第四部 1章 猫とエルフのはぐれブルース 006
◆イヤウア・ダート共和国・首都ハーヴェ内の宿屋『水蜜亭』◆
取り敢えず、教会に居続ける訳にもいかなかった一行は、首都の宿屋に来ていた。
諸々の手続きを済ませて、気付けば日は落ちている。
アイーニャは眠り続けていた為に、部屋に寝かせて。他は、宿屋に併設されてる食堂へと集まった。
アルル、ルビー、カツサム、ミカ、ノイ。それにエリスを含めた六人である。
「ええと、うーん。まずは……どうしよう」
ようやく一息付いたタイミングで、アルルはそう言ってルビーに視線を送った。
大きな丸テーブルを、ぐるっと囲んで座る一行。隣のルビーは、ムムムと唸って口を開く。
「アハー、そうですネー。ここは、エリスに喋ってもらいましょうカー。その為に連れてきたのだし、アハハー」
そう言われ、びくんと体を震わすエリスは向かい側で俯く。全身をローブに包み、フードを目深に被る。
「にゃ……にゃにを言えばいいんだ? あ、謝ればいいのか?」
教会の時点で、エリスをどうするかの話し合いはあった。だが、アルル達と一緒くたに殺されそうになっていた事と、詳しい話を聞く必要もあると言ったルビーの提案に、その場の誰も反対をしなかったので、今に至る。
「あぁ、それより俺はまだ信じられないよ。お前があの、マーコだなんてさ」
ルビーの隣に座るカツサムの言に、その隣のミカは「ね〜、ほんとびっくり〜」と、相槌を打つ。
「へぇ、そうなんすねぇ。獣人てやつっスかね〜」
アルルの隣のノイは気楽そうに、目の前のサラダをつつく。
「獣人ではにゃいし、マーコでもにゃい。気高き妖魔のエリス・エリリスだ」
囲まれてもいるし、座ってもいるので。若干、勢いを欠いてエリスは訂正をする。
「アハー、まぁそれは置いておくとしてもサー。ここまで来たら、洗いざらい話して貰うヨー、気高きエリスちゃんヨー」
「うん、そうだね……え、エリス? さんは、そのどうして……」
アルルも未だに、マーコをエリスと認識するのが難しく、何処かぎこちない。
「……にゃ」
エリスは俯いたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
「まず、アタシは命令を受けていただけで、詳細にゃんて知らされてにゃいんよ。魔王様からしたら、アタシにゃんてただのゴミだろうしさ」
前置きをして、エリスは改めて歯を食いしばる。
「にゃはは……アタシはただ、ゴブリンを使って逃げている猫を演じて、アルル達の懐へ入れって事と。吸収を使って、弱体化させるか、あわよくば殺せって。それしか、言われにゃかったよ。にゃはは……いくら吸っても翌日平気な顔のアルルは、さすがにちょっと怖っかったにゃが」
エリスは思いの外、素直に喋る。
魔王の格から見れば、取るに足らない存在で。教会では、およそ無視をされて物事が進行していた。
自身の役目は終わって、もはや用済みなのであろう。
居ても居なくても、魔王にとっては同じなのだ。
とすると……
エリスは内心で焦る。人質に取られた娘も、すでに用済みなのでは?
焦る心が、今の状況で取れる最善を模索する。
「え、そう……なんだ」
アルルは毎夜、自身のベッドに潜り込む猫のマーコを思い出す。
ーーそんな事をされてたのか。まじかぁ……全然、気が付かなかったなぁ。
「アハー、アルルさんは鈍感だし、別段困ってる様子も無かったからほっといたんですがネー」
「おい、お前気付いてたのかよ」
「イヤー、だって元気そうだし大丈夫かなって。アイーニャはそれが嫌みたいで、怒っちゃったんですけどネー」
「にゃは、あのエルフはしつこかったにゃ。いや、まぁ今更にゃが」
ここで、少しの間が訪れる。
「ゴブリンかぁ。あの時から、実際には仕組まれていたって事なんだな? えぇ、そのエリス……で、いいんだよな」
カツサムがエリスに聞く。エリスは、ゆっくりそれに首肯した。
「となるとぉ……う〜ん。なぁ、魔王ってなんなんだ?」
と、ここでノイが、手に持ったメインディッシュの皿を盛大に落とす。
「うおっ! なんだ、びっくりしたぁ〜。どうしたノイ!」
「あ、すんませんっス〜。手が滑りました〜。あはは〜、今すぐ片付けるっス〜。構わず続けて下さいっス〜」
いそいそと、落ちた肉や割れた皿を拾い集めるノイ。
「おいおい、気をつけろよ〜。んで、魔王。なんかあそこに居たのが魔王でいいんだよな? それってあいつの名前でいいんだよな?」
ここで再び、ノイは割れた破片をがらがらと床に落とした。
「おいー、ノイー。おまっ!」
「あ、いや〜。すいません先輩。なんか、今日はほんとに手が滑るっスよ〜。すいません」
「ノイ〜」
カツサムが非難の声を上げる。
「カツ君、そういう日もあるって〜。ねぇ、ノイ? いいよ、いいよ私も片付け手伝うから〜」
「ミカさん、すいませんっス〜」
ノイとミカは、共同でテーブルの下を片付け始める。
「にゃは? 魔王を知らにゃいのかカツは?」
「なんだよ魔王って。アルルは知ってるか?」
「え? 魔王ですか……ええ!?」
アルルは深く考える。魔の王という単語としての意味なのか。魔王という名称を名乗る、あの漆黒の男の事なのかを。
「アハー、カツは魔王って今まで一度も聞いた事無いんですカー?」
「いや、子供の時のおとぎ話には出てきたよ、そりゃ。勇者に倒される役でさ。でも、実際に魔王なんて初めて見るしさ。名前が魔王なのかとか、実際には何をしてるんだとか。気になったから聞いたんだが……」
「アハー、なるほど。まぁ、そう言われれば、ワタシも初めて見ましたしネー。アハハー、そこらへんどうなんでスー、エリス?」
呆れた様に嘆息をして、エリスはテーブルの面々に向き直り。神妙な雰囲気で語り出す。
曰く、生きとし生ける者の天敵。
この世の負の感情を糧に存在する、魔の頂点にして最高峰。
それが魔王・闇より出でる者。あそこに居合わせた、漆黒の男なのだ。
何が目的で、毎日何をしているのかは全く分からないが、少しでも魔に属する者であれば、抗い難い力の差がそこにはあるのだと、エリスは締め括る。
「分かるかにゃ? 今こうして命あるのが、いかに奇跡か……」
エリスは、魔王の身姿を思い出して身震いをする。
「魔王か。……なぁ、ゾンビ。エルフの国、その魔王が言ってた事って本当かな?」
アルルは一通り聞き終わり、やはり引っかかっていた事をルビーに話す。
「アハー、いや。うーん……あの場では、ああ言うしか無かったですが。こればっかりは確かめに行かないとですよネー」
「うん、そうだよな……確かめないとな」
神妙な顔付きになるアルルとルビーを見て、カツサムが口を開く。
「うーん、今なぁ。実は戒厳令が、発出されててな」
「戒厳令……ですか?」
「ああ、そうなんだアルル。ナーサからも言われていただろう? 戦争になるって」
「ええ、はい。そう、聞きました」
カツサムは辺りを見回す。他の客は、見える範囲ではいない様だ。
「実は、一週間ほど前にな。ハーロ・ダート共和国から一方的に連邦脱退の届出と、国交を断絶するっていう主文が発表されたんだ」
「……え?」
アルルは、その意味する所の理解が追いつかない。
「だからな、国を跨ぐのが実は今はすごく難しくてな。連邦議会の間でも、連携が乱れて情報が錯綜してるんだ。そのどさくさに紛れて、今回馬車を手配してって感じだったんだが、多分……しばらくは、イヤウア・ダートからは出られないと思った方がいい」
アルルは無駄かもしれないが、頭の中で整理をしてみる。
ーーアイーニャ救えた。マーコがエリス。ここまでは大丈夫。魔王? 戦争? しばらく出れない?
一番の目的である、元の世界に帰る方法を探せないままに。小さな英雄の周りには、厄介ごとが増えて行く。
ずきりと心臓が痛む。
アルルの頭の片隅に、疫病神という言葉が浮かぶ。
ここ最近は、特にそれを感じざるを得ないのだ。
「アハー、なるほどナー」
ルビーが、またぞろ探偵気取りのポーズを決めようとしたその時。
食堂の扉が、ゆっくりとだが建て付けの悪そうな音を奏でて開いたのだ。
アイーニャだ。
淡いグリーンの髪をしたエルフの少女が、よろよろと誰かを探す様に辺りを見回しながら入って来た。
少し遠くに、小さな英雄と赤髪の吸血姫ゾンビを見つけると。
「アルル様、ルビー様……」
そう呟いて、ぽろぽろとグリーンの瞳から涙を溢した。




