第四部 1章 猫とエルフのはぐれブルース 008
次の朝、一同は再び昨夜の食堂へと集まり、大きな丸テーブルを囲む。
「アハー、では作戦会議を始めましょうカー」
そう声高に宣言をして、ルビーは木造りのコップに並々と注がれた葡萄酒を煽った。
ぷはー、と一気に飲み干し空になったコップをテーブルに置く。するとアイーニャが、そのコップに再び葡萄酒を並々と注いだ。
「いや、アイーニャ。そんなの、ゾンビに勝手にやらせとけばいいよ」
「えへへぇ、大丈夫ですぅ」
「アイー、いい子いい子」
ルビーは、アイーニャの頭を撫でた。少し顔を赤らめ、目を瞑ってされるがままだ。
「作戦会議ってなぁ、ルビー。今ん所、上からのお達しは何も無いんだぜ。もう一度、本部に行ってみるかとは、思ってはいるんだが」
「アハー、カツー。捜査官的な、なんやかやは任せますガー。ワタシ達は、エリスの子供を捜索、および救出を当面考えますヨー。ねぇ、アルルさーん?」
「あ、ああ、そうだね。カツさんは実際には今、どうゆう状況なんですか?」
すっと、アルルのコップにアイーニャが、今度はお茶を注ぐ。随分と久しぶりの様に感じる、淹れたてのお茶に口をつける。
「おう。一応、ノイを拾って以降は指定がなくてな。教会までの道筋は、ナーサが無理につけてくれたのもあるんだろうが。どうしたもんかな。ノイはどうするんだ?」
カツサムは腕を組んで、隣のノイに話しかけた。丁度、運ばれたサラダに手を伸ばそうかという、タイミングである。
「え、私っすか? ええ、そうっすねぇ。命令が無いって事なら、ハーロ・ダートに行くのも良いかなって思ってるっス」
ノイは短めの髪を揺らして、快活に応えた。
「ハーロに? なんでだ、ノイ?」
「え、はは。やだなぁ先輩。今の国の情勢がおかしくなり始めたのは、ハーロからじゃないっすか」
「いや、まぁそうだが……」
「にゃ、その事にゃんだけど……」
ここで、今まで話に加わろうとしていなかったエリスが、おずおずとした感じで喋り出す。
「アタシと、娘のエウリーズ。元々は、あの教会を根城にしていたんにゃ。でも、魔王様が現れて、アタシ達は離されて。見て貰って分かると思うにゃが、エウリーズはあそこには居なかったにゃ。じゃあ、何処に連れて行かれたのか……」
人目につく所では、エリスはフードを目深に、全身をローブで包んでいる。
陰で隠れた奥の猫目が、テーブルの照り返しでゆらゆらと揺れ、少しの間を持って全員を見回す。
「多分にゃが、魔王様はハーロ・ダートから来たんじゃにゃいかと思っている。お前らも知っての通り、アタシ達が最初に会ったのはパエル・ダート近くの外区にゃ。そこから、馬車でパエル経由でウシロロまで。そして、サイ・ダートで何日か……」
「アハー、なるほど」
「ん? ゾンビ、どう言う事?」
何かを聞けば、なるほどと唸るルビーに、アルルは自然と聞いてしまう。
「アハー、ワタシ達はハーロ・ダートを除いた四つの国には、一応行っている事になるんですヨー」
「ああ、そう言われればそうだな」
アルルは、納得した。と、同時にもうそんなに色々な国に行ったのか、などと感慨にも耽る。
「そうにゃ。それぞれで、細部を見た訳じゃにゃいけども。魔王様ほどの強者が居るのに、にゃんて言うのか……何処も意外と普通というか。だから、もしかして魔王様はハーロ・ダートに拠点というか、それに近い所があるんじゃにゃいかって、アタシは思ったにゃ」
エリスの言葉が区切られ、テーブルを囲んだ一同に少しの静寂が訪れる。
否、ただ一人ミカだけは、食べるものを食べて眠くなったのか、うとうととしていた。
「そうか。というか、それほどなのか魔王ってのは。って……お」
カツサムは隣のミカの頭に、チョップを喰らわそうとするが寸前で止める。
もはや寝てて貰った方がいいかと、判断した為だ。
アルルとルビーとアイーニャが、音を出さずに手を叩き、カツサムを静かに称えた。
