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2章 「生ける屍」006



 立ちはだかる様に現れた獣人、金のライオンに似たソレは大気が震える程の咆哮を放つ。

 怒気が含まれているその咆哮は、下級悪魔(レッサーデーモン)が放つ耳障りな音よりも上位の精神攻撃であった。

 さっきまで膝をつき感動に震えていたエルフを、一瞬で重度の恐慌状態に陥れる。

 が、やはりアルルとリヴィンには効いていない様子。


「お前らは何者だぁぁごるぁぁぁっ!」

 平然と自身の前に立つ少年とゾンビに、獣人は只ならない雰囲気を感じてはいたが、状況の把握が最優先と、一応の探りを入れてみる事にする。大きな声で。

「俺様の兵団を倒したのはお前らかーーーーっ!」

「そうデース、ワタシ達ですヨー」

 そうあっけらかんとリヴィンは言った。両耳に手を塞いだ格好で。

 アルルも同じように、獣人の声がうるさかったので耳を塞いでいる。――ゾンビもうるさいとかあるんだ。と、少年は思ったが思っただけにした。


「ん?……」

 獣人は少し黙する。ゾンビが喋るのを見たからだろうなとアルルは推察したが、耳を塞いだまま成り行きを見ることした。

「お、おおう。……ま、いいか。……その。お前達はなんだ?エルフか?」

 どうやらそんなに物事を深く考える性質(たち)では無いらしい。


「イイエー、違いマース。そういうあなたは魔族ですかー?ライオンぽいですけど」

「ライオン?なんだそれは?……そう、俺様は魔族。死せる太陽、ゲイン様の一番弟子。エウリョーイ・イ=ゴールドウルフヴァンパイアだぁぁーーーっ!」

 一々うるさく声を張り上げる獣人に、段々とアルルはイライラとしてきていた。

 ――そんなに大声を出す必要あるかな?

 

 その様子に気付いたのか、リヴィンはアルルにまあまあとジェスチャーをしている。

「そのー、死せるナントカさんのお弟子さんでしたっけ?……一応お願いするんデスガ、エルフの国から出てってくれないデスー?」

「できるかぁぁぁっ!ごるぁぁぁ!このっ――殺すぞぉぉっ!」

「ですよネー。アハハ」

 乾いた笑いを交えて、そんな事をリヴィンは言ったが、獣人は激昂した様子ですぐさま後ろの巨大な剣を抜いて、冗談に構えた。

 そして、リヴィンに斬りかかる。

 十数メートルは離れた所から一足飛びで。

 下級悪魔(レッサーデーモン)などとは比べ物にならない速度でゾンビに切迫する。


 ぎん。という音を立てて獣人の刃は、割って入ったアルルのロングソードにいとも容易く受けられた。

「なにーーーーっ!?」

 驚愕を隠そうとはせず、ただただうるさく獣人は叫ぶ。

「つっ……ほんとにうるさい。――リヴィンもリヴィンだよ。そんなあからさまに挑発しなくったっていいでしょ」

「アハハー」

 アルルの後ろにいるリヴィンは、照れてる様な仕草でまた空笑いで答える。

「な……何なのだお前ら。な、何なのだおまえらぁぁぁぁぁっ!ごるぁぁぁぁぁぁっ!」

 獣人は渾身の一撃をたかだか人間。それも恐らくは人間の子供であろう体躯の。そんな非力な存在に、自分の刃が止めれている現状を認めるわけにはいかず、力の限りに大声を出した。


