第四部 1章 猫とエルフのはぐれブルース 003
「くそっ……」
エリスは、力無くぶら下がるエルフの少女を、もう一度見る。
「お前にだって、アタシのにゃにが分かるっていうんだ……」
弱者と侮った相手の言葉。その真意は分からずとも、アイーニャのまっすぐな思いは、ぐっと心の隙間に流れこんだ。
自身の後めたさや、後悔を刺激される。
「エウリーズ……」
エリスは、肉球のついた手で顔を塞ぐ。
可愛い娘の顔を思い出して、にゃごっと奥歯をかみ締める。
思い出される日々……陽だまりの様に、あったかかった。
そして、魔王の顕現。
名前を呼ぶのも憚られる、圧倒的な強者。死の匂い。それを思い出し、エリスは反射的に身震いをしてしまう。
「エウリーズ、もう少し。もう少しだから……待っててにゃ」
連れ去られた娘を思い、エリスは自分のしなくてはいけない事に、もう一度心の軸を戻して行く。
と、そこで古い教会の門扉が、がらがらと音を立てて開いた。
◆イヤウア・ダート共和国、連邦本部前◆
「え……?」
「えぇ?」
ノイが、不思議そうな顔でカツサムを見ている。その顔を見て、困惑するカツサム。
彼女を連邦本部までという話しで、いざ連れて来たらば。ノイは、自分も教会に同行したいと言い出したのだ。
「え、ちょ……ノイ。別に、お前がついて来る必要はないだろ」
「え? いや、先輩。大丈夫っす」
「おいー、何が大丈夫なんだよ。お前は、何か別の仕事あるから、本部まで呼ばれてたんだろ?」
「えー、どうなんでしょ。私には分からないっすけど」
「なんだそれっ」
カツサムとノイは、軽妙にやり取りを続けるが。
「カツ君〜ほらっ! もう急がないと。アイーの命が危ないかもなんだよ〜?」
「アハー、そうですヨー、カツー」
ルビーとミカもそこに混じり、カツサムを急かす。
「ちょっ、待って二人とも。それはそうだが、ノイが……」
カツサムも状況は分かっているからか、ノイのいきなりの意思表示に混乱してしまっている。
「まぁまぁ、カツ先輩。落ち着くっス、落ち着いて考えればいいんっすよ」
「なんだお前! 先輩にその物言い。いや、そうじゃなくて……なんでお前が来る必要があるんだよ」
「え、なんか面白そうじゃないっすか」
「おいー、なんだそれっ! おまっ、言うに事かいて。おまっ」
話が通じない後輩に、辟易を隠せない。
「あ、まぁカツさん。その……別に、ボクら的には居ても居なくてもどっちでもいいんで。まぁ、来たいなら別にいいかなって、感じですが……」
アルルは、久々に口を開く。早く教会に行きたいのは、小さな英雄も一緒なのだ。
「えぇ、アルル……うーん。まぁ、そうなんだが」
カツサムは考え込んで、うんうんと唸った。
「じゃあ、先輩。上の人らに聞いてくるんで、少し待ってて下さいっス」
と、素早く本部の建物を登って、二階の窓から侵入を果たすノイ。
数十秒後には、窓から顔を出してにかっと笑う。
「オッケー、出たっスー」
快活に手を振る。
「本部、適当すぎないっ!?」
カツサムは、悲鳴に似た突っ込みを蒼天の空に投げた。
どちらかと言えば、カツサムの主張の方が正当ではあろうが。アルル達にしてみれば、瑣末な事で。
なんにせよ、外れの古い教会に行かなくてはならないのだ。
細かい事は、別に気にしないのだった。
再び五人は馬車に乗り込み、その場所を目指す。
ライライローの街と、あまり変わらない建築様式の首都ハーヴェ。その街並みを掻き分けて、幹線道のシルクロードよりは、もっと細い街道に出る。
途中で白い鳥が一羽。
一行の馬車を横切って、ハーヴェの街まで飛んで行くのを、アルルは車内から見た。
天高く滑空し、何処へ行くのか。
ーーお前も、何かしら目的があって飛んでるんだよな。
そんな事に思いを馳せながら、雲のない空に視線を移し呟く。
「アイーニャ、今行くよ……」
猫のマーコが何故この様な事態を引き起こしたのか、本当に猫に可能なのか、妖魔って何なのか。それら全ての疑問は、取り敢えず押し込めて。
小さな英雄は、ひたすらにエルフの少女の無事を祈る。
◆
高く飛んでいた白い鳥は羽休めに、沢山ある建物の内の一つ。たまたま、開け放たれていた窓際に降り立つ。
そして嘴で、風切り羽根を整えた。
白い鳥からしてみれば、そこに広がる惨状になど、全くの興味はないだろう。
もう一度、窓枠を蹴って大空に羽ばたいていく。
開け放たれたその部屋は、連邦議会の第一本部として機能していた部屋だった。
今は血溜まりに沈んで、誰も動く者はいない。
ただの凄惨な殺人現場と、成り果てている。
……
…
「ここが……?」
アルルは馬車を降りて、眼前のその建物を上に下にと確認をした。
古びて所々朽ちてはいるが、基礎がしっかりしているのだろう。教会然とした威厳は、あまり損なわれてはいない。
「アハー、どうしますカー?」
「どうって?」
ルビーは、準備運動でもする様に伸びをしながらアルルに聞いた。
「アハー、中に何人いるか分かりませんからネー。カツはどう思いまスー?」
「おお、そうだな。うーん、やはり中の状況は知りたいよな」
「えぇー、カツ君。マーコとアイーニャがいるだけじゃないの?」
「ミカー、流石にそれは考えにくいんじゃないか。誰か手引きした奴がいてもおかしくはないだろう」
「え〜、そんな感じ〜? わっと行って、わっと殴り込んじゃえばいいんじゃないの?」
「さすがっス、ミカさん。いい考えっすね」
「いや、どこがだよっ! そんなの、一番の下策だって」
カツサムは小柄な後輩に向けて、こつんと拳をぶつけた。
アルルは、手を口に当てて考え込んでいたが。
「あ、ゾンビ。お前が、霧になって状況を見てくるのはどう?」
「アハー、いいですねソレ。ワタシもちょっと考えてましター」
カツサムもそれには賛同する。
「アハ、じゃあちょっと一旦見てきまショウ」
ルビーはそう言うと、自身を瞬く間に霧に変えていく。
「えっ!?」
ノイは驚愕の声を上げた。
人間が霧になる所など、初めて見るのだろうからしょうがないとアルルは思う。
説明は後でしようと考え、ひとまずノイの事は脇に置く。
「エエ!?」
霧になって、教会の上空から侵入を試みたルビーだが、何かしらの力によって弾かれる。
次に違った方角からのアプローチをも、ルビーは何度か試みるが。やはり、何かしらの力によって、弾かれてしまうのだ。
試しに、正面の扉の方に向かうルビー。だがそこには、不可思議な弾かれる力は感じない。
ルビーは、なるほどと呟いてアルル達の所へ戻った。
「アハー、何かしらの結界が張られていますネー。空からは、どの角度でも侵入できない様になってましター。でも、正面の方には結界は張られていない様でスー」
「え、そうなの? じゃあ……え、どういう事?」
アルルは首を傾げる。
「アハー、そうですネー。何かしらの意図を汲み取るなら……」
「え〜、汲み取るなら〜?」
アルルと同じく、よく分からない状況のミカは先を促す。
カツサムとルビーは視線を合わせ、お互いに頷きあっている。
「ウウーン、正面から入って欲しい意図を、何かしら感じるって事ですヨー。明らかに罠丸出しでスー。危ないかも……」
「なるほど……」
アルルは、腰に差した長剣に手を掛けた。
「それ以外に無いなら、行くしか無いんだろう? だったら、オレが行くよ。カツさん達は待ってて貰ってもいいですか?」
「アルル、お前……」
「え〜、アルル。ミカ達も行くよ、もちろん」
夫妻はお互いに見合って頷く。そして、すっとアルルを見た。
「いえ、カツさんミカさん。罠なら尚の事、誰かがここに残った方が保険になります。なので、それをお願いします」
「アルル……そりゃ、そうだが」
「アハー、カツー。大丈夫ー、ワタシが着いていきまスー」
「ゾンビ……」
アルルはルビーを見遣る。
「アハ、アルルさん。アイーはワタシにとっても……」
珍しく真剣な目をするルビーに、アルルは無言で頷いた。
「じゃあ、行ってきます。カツさん」
「お、おう……そうか。分かった。だが、状況を見て俺らも動くからな? それでいいんだろ?」
「気をつけてね、アルル……」
心配そうに、アルルとルビーを見つめる夫妻。その横で無言のノイだったが、暗に見送ってくれているのだろうと、アルルは思い。
「はい、では……」
三人に、小さく頭を下げ。二人は、教会の正面扉に向かい歩き出した。
「アハー、アルルさんなんか変わりましター?」
ルビーは、横に並び歩く小さな英雄に、ふとそんな事を投げかける。
「ん? まぁ、そうだな。いや、分かんないけど……なんだろ。色々と、真面目に考えないとな、って思ったからさ。流されてばかりじゃな……」
「アハー、アルルさん……」
かっこいいじゃん。隣のアルルに聞こえない様に、小さく小さく呟いた。
小さな英雄と赤髪の吸血姫ゾンビは、古びた教会の扉に手を掛けて。呼吸を合わせて、手前に引く。
がらがらと音を立てて、扉は開いた。




