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第3話 ただのぼっちじゃなかった

 昼休み、弁当をかきこんだあと、トイレにて。俺はじっと鏡を見ていた。あれから休み時間がくるたびずっと絵を描き続けていたが、ひとつ気づいたことがある。

 俺はずっと自分のことをただのぼっちだと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。俺の中でぼっちっていうのは、友達がいないやつ、他人から興味の持たれてないやつってイメージだが、俺はその枠にとどまっていない。つまり、なんか結構嫌われてるっぽい。しかも、女子たちに。


 絵を描いてる間、目線はずっとスケッチブックだったが、どうしても聞こえてくるんだよな。女子たちが俺の陰口を言っている声が。

 それほど多いわけではなかったが時々「泉、またなんか描いてる」「きも」みたいな声が耳に入る。


 最初は、自分のことを言われてると思わなくてスルーしてたが、ちょくちょく「泉」って聞こえてくるのでやっぱ俺のことを言ってるんだと思う。

 この陰口、おそらく今日はじまったやつじゃない。多分、前から言われてた。でも、俺がクラスメイトに興味なさすぎて全く気付いていなかった。白波さんに嫌われてるのはそれとなく気づいてたが、まさかほとんどの女子から嫌われてたとはな。

 ただ、だとしても俺はなんで女子たちに嫌われてるんだ? そもそも、俺は学校で誰かと話したことなんてないぞ。


 嫌われるような原因を作った覚えはない。けど、嫌われている。何もしていないのに嫌われている。けど、俺は人が関わりのない人間を嫌う理由をひとつだけ身を持って知っていた。そう、見た目だ。もしかすると、俺の見た目っていうのは他人を不愉快にさせるほど醜いものかもしれない。ていうか、それ以外ありえないだろ。


 そう思いついた俺は、こうやって昼休みを使って鏡の中の自分をじっと観察してるってわけだ。ただ、鏡の中にいる俺はやっぱり――。


「イケメンなんだよなあ」


 脳のバグを通してみているせいもあって、全然正しいジャッジできない。自分のことが、ただのイケメンにしか見えない。これは困った。


 もし本当に俺の見た目が、人を不愉快にさせるものだとしたなら、できれば改善したいんだけどな。醜いものを見せられたら不愉快な気持ちは、めちゃくちゃ分かる。

 ただ、ここでどれだけ自分の顔を見たとしても全然答えは見えてこない。

 さっきから、トイレに用を足しにきた男子が俺のことを変なものを見るような目で見ていくし。視線が痛い。まあ、男がずっとただただ鏡を見つめていたら、確かにちょっと変か。

 俺はとりあえず、諦めて教室に戻ることにした。


 ただ、ちょっと教室に戻ることにおびえている自分がいることに気づいた。

 今まで周りからどう思われてるかなんか、死ぬほどどうでも良かったのに。今は陰口が聞こえてくるたびに、心がズキズキ痛む。多分昨日まで俺だったら、たとえ周りに嫌われてると気づいたとしても、こんな風に傷ついたり怯えたりすることはなかったと思う。自分が興味を持った対象に嫌われるってこんな辛いんだな。


 重い足を引きずるようにして、教室に戻ると、女子たちがちらちらとこっちを見ているような気がした。実際は見ていないのかもしれないけど、気になって仕方がない。

 どこにも居場所がないような気がして、俺は足早に席に戻った。

 とにかく、昼休みの残り時間、絵を描くことに集中しよう。何も聞こえないくらい集中して描けば、陰口も気にならないし絵も上達するしで一石二鳥だ。

 俺は自分をごまかすように、早速スケッチブックを取り出し絵の練習に取り掛かった。



 どれぐらい経っただろうか。最初は周りの目を忘れるために描き始めたものの、俺はすっかり絵を描くことに集中できていた。授業の合間にある細切れの休み時間と違って、昼休みにはそれなりに時間があるので、変に集中力が切れることがなく夢中になって絵を描くことができた。

 絵のモデルはもちろん、白波さんだ。できる限り写実的に脳内にある白波さんの映像を紙に映していく。正面、横顔、後ろ姿。風景や動物と違って、人間を描くのはそれはそれで難しい。本当なら、じっくり見ながら描きたいけど、気持ち悪がられそうだしな。ていうか、今気づいたけど、こうやってクラスメイトを勝手に描くって行為自体、もしかして気持ち悪い……?

 だとしたら、こんな教室の中で堂々と描くこと自体やばいよな。もし誰かに見られでもしたら――。


 はっと顔をあげる。誰かがこっちを見ていないか、確認しようと思った。だが、顔をあげた瞬間、確認するまでもなくこっちを見ている人間と目が合った。白波さんだ。

 白波さんは席に横向きに座り、椅子の背もたれに肘をかけ、見下ろすようにして俺の顔とスケッチブックを交互に見ている。


 ……やばい! 絵を描くことに集中していて、視線に全然気が付かなかった。いつから見られてた? 俺は咄嗟に慌ててスケッチブックを閉じた。まあ全然無駄だと思うけど……ばっちり見られたよな。


 ただ、そこでひとつ気付いた。俺の目は今脳のバグを通して、世界を見ている。70点の女子は1万70点として描いてるはずだ。ということは、写実的に描いているとは言え、現実よりも随分可愛く描いてることになってるんじゃないか? 今、描いていた女の子が白波さんだってことはバレてないかもしれない。

 少しの希望を胸に、ちらりと白波さんの方に目線をやる。


 白波さんはそれに応じるように、眉をひそめて

「今、描いてたの、もしかしてあたし?」

と聞いてきた。


 ……しっかり、バレてるな。


 バレてるなら、仕方ない。また気持ち悪いって言われる前に謝ってしまおう。朝言われたときは状況を把握するのに必死で、そこまで傷つかなかったが、今心が弱っているのもあって、この妖精のような可愛い顔に気持ち悪いって言われたら心がブレイクしそう。


「うん、そう。ごめん、勝手に描いてた」

「え、ほんとに?」


 罵られるのを覚悟してたが、白波さんの声のトーンは意外にも柔らかいものだった。よかった、怒ってはないっぽい。それどころか、ちょっと嬉しそうにも見える。


「ねえ、ちゃんと見たい。見せてよ」

「え? あ……ま、まあいいけど」


 白波さんの大きな瞳がきらきらと輝いている。思ったのと全然違う反応だ。え、気持ち悪くないの?

 俺は閉じたスケッチブックを開く。色んな角度から描かれた白波さんだらけのページが露見する。まじでこれ見せていいのかな。いや、自分ではすごいうまく描けたとは思ってるよ。思ってるけど、でも、なんかストーカーっぽいじゃん。

 まあ、いいよって言った手前見せない訳にはいかない。俺はスケッチブックを白波さんに渡した。


 白波さんはすごく嬉しそうにそのスケッチブックを眺めながら

「……すご。めっちゃうまいじゃん! しかも、すごい可愛く描いてくれてるし!」

と、はしゃぐように言った。

 やば。なにこの感情。めっちゃ嬉しい。


「さ、さんきゅ」


 昨日妹にも褒められたけど、なんかそれとはまた別の嬉しさ。嫌われてると思ってる相手だからか? なんか認められた感じがする。


「泉が絵がうまいのは知ってたけどさ、いっつも風景とか動物しか描いてなかったでしょ? だから人は描かないもんだと思ってた」

「え? なんで俺が何描いてるか知ってるんだ?」

「そりゃ、後ろの席で毎日何か描いてたら嫌でも目に入るって」

 なるほど、そういうもんか。俺は今まで他人に興味がなさすぎて、誰が何してるとか全く気にしてなかったけど。

「確かに、人間を描くのは初めてだ」

「え!? 初めて人間描いたの?」

「ああ」

「なんで描く気になったの? っていうか、なんであたし? あ、前の席だから?」

「いや、白波さんがめちゃくちゃ可愛いことに気付いて描きたくなっただけ」


 やばい。また、ぽろり本音をこぼしてしