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第四部 1章 猫とエルフのはぐれブルース 007



 アイーニャはよろよろと、壁伝いにアルル達のテーブルへ近づいて行く。

「アイーニャ!」

 アルルにルビー、カツミカ夫妻は立ち上がり。一斉に駆け寄ろうと、椅子を弾く。

 しかし、それをアイーニャは手で制し。

「大丈夫……ですぅ」


 それなりに衰弱しているだろう弱々しい声色だが、しっかりとした手つきでアルル達を止めた。

 大丈夫と言ってはいるが、流れる涙は頬を伝って床に落ちる。

 拭う事はしないまま、大きな丸テーブルへと歩みは止めない。


 アイーニャのその涙の理由は、アルルには分からないが。弱った体で、こちらに向かって来るエルフの少女を、固唾を飲んで見守る。

 ルビーやカツミカも同様だ。

 

「すいませぇん……迷惑掛けちゃってぇ」

 大きな丸テーブルに近づき、第一声でそう言うと。深く頭を下げるアイーニャ。

「アイーニャ、いや……そんな」

 アルルはふぅと息をついて、頬を掻く。そして、アイーニャに席を譲る為にその場を退いた。

 頭を振って辞退するアイーニャを、アルルはその腕力で持ち上げて座らせる。


 その場の全員の視線がアイーニャに注がれ、アイーニャは何とも言えない表情で、俯いてしまう。

 アルルに抱えられた気恥ずかしさや、迷惑を掛けた事。書き置きした手紙など、言いたい事はあるだろうが、言葉として纏められないのだ。


「そのぉ、アルル……様ぁ、ええとぉ」

 出口の見えない混ざった感情で、再び瞳が潤いを増していく。


「アハー、いいよいいよアイー。大丈夫ー、無理しなくテー。アハハー」

「そうだな、ルビーの言う通り。うん、とにかく無事で良かったよ」

「ねぇ〜、ほんとそうだよ〜。アイーが無事でほんっとに良かった〜!」

 三者で場を持たせようと、各々でアイーニャの無事を喜ぶ。


「……そうだね。あ、どうだろう。お腹は減ってないかなアイーニャ?」

「はい、そのぉ。す、少しぃ……」

 恥ずかしそうに下を向き、上唇を尖らせてアイーニャは答えた。

「うん、じゃあ注文するよ」

 アルルは、微笑んだ。

 そこから料理を頼んだり、飲み物を頼んだりで時間が過ぎる。

 ……

 …

 

 ふと、小さな英雄は食堂の窓に視線を移す。

 他の面々は料理をつついたり、雑談したり。落ち着きを取り戻した様子のアイーニャも、料理に手を伸ばしている。


 ーー問題は山積みだな。

 アルルは、周りに悟られない様に溜め息をつく。

 エルフの国の安否確認。それをアイーニャにどう話したものか。そして、魔王とは。戦争とは。


 そして、元の世界に帰る方法……

 この世界をもう一つの現実として、受け入れ始めたアルルであったが。それ故に、物事の順番をつけて整理するのが難しくなってもいるのだ。

 そして、色々な思いを孕んで夜は更けていく。


 食事を済ませ自室に戻る途中で、アルルは後ろから声を掛けられる。

「アルル、ちょっといいにゃが?」

 フードを目深に被ったエリスだ。

「え、エリス……うん。分かった、どうぞ」

 何となく深刻そうなエリスの声色に、アルルは自室のドアを開けて促す。

 名付けた名前が覆されるのは二度目。赤髪のゾンビを思い浮かべ、自嘲する。


 一人用の部屋の、用意された椅子にエリスを座らせ。アルルは、ベッドに腰をかけた。

「あぁ、で。話って何だろう?」

 エリスはフードを上げて、頭に生えた猫耳をぴんと立てて頭を振った。

 目深に被ったフードはさぞ煩わしかったのだろう、ふにゃあと鳴いて体を伸ばす。

 ーー猫耳……やっぱり慣れないなぁ。変な感じだ。


「にゃ……アルル。まずは、謝らせてくれにゃいか?」

「え、いや……」

「ごめんにゃ。色々と、その。アイーニャの事とか。よ、にゃにゃ吸収(ドレイン)を繰り返していた事……」

 アルルは視線を天井に移し、人差し指で頬を掻く。


「いや、うん。オレというよりは、アイーニャにそうゆうのは言ってくれれば、オレは全然構わないよ」

「アルル……」

 エリスは思いつめた顔をして、少しの間を置く。


「アルル、アタシには娘がいるんにゃ」

「えっ?」

 その突然の告白に、思わず間抜けな顔をするアルル。


「その娘を人質に取られて、仕方にゃく……。言い訳にはにゃらないんにゃが」

「……そ、そうにゃんだ。はは……」 

 思わず噛んでしまい、エリスの喋り方に引っ張られてしまう。


「娘はアタシの全てにゃんだっ! だから、だから……」

 エリスが何を思って、それを言いにきたのか。アルルには着地が見えない。

 しかし、エリスの真剣な眼差しに、必死に頭を回転させる。


「そ、それは……そうか。子供は大切だよね、そりゃあ」

「アルル、こんにゃ事言える立場ではにゃいんだけども。どうか、娘を助けてくれにゃいか! 魔王様を前にあそこまで超然と居れる、お前らにゃらもしかしたらっ! お願いにゃ……」

 ここでエリスは椅子から立ち上がり、床に膝をついて土下座をした。

 少し体を震わせているのが、見て取れる。


「えっ!? ちょ、ちょっと……そんな」

「お願いにゃ……アタシ一人じゃ、もうどうすればいいのかっ……」

 エリスは生まれて初めて、他人に。それも人間にお願いをする。

 誇りを捨てて、地を這いつくばって、下等だと思っていた筈の人間にお願いをするのだ。

 多少の計算はあるだろう。アルル達を囮に、娘だけを救出する算段などは当然にあるだろうが。すでに行き詰まっていて、一人でどうこうできるレベルの相手では無い。


 エリスは思う。

 最初から、魔王にしてみればどうでも良かったのだ。

 こまめに連絡を取れていた訳でもないし、たまたま遭遇した自分達を、適当に道具として使っただけで。何の期待もしていない。


 妖魔の母娘など、あの恐怖の代名詞からしたら桟橋の金具程度の存在感しかないのだから。生きていても、死んでいてもどちらでも良いのだ。

 そんな適当さを、あの教会で感じた。

 声も掛けられなければ、もしかしたら視界にすら入っていなかったかもしれない。


 だからこそ、エリスは娘がまだ生きていると確信している。どうでもいい存在に、自らで手を下す事はしないだろうと。

 何処かは分からないが、幽閉されたまま放って置かれている可能性は高い。

 それは、エリスにとって好機なのだ。だから、手段を選んでいる場合ではないと、腹を括った。

 ーーあの娘(エウリーズ)が生きていける未来を繋げられるのにゃら、アタシにゃんてどうなってもいい。


「いや、その。え、エリス……」

 アルルは、小刻みに震えるエリスの肩に触れながら、膝を折る。

 何と言っていいものか、エリスの真剣を汲み取って次の言葉を探す。

「ええと、それじゃあ……」

 二の句を告げ終える前に、部屋の扉が勢い良く開いた、


「アハー、話は聞かせて貰っター! アハハー」

「マーコ〜、じゃなかったエリス〜。話は聞いたよ〜、悲しいね。すっごく、悲しいね。子供と離れ離れなんて〜! ねぇカツ君。こんな、ひどい話ある〜?」

「ちょ、ミカー。うるさいよ、今は夜中なんだから、もうちょい静かにしろよ〜」

「ええ〜、やだった〜」

 ルビーにミカにカツサムだけではない。勢いよく開いた扉周辺には、アイーニャもノイも居る。


「え……ちょっと、みんなして」

 アルルとエリスは勢揃いした一同に、やや面食らう。


「アハー、娘を人質とはこれ如何ニー。それじゃあ、魔王の言う事に従うしかないですネー。ねぇ、アイーニャ?」

 ルビーは片目を瞑り、視線をアイーニャに移す。


「ルビー様ぁ……はぁい。エリス、あなたがまたアルル様に何かするかと思ったけどぉ。ちょっと……ちょっとだけ、信じてあげますぅ」

「そうよ、そうよエリス。マオウだか、マメオウだか知らないけど、そんなのカツ君とアルルとルビーに任せたら、すっかり解決できるんだからっ! ねっ?」

 ミカは腕を腰に当てて、自慢げに言い放った。


「おい、ミカー。アルルとルビーはともかく、俺はさぁ。てか、なんでお前がそんな誇らしげなんだよ、ミカー」

「え、なんで? ダメなの? えっ、カツ君? なになにっ?」

 ジト目のミカの圧力に、カツサムは後退(あとずさ)りたじろいでしまう。

 その様子を見て、ノイはおかしそうに笑っている。


「アハー、エリス。子供は助けましょう。ワタシもそのお手伝い、しますヨー」

「ゾンビ……」

「ばかゾンビ……」

 アルルは、ルビーの目を見る。

 どことなく、やる気に満ち溢れている様に感じられた。

 そこでふと、救えなかった双子を思い出す。親の都合で、不幸にも悲しい最後を迎えた、あの双子を。


「うん、そうだな。分かったよ、エリス。何とか情報集めて、その娘さんを助けよう」

 アルルはしっかりと自分の意思で、それを言った。

「いいかな、みんな?」

 もちろんだと各々で口に出す面々に、アルル自身も力強く頷く。


 エリスの娘に対する愛情は、本物だろう。

 それが感じられて、小さな英雄は少し嬉しかった。

 ーーそうだよね、親ならきっとそうだよね。


 エルフの国に居るはずのシュバルツを思い出し、アイーニャを見る。

 エルフの少女は、優しく微笑んだ。

 しなくてはいけない事がまた一つ、そしてまた一つ。アルルの両肩に、載っかり増えていく。

 それが良い事なのか、悪い事なのか。

 この時のアルルには、もちろん分かる訳がなかった。

 

 

 



 

 

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