第6話 模写するだけでイケメンになれる
「泉くん、できたよ。おつかれさま」
「……へっ」
あまりにもリラックスしていたせいか、寝ていたらしい。俺はイケメン美容師に起こされる形で目を覚ました。
「あ、ありがとうございます」
まだ寝ぼけ眼なまま、とりあえずの礼を言う。
「どうかな?」
「え?」
「すごくいい感じになったと思うんだけど」
イケメン美容師は、ニッコリ笑っている。俺は、一瞬何のことか分からなかったが、髪型のことか! と理解すると鏡の中の自分に目をやった。
「……え?」
鏡の中には……すっごいおしゃれなイケメンが座っていた。
「泉くんは、輪郭がきれいだからね。それが活かされるように、ツーブロックのマッシュスタイルにしてみたよ。後ろはこんな感じ。あ、あとついでに眉毛も整えといたから。どうかな?」
イケメン美容師は、大きい鏡を持って後ろ姿も見せてくれた。後ろからみても、完全にイケメンって感じだ。すげえ。どうなってるんだ、これ?
髪型だけじゃなくて、眉毛もシュッとなることによって、かなり雰囲気が変わった。
俺が言葉を失っていると、白波さんが「あ! 終わったのー?」って嬉しそうに待合室からこっちへとやってきた。
「お! すごい、いい感じじゃん! かっこよくなった! さすが、米山さん!」
「でしょ?」
多分、米山さんってこのイケメン美容師のことだよな。米山さんは、なんかすごい自慢気な顔をしている。これがドヤ顔というやつか。
ていうか白波さん、今、俺のこと「かっこいい」って言ったか?
ちょっと待てちょっと待て。確かに鏡の中の俺はイケメンだ。だけど、それは俺が脳のバグを起こしているから、そう見えているだけであって、本当の俺がかっこいいってわけじゃないよな。……いや、でもかっこよくないやつに「かっこいい」なんていうか? 俺なら、美しくないものに美しいなんて絶対に言わない。
じゃあ、なんだ。もしかして、俺って実は……。
「どう? 気に入った?」
白波さんがうれしそうに鏡の中にうつる俺に問いかける。俺はじっと鏡を見ながら、頭の中でずっとぐるぐるしている疑問をぶつけてみた。
「……白波さん、俺、もしかしてかっこいい?」
すると白波さんは少し驚くようにして目を見開いたあと、声をあげて笑い出した。
「あははは! うん、かっこいいよ! すっごくかっこよくなった! ね、米山さん!」
「うん、かっこいいと思うよ」
米山さんは微笑むようにして頷いた。……やっぱり、そういうことなのか?
俺は脳のバグが起きる前は、だれもが醜く見えていた。それはもちろん自分も含めて。逆に脳のバグが起きてからは、すべての人間が美しく見える。優劣はつけれるといったものの、本当に誤差の範囲なので、普通の人と同じようなジャッジができている自信がない。
鏡の中の自分と米山さんを交互に比べてみる。若干、米山さんの方がかっこいいように見えるが俺も見劣りしないぐらいかっこいい。
多分、今まで俺のかっこよさっていうのは、もさい髪型によって封印されていた。だから学校の女子たちから『気持ち悪い』と言われてたんだ。でも、米山さんの技術によってその封印が解放され、俺は『かっこいい』の完全体になったってわけだ。
「ふふ、でもさー泉。難しいのは、それを維持することなんだよ? できる?」
「え? どういう意味だ?」
「泉さ、米山さんが髪切ったりセットしてくれてる間寝てたでしょ?」
「あ、ああ。なんかすごいリラックスして寝てしまった」
米山さんはクスリと笑って「それは光栄です」と言った。
「じゃあ、どうやって髪セットするか分かんないんじゃない? それと同じような髪型、自分で作れるの?」
「た、確かに……全くやり方がわからん」
この芸術的な髪型がどうやって作られたのか、俺は全然見ていなかった。セットっていうのしなきゃだめなのか。
俺が深刻に悩んでいると、米山さんが「それなら大丈夫だよ」と微笑んだ。
「実は、うちの美容室YouTubeのチャンネルがあるんだ。そこでセットのやり方とかも公開してるから、それ見て練習すれば同じようにできると思う。ほら」
米山さんは、スマホを取り出してYouTubeのアプリを開いて動画の一覧を見せてくれた。そこには、女性向けや男性向けの髪型の色々なセット方法が解説されている動画が並んでいた。
「泉くんの髪型は……ほら、この動画と同じようにセットすれば問題ないよ」
タップされた動画は、確かに今の自分の髪型とかなり似ている。
「すごーい。そんなのあるんだ」
「そうそう。白波さんもよければ参考にどうぞ」
これは、あれだな。俺がよく見る絵師のメイキング動画みたいなやつだ。絵がうまい人が、その絵がどういう風に描かれてるか過程を公開してくれている動画。めちゃくちゃ勉強になるやつ。もちろん、俺もよく見ている。
ただ、絵のメイキング動画とはひとつ違うことがある。
「これ、このまんま真似すればいいんですか?」
「ん? そうだよ。このまま真似すればいい」
「パクリとかにならないですか?」
「はは、なにそれ? ならないよ」
これが絵なら、メイキング動画と同じようなものを描けばパクリになる。だが、セットは違うらしい。ただ、真似するだけで……絵でいえば模写するだけで、オリジナリティなんて必要ないようだ。
「……なんだ、すごい簡単ですね」
俺がぽつりと言うと、白波さんは目を丸くして言った。
「そんなこと言ってー! 泉はやったことないから分かんないかもだけど、髪の毛のセットって結構難しいんだよ」
「いや、そりゃあ最初は難しいかもしれないけど。ただ真似するだけでいいなら、練習すれば必ずできるようになると思う」
「た、確かに練習すればうまくなるとは思うけど」
絵と同じだ。練習すれば必ずうまくなる。それなら俺にだってできる。
「まあ、もし何か分からないことがあったら気軽に聞きにきてくれていいから。あ、おすすめのワックスとか教えとくね」
米山さんはそういって色々ワックスの種類について説明してくれたあと、美容室で取り扱っているおすすめのワックスを紹介してくれた。俺は早速それを購入する。
なんやかんやで会計はそこそこしたが、これで『気持ち悪い』から『イケメン』になれたなら安いもんだと思う。
会計が終わると米山さんは俺たちを見送ってくれた。その時米山さんは「応援してるよ。白波さん、支えになってあげてね」と言ったが、白波さんは「へっ? は、はい」となんのことか分からないがとりあえず返事だけしとくかって感じで返事していた。
俺も何を応援されたかは分からなかったがとりあえず「頑張ります!」とだけ言っておいた。