「そうにゃよ、魔王様の力は巨大で計り知れにゃい。それにハーロというのは、アタシの憶測でしかにゃいが……アルル。いいかにゃ?」
エリスは視線を移し、目深に被ったフードの奥から弱々しい瞳を、アルルに向ける。
「エリス……うん、分かった。今の所、まだ行ってないハーロ・ダートが怪しいって事なんだよね。なら……」
アルルはゾンビに目配せをして、アイーニャの顔色を見た。
「アハー、アルルさんがいいならワタシは大丈夫ー」
「……そのぉ、私も連れて行ってくれますかぁ?」
アイーニャはもじもじと、伏し目がちにアルルを見遣る。
「アイーニャ……体の方は大丈夫なの? 結構衰弱してたし、それに」
「はぁい、体は大丈夫ですぅ。そのぉ、アルル様のお役に立ちたいですぅ」
「いや、そんな。もう少し休んでても」
「お願いしますぅ」
潤った淡いグリーンの瞳が、アルルに必死の懇願を迫った。
それには、何かしら強い意志の様な物が感じられ、アルルはあの手紙を思い出す。
この命を貴方の為に使います……。
それは決して望まないが、いつもただ付き従う様な形のアイーニャが、初めて出した意思表示でもある。無下にはできない。
しかし、何かに巻き込まれて死なせる訳にもいかないのだ。
小さな英雄は、アイーニャのその頼みを尊重して首を縦に振ったが。同時に、身の安全も守ろうと心に誓う。
「ああ、アルル……まとまってる所、腰を折ってすまん。ハーロに行くのはいいんだが、この街からは出れないんだ。連邦議会との連携が取れなくなった時用の、有事の条項が発出されてる。七日間は、その条項が定める所の、戒厳令にあたるんだ」
カツサムは神妙に、今の現状を伝える。
「そうですか……うーん」
「アハー、アルルさん。そんなの余裕で無視でいいんじゃ無いですカー? ねぇ、カツ?」
「くぅぅ、言いたくねぇがそれしかねぇと思うよ。現状な」
「そうっス。それでいいんじゃないっすかね。イヤウアの兵隊も、細かく警備なんてできないでしょうしね〜」
カツサムとは対照的に、あっけらかんと言い放つノイ。
「くぅぅ、ノイお前……まぁ、いいや。じゃ、アルル達は街を出る準備をしてくれ。俺は一回、本部に行ってみて、進展ないかの確認をしてくるよ」
「はい、分かりましたカツさん」
アルルは素直に了承し、席を立とうとするが、そこでノイが口を開く。
「あ、先輩。本部には私が行くっすよ〜」
「え、いいよ。俺が行くよ、聞きたい事もあるしよぉ」
「え、いやいや。私が行くっすよ先輩」
「なんだお前っ、俺が行くって」
「いや、先輩。上層部に愛されてるのは、どっちかというとカツ先輩より、私の方っス。何か情報を得られ易いのは、私っすよ」
「えぇ、何この後輩っ! 確かに、なんでか不思議と上には好かれてるよなお前っ! なんでだよっ! 前々から不思議だったよ、ほんとっ」
「あはは、先輩よりも給料は上っすからね〜」
「えぇ、まじでっ!? ほんとこの組織どうなってんだよ、くそ」
給料の件は、カツサムに中々のクリティカルであったらしく、肩を落とす。
そのまま有耶無耶になって、どうやら連邦議会の本部にはノイが行く事となった。
もはや、動く者のいないその部屋に。
と、そんな頃。
食堂の窓を、こつこつと叩く音が聞こえる。
アルルは、音のする方へと近寄り窓を開けた。
そうすると、白い鳥が一羽。開けられた窓より、食堂内に侵入してきたのだ。
それはよく見ると、白い鳥ではなく。紙で作られた、白い鳥を模した何かだった。
「これは……」
アルルが手をかざすと、その白い何かはその手に止まって。ぱたりと、倒れて動かなくなる。
何かの作用していた力が、役目を終えてただの紙に戻ったのだろう。
「これは……ナーサさんの、魔法のやつだ」
アルルは、手の中で紙になった鳥を開く。
それは確かに、ナーサがアルルに宛てて出した手紙の様であった。