「だからうるさいっ!」

 間近での大声にアルルは耐えきれず、獣人の胴体を蹴り上げた。

 どん。と、鈍い音がして獣人は数メートルほど勢いよく吹っ飛ばされた。

「ワーオ。さすがはアルルさん。やりますネー」

「いや、……その。つい。うるさくて……」


 吹っ飛ばされた獣人は、喰らった事の無い重たい蹴りで主にあばらや肋骨、内臓にまでダメージを受けたと感じる。そして、瞬時に緊急事態であると認識をした。

 死せる太陽のゲインから授けられた、吸血鬼の眷属としてのスキル。

 超速再生で今しがた受けた傷は、どんどんと治ってはいる。治ってはいるが、あの少年の蹴りは早すぎて、捉える事は出来ていなかった。

 無様に地面に転がり、手をつき支える。獣人は自身の背中に、今までない冷や汗を感じる。

「お、……お前は一体……はぁはぁ。ぅくっ、ごほっ」

 吐血しながらもよろよろと立つ獣人。超速再生のお陰か痛みは段々と和らいでいるようであった。

「オーウ。なんか傷が治ってるように見えますネー。なるほど。やはり吸血鬼なんですネー、あなたも。フムフム。再生能力は定番ですもんねー。なんとかヴァンパイアって名乗ってたし眷属系なんでしょうネー」

「眷属系?どうゆうこっ……あ、いや。別にいいや。そんなに気にならないから」

 

 アルルとリヴィンはお気楽そうに会話をしている。その間に獣人はどんどんと復調しているにも関わらず。


 獣人はぐるると喉を鳴らす。ここは一旦引いた方が良さそうだと、今までの戦闘経験から感じているからだ。

 だがしかし、自身の主人より受け賜わった下級悪魔(レッサーデーモン)を悉く倒された挙句、敵の正体もいまいち不明。

 何の戦果も(強いて言えばエルフを数百は殺したが)無いまま、おめおめと主の下に帰ったとして。

 はたして自分は生きているだろうか。否、断じてそんなに甘い事は無いだろうと獣人は分かっている。


「ぐるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 裂ぱくの気合と共に、完全に復調した獣人は手に持つ大剣で地面を割る。

 割られた地面は方々に舞い散り霧散して、土煙となり。ただでさえ視界の悪いこの一帯をより一層悪くし。

 そこに乗じて獣人は気配を消して煙に紛れる。


「オーウ。アルルさん。どうやら敵は回復して煙に紛れたようですネー」

「まあ。見れば分かるよ……」

 アルルは内心困っていた。

 うるさくて腹が立ちもしたが、それと同じくらいに敵が。敵の獣人が同じ言葉で会話できることに。

「ねえ、リヴィン。あの敵がオレらみたいな転生者って事はあるかな?」

「お、そーですネー。可能性は無きにしもアラズ。……でも、勘ですがそれは無さそうですガネー」

「うーん。勘かぁ……」

 転生者でも転生者では無くても、アルルは思う。


 ――同じ言葉を話せる人とはやりづらいよなぁ。何でエルフを滅亡させたいのかとか、話せばお互いに譲歩して譲りあったりできないのかなぁ。


「マア、短い付き合いですがなんとなくアルルさんが考えている事は分かりますよー。でも、もうあの敵はエルフを何百、何万と殺してますカラー」

「うっ。……まぁそうなんだけどさ」

「ふふっ。……ワタシにいい案があるのでここは任せてみませんカー?」

「ほんと?じゃあリヴィンに任せるわ」

「即答かよ――」

 

 と、そんな間抜けな会話を縫って気配を消した獣人は、いつの間にか二人の背後からその大剣の一撃を放っていた。

 アルルとリヴィンは、その強襲を容易に避ける。

 殺したはずの気配を、察知できる程の戦闘経験は生憎二人には無い。

 無いのに、この背後からの攻撃を避けられたのは、単純に気付いてから反応するので十分に間に合ったから。ただただそれだけだった。


 ゾンビは任されたとばかりに、必殺の一撃が空振って面を喰らっている獣人に向かっていった。

 アルル程ではないにせよ、獣人とゾンビとのレベルの差もそれなりには開いている。

 獣人はなんとか立て直し、向かって来るゾンビに大剣を突き出す。

 それを突進しつつぎりぎりで躱し。

 右の拳で獣人の脇腹を打ち抜く。

「が、っはっ⁉︎」

 あからさまに顔が歪む獣人。

「意外と堅かったんですネー」

 獣人はもはや近寄るなとばかりに大剣を振り回す。

 それをただの反射神経のみでゾンビは躱しつつ、左でジャブを二回。

 けん制の為のジャブであったが、獣人はそれだけで態勢を崩す。

 そこに右のストレートが再度脇腹にめり込んだ。

「ぐごぉぉぉ、ごぼっ」

 ――ゾンビがなんかボクシングっぽい事してる。アルルは少し驚きながらリヴィンの評価を少し上方修正した。

 超速再生があろうとも流石にこの猛攻撃には追いついていない様子の獣人。

 それを機とみてリヴィンは獣人を噛んだ。

 獣人の首元を噛みちぎった。

「ふう……、終わりましたカネー」


 口から血を滴らせてリヴィンは言った。凄惨な絵面になっている。

「え?終わったの?」

「エエ、……実はこの技は初めて使うのですが、多分大丈夫でショウ」

「技使ってたの?」

「ハーイ。技名はゾンビに噛まれたら危険だぞ噛み!――デース」

 見ると獣人は膝をついて全身がくがくと小刻みに震えている。

「え?……ゾンビに噛まれたらゾンビになっちゃうみたいな?」

「そうデース!」

 ブイサインをするリヴィン。

「え、……やっぱそうなの!?怖っ――え、じゃあオレも噛まれたらゾンビになるの?」

「やだなぁ、噛みませんよー。……まあ見てて下サーイ」

 

 獣人は血を吐き続け全身の痙攣が止まると、おもむろにのそのそと歩き出す。

「オーイ、あっちの方向に行くといいですヨー」

 喋る方のゾンビは、ライオンみたいなゾンビに、あらぬ方向をゆび指して言った。

 そうすると変な音。否、変な声を出して。ライオンゾンビは指さした方向へと、のそのそと歩き出すのだった。

 ゾンビの様にのそのそと。

「同じゾンビだから都合よく使えるって事?」

「イエイエ、あっちとか。こっちとか。歩く方向を決められる程度だと思いますヨー。ゾンビはゾンビを噛みませんからねー。……あとこれで分かったのが、やはり基本はゾンビは喋らないって事でしょうネー。転生者の特典でしょうネー。――なので例えばアルルさんを噛んでゾンビにしても思考などは今と変わらないでショウネー多分。アハハー」

「おい。――絶対に噛むなよ」

「ヘッヘッヘ」

「やめろ。マジで。フリじゃないから。――マジで殴るよ?」

 のそのそと歩いて行ったライオンゾンビをどうするのかという事は、二人は忘れて間抜けな会話を続けている。

 そして獣人の咆哮にあてられて、失神していたシュバルツも二人は忘れていた。


「そうだ、アルルさん。聞いて下さいヨー。とある実験をしたいんですヨー」

「実験?」

「ハーイ!――なんかイケそうな気がするので今やってみようかなと思いましてー」

「え……、なんかヤバい事じゃないよね?」

「ハーイ。実験体は主にワタシなのでー」

「じゃあ良いけど……」

「良いんだー。アハハ。じゃあやってみますネー。見ててくださいヨー」


 そう言うとリヴィンはウィンドウを開いて何かを言っている。

 ぶつぶつと。

 そのうちに何やら立ったまま瞑想――微妙に瞼がすり減っているので完全には目が瞑れてなくて、仏様の半眼のようだなぁとアルルは思った。そして、少し笑いそうになるのを堪える。

 

 そうこうしているとリヴィンの周りから薄い霧のような(もや)が出始めてきた。

 それが体を包み。

 その瞬間、光が弾ける。


 もうもうとした霧がやがて霧散して、リヴィンが居たはずの場所に人がいる。

「えっ?……リヴィン……は?」

 さっきまでリヴィンが居た場所にいるのは、リヴィンが着ていた白のローブにボロボロの衣服。

 それらを纏った()()()()

 鮮やかな赤い髪、真っ赤な瞳。にやついた口からは尖った八重歯が象徴的に生えており。

 幻惑的な笑みを浮かべた()()()()()()()()


「アルルさん。……成功しまシタ―。ゾンビは進化してヴァンパイアになりました。テロロテロッテーン」

 赤い髪の女性は腰に手をあてて、どうだと言わんばかりに胸をはった。

「……いや。え……。り、リヴィン?進化?」

「そうデース。できそうな気がしたのでやはりできました。流石ワタシ!……これはですねぇ――」

 アルルはもちろん驚いた。しかし、混乱の方が上回る。

 

 そんな物はどこ吹く風とばかりにリヴィンは説明したいのだろう。うずうずとした表情で、頬を少し紅潮させて目を輝かす。

 表情がわかるようになっている。それもまた、アルルにとっては驚きであった。


 どうやらゾンビが吸血鬼になれた訳は、ウィンドウに書いてあるリヴィンの天与賜物(ギフト):生ける屍。が、重要なポイントを担っているという事らしく、嬉々として語るリヴィン。

 だがアルルは、そこら辺の理屈は分からないし、混乱の方が勝り、碌に聞いてはいない。


「……リヴィンって女の子だったの?」

 ――確か、伏線がどうのこうのと言っていた気がするけど……。

 一通り説明を終えただろう所を見計らって、アルルはそのように聞いてみた。

「あらやだ、アルルさんのエッチ!」

 自分で自分の体を抱いて、ふるふるとリヴィンは恥ずかしがるポーズをとる。

 ーーいやいや、そうゆうの疲れるから。と思ったが、アルルは一応黙っている。

「なんちゃってー、テヘペロ」

 ――落ち着こうオレ。この世界に来てから何もかもが滅茶苦茶だ。考えるのをやめよう。いいじゃないか……ゾンビが吸血鬼になったって。そしてそれが女の子でも別段何も変わらない。うん。

「エッヘッヘ。しかしアルルさん。……吸血鬼になったんですけど、ウィンドウで種族を見てみると吸血鬼(ヴァンパイア)ゾンビってなってるので、一応ゾンビはゾンビであるらしいでスネー。うーん、吸血鬼の再生能力でなんとか、体のあちこちが修復されましたが。……結局ゾンビはゾンビなんですねー。まあいいんですケドー」

「うん、まあ。……そういう事もあるんじゃないかな。取り敢えず、シュバルツさん起こして一度街に戻った方がいいよね?きっと……」

「そうですネー。そうしまスカ―」


 12歳の少年アルルと、ゾンビ改め赤い髪の吸血姫ゾンビのリヴィンは、シュバルツを起こして一旦街に報告しに戻る算段をする。

 赤い髪の吸血姫ゾンビはすこぶる楽しそうに笑っていた。


「ではワタシはこれから、鮮血の吸血姫!――ルビー=ペインバッカ―と名乗る事にしまショウ!どうですかアルルさん!――カッコよくない?」


 付けて欲しいと言われたから名付けた名前が、今ここにあっさり捨てられた。

 アルルはもう考えるのをやめたので、一切を無言で貫く。

 それはむしろ、仏頂面で佇む少年でしかなかったが。リヴィン改めルビーは、それを恥ずかしがっているのだと勘違いして。

「アハー、アルルさーん。どうです?このボディ……ほれほれー、どうだーアハハー」

 ルビーは、自身の体を両手で扇情的になぞり、アルルに体をこすり付けるかの様にアピールをする。

 アルルは、無言でそっぽを向く。そこにわざわざ回り込み、ルビーは同じ事を繰り返す。

 鬱陶しいのハンドサインを、アルルは試みるがルビーには通じない。それどころか、ますます恥ずかしがっていると思い込み調子に乗る。


 程なくしてアルルが踏んだ地団駄が、地面を盛大に割ったので、ルビーはテヘペロと言って舌を出す。それで、このやりとりは終わりを迎えた。


 ――お前の事はこれからゾンビとしか呼ばない。そうアルルは心に誓う。

 



 

 

 

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