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第四部 1章 猫とエルフのはぐれブルース 005



 全てを台無しにする様な、アルルとルビーのやり取りを、エリスは間近で見ている。

 知らずと恐怖で、足が竦んでしまう。

 何故ならば、未だかつて無い阿呆な問答に、一級の恐怖の代名詞でもある魔王を巻き込んでいるのだ。

 エリスは、自分がまだ生きているのかを、体を触って確かめた。


「なるほど、死せる太陽を滅しただけの事はある……(はら)の座りようも、中々」

 魔王は特段、笑みなどを零す事は無く、真顔で賛辞を送る。


「アハー、あなた魔王なんですカー?」

 先程はきっぱりと、魔王の問いを蔑ろにしたはずのルビーは、臆面もなく逆に問うた。

「ああ、そうだ。闇より出でる者……と、大仰に呼ばれている。ふん、なんと呼ばれようが委細構わないがな」

 そして魔王は、ちゃんと答える。


「アハー、へぇ……」

 ルビーは、何かしらを考える仕草で顎に指をかけた。エリスにとっては生きた心地がしない。

 魔王という格に対して、へぇで済ますルビーにもはや黙れと言いたかった。が、不用意な発言一つで命を消されかねない。

 喉まで出かかった言葉を、ぎりぎりで飲み込む。


「ええと、目的はなんなんですか?」

 アルルは構わず、不用意な発言をする。

 近くのエリスは、ぴきんと石の様に固まった。


「目的……か。なんだろうな。強いて言えば、確認。と、いった所だろうな」

「確認? なんの?」

 反射で聞き返すアルルに、エリスはもはや反応はできない。


「ふっ、小僧。貴様も中々……」

 魔王は失笑するが、変わらず無表情で冷徹な視線を送る。

「我が腹心の成せなかった仕事の引き継ぎと、原因の調査。と、そうなるだろうな」


「……ん?」

 アルルは、魔王の言葉を頭の中で反芻する。しかし、その意味する所は分からない。

「じゃあ、もう確認は済んだって事でいいですかね? ボクらも無事にアイーニャと会えたから、問題は無いんで。これで帰ります」

 魔王を相手取って、すんなり帰ると言えるアルルは、エリスからしたら馬鹿を通り越して理解不能の何かに見えてしまう。そのぐらいに、惚けた受け答えに映る。

 ーーアイーニャは無事だったけど……ここから、どうする?

 そんな事を、むしろ冷静に考えていた。


「エルフの娘……か、そういえば。死せる太陽のやり残した主たる仕事は、我が済ませたと思っていたが。そうか、()()その娘が残っていたな」

 言い様のない、不吉な声色を発する魔王。アルルは、全身の毛穴が開く思いを感じる。

「な、どういう……」

 アルルは無意識の内に、未だ気絶中のアイーニャを自身の体の後ろ側へと隠す。

「……」

 無言でルビーもそれに続き、魔王との間に自らを壁とした。


「ははは、エルフという名の羽虫はそこの娘、ただ一人きりになってしまったかも知れないな」

 魔王は抑揚の無い、それでいて冷徹な物言いをする。微塵も笑ってなどいない。


 アルルは、アイーニャの生きている温もりを背中に感じながら、頭に血が登っていく感覚を覚えた。

 エルフの国の情景、シュバルツ、その他のエルフ達との交流が脳裏を駆け巡る。


「お前……」

 同時に、あの双子を思い出す。

 人を殺す感覚、人がいなくなるという感覚、もう会えないという感覚。全てがごちゃ混ぜになって、アルルの血を沸騰させる。

 心拍数が跳ね上がり、瞳孔が拡張するのを自身で感じる程に。


「アルルさん……」

 アルルのその変化をルビーは感じ取ったが、手で制す。

「ゾンビ……」

「アハー、あいつの言ってる事の正否よりも、今はアイーを。ね? アルルさん」

 赤髪の友人のお陰か、幾分登った血が下がっていく小さな英雄。「あぁ……」とだけ呟き、背後のアイーニャをさらに小さな体で隠す。


「は、はは、はっはっはっは……」

 魔王は不気味な笑いと同時に、黒い闇色の光を立ち上らせる。その瘴気(オーラ)は、大気が振動する程の圧を放つ。

 古びた教会の割れ残っていたガラスが、その圧によってさらに割れ吹き飛ぶ。

 エリスはすでに、魔王の放つ圧によって恐慌状態に陥っている。

 ぶるぶると体を震わせて、血色の良かった顔色は血の気が引いていた。


 その最中、すっと魔王と相対するアルルにルビー。

 位置的には、アイーニャとエリスを庇うように二人は立ちはだかっている。

 所々で、ガラスの割れる音。腐った木材や椅子も、同様に崩れていく。


「我の瘴気には、当然の如く耐えるか……面白い」

 微動だにせず、立ったままのアルルとルビーを指しているのだろう。

 魔王固有の広範囲スキル《魔王の息吹き》。腐蝕・熱病・毒の状態異常を起こす、魔王固有のスキルで、レベル差により成功確率は決まるのだ。


「アッ、ヤバいやつ!?」

 ルビーは咄嗟に後ろを振り返るが、アイーニャもエリスも無事の様で安堵する。

 物理的に遮っているのが、運よく功を奏していた。

 しかし、そのままで良いとは思わない。

 ルビーは再び翼を展開。面積を広くする為、大きく構築していった。後ろを守る様に。


「やばいの?」

 アルルは、魔王から視線は切らずにルビーに問う。

「アハー、分からないんですけど、一応ネー」

「うん、ありがとう。助かる」

 二人の中では、すでに阿吽の呼吸と言っていい信頼感はあるのだろう。

 短く会話をして、アルルは手に持つ長剣を逆手にすると、そのまま魔王に向けて投擲した。


 アルルの手から放たれた長剣は、瞬間で魔王を射抜く。

 かに見えたが。

「ぐぬっ!?」

 魔王は自身の漆黒の外套(マント)で、それを弾いたのだ。否、辛うじて方向を逸らした。

 それは推進力を失わず、魔王の後方の壁をぶち破り、外側に突き抜けていってしまう。


 張られた結界に当たったのか、遠くで金属が弾け飛ぶ様な激しい音がこだまする。

「なっ……」

 魔王はここで初めて、変化の乏しい表情を崩した。


「あれ、投げるだけじゃ駄目だったか」

「アハー、いや。うーん、あれは反応できた魔王の評価をするべきですネー」

「そうかぁ……でも、当たるって事は、殴れそうだよね」

「アハー、そうですネー確かにー。どうやって急に現れたかは分かりませんが、幽霊では無さそうでスー」

 こいつらは何者なんだろうかと、真剣に考えるエリスだったが。二人の背中を見ていると、さっきまでの恐慌状態がゆっくりと緩和されていくのも感じている。


「……これ、程とは」

 魔王は、外套に視線を移す。

 伝説級の装備の一つ。常闇の外套が、一ヶ所擦り切れているのだ。

 ここで魔王は、死せる太陽が負けたという事実を再度認識した。

「これは、計画を改める必要があるか」

 聞こえても聞こえていなくとも、どちらでも良さそうに魔王はそう呟く。


 と、その時。

「アルル〜、ルビ〜! 大丈夫かぁ〜!」

「二人とも〜!」

 カツサムとミカが教会の正面扉から、走って入って来たのだ。

 その後ろには、ノイ・ジーもいる。


「だ、大丈夫か二人とも! ずっと何かの音がしてたから、我慢の限界だ!」

 カツサムは、両手に長剣を構えて息を切らしている。

「ごめん、心配になっちゃって〜! アイーは……あっ」

 ミカは、気絶したアイーニャを見て、すぐにそちらに駆け寄った。

「良かったアイー。大丈夫だね」

 息を確かめ安堵する。


「ええと、どうゆう状況っスか〜? 意外と大丈夫な感じっスか?」

 ノイは軽薄そうな言葉とは裏腹に、状況確認を優先しているのだろう。一通り教会内部を見回し、最後に魔王を見た。


「アルルさん、あれが誘拐犯っスか?」

「あ、うーん。多分……そう、ですかね」

 アルルも、あれが誘拐犯だと断定はできないし、全容が分かっている訳でも無いので、濁した言い方になってしまう。


 五人は一斉に、魔王を見据えた。

 急な登場人物に、さして驚く風も無い魔王であったが。

「……まぁ良いだろう。今日は、ここまでだ」

 言い終わりを待たずに、魔王は虚空へと姿を消した。

 現れた時と同じ様に、静かにこの場を去ったのだ。

 訪れる静寂。


「アハー、瞬間移動いいナー。ワタシも覚えようかナー」

 古びた教会に、ルビーのそんな独り言が響き渡ったと同時に。陶器か何かが割れた様な音も、建物の外側で鳴り響く。

 結界を張った術者が居なくなったから、崩壊したのだろう。


 結界の崩壊に伴い、教会の屋根の弱っていた部分が崩れ、破片が舞った。

 その中の一欠片が、長年使われる事のなかった教会上部の鐘楼にぶつかって、偶然にも鐘の音を鳴らしたのだ。

 長年使われず、雨風に晒されてひび割れた鐘楼が奏でる音は。

 福音とはほど遠い、不吉そのものの様な音色であった。



 

 

  

 

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