪の吸血姫は超然と、その大群の前に立つ。何千、何万という数の小鬼の前に。
「アハー、アルルさんどうしますカー。数が数だけにナー、うーん……」
「え、ああ……そうだな」
アルルの視界はますます悪い。ずきりと痛む角膜に、軽い目眩を覚えるが。そんな事は、口に出せるはずがなかった。
「アルルさん、魔法は?」
「え……」
一発で済ませられれば、一発くらいは。そんな思いがあるにはあるが、やはりできれば使いたくはなかった。
広域殲滅魔法、『雷神・絶死』。
何発も撃って、また近隣や人々に影響が出るのが怖いからだ。
「それ以外は何か無いかな……アレは、できれば使いたく無いんだ。分かるだろ?」
「アハー、まぁネー。流石に敵が大量すぎるもんネー。一回じゃ済まなそうですよネー」
ルビーは、腕を組んでふぅむと思案する。
「あ、あと……実は。目が見えなくって、その。はは……」
アルルは正直に話す。
「エエー、やっぱり。大丈夫じゃ無いじゃん」
「……はい」
項垂れるアルルに、ルビーは冷ややかな視線を送る。
「アハー、目が見えないんじゃ魔法はもっと危険カー。うーん、どうしよう。伸びるかなぁ……」
「え?」
「マァ、やってみますカー。ワタシが頑張ってすごく長い剣に変身するんで、アルルさんはとにかく振り回して下さいナー」
「おお、なるほど」
ルビーは自身の変化の術で、長剣に姿を変えてそれをアルルが握る。
『アルルさん、横に傾けテー。切先は、後に向けちゃダメですヨー? 街に刺さりますかラー』
頭に響くルビーの声。
「うん、わかった」
右手で持った長剣を水平にして、横に構える。
すると刀身は、すごい速さでどんどんと伸びていく。
『ウハー、伸ばすのだけって大変ですネー!』
「もうちょっと重くしても大丈夫そうだよ」
刀身はさらに伸びた。百メートル、三百メートル。幅は変わらず、さらに伸びるのだ。
小鬼の群れは、勢いを増してその距離を詰めてきている。
『アルルさん! 前方百度、上方向四十五度までの角度でワタシを動かして下さいヨー? 後ろの街は絶対に斬らないで下さいヨー?』
「うん、そうだね。分かった」
ぼんやりと見えている範囲に、小鬼の群れは最早黒い塊として前方に広がっている。
感覚を研ぎ澄まし、自身の後方に街があることを強く念頭に置く。
さらに伸びる。五百メートルはあるだろうか。
『アルルさん、斬って! 多分足りないから、何回も』
「ああ……」
焼けた角膜に映る、黒い塊に向けて。アルルは、水平に構えた長すぎる剣を振った。
鞘から抜いた訳ではないし、ましてや長すぎて取り回しは当然できない。
ほぼ、長い棒を横から横に振っただけだ。
しかし、それだけで小鬼の群れの前方の数百体は、一瞬で胴と胴が鳴き別れた。
『アハー、ダメだ。やっぱり全然足りない。アルルさんもっと振って、斬ってー』
確かに、一向にぼやけた視界の黒い塊は減っていないようだ。
『アアー、でも後ろの街には気をつけて下さいヨー?』
返す刀で、もう一度横から横に長すぎる剣を振る。
血飛沫をあげて、次の小鬼が横薙ぎにされて死んでいく。
しかし、小鬼の群れは勢いを殺さずに突き進む。
まるで、恐怖をすっぽりと何処かに置いてきたように。同胞の屍を踏みしだき、血飛沫で体を洗うように突き進むのだ。
『アルルさん、斬って斬って斬ってー! 街に入られちゃうー』
横から横に、車のワイパーみたいだなと。ぼんやりした視界で、アルルは思った。
『アア、ほら! なんか、肩車とかしてる奴いる! 上も上もっ』
角度をあげて横から横に、再び薙ぐ。
傍目には、きっと地獄と見えただろう。
高速で動く恐ろしく長い何か。に、吸い込まれるように、見た事もない位の大量な小鬼達が巻き込まれては、挽き肉にされていくのだから。
『アア! 気をつけて、今ちょっと街の外壁を斬っター』
ぼやけた視界、感覚だけを頼りに。アルルは、ひたすら素早く超長剣を振る。
言われた通りに、前方百度くらい。上方向四十五度くらいの角度を意識しながら。頑張って意識を広げて、空間把握に努める。
『アア、次! ほらっ、振って斬って振って斬っテー』
ぼやけた視界を補ってくれてるのだろう、ルビーの言葉。
突撃しかしない小鬼達。
血の海に沈む草原。
ぼやけた視界は、さらに悪化。
しかし小さな英雄は、ルビーの言葉通りに剣を横に振り続ける。
「ちょっと、うるさいなぁ……」と、呟きながら。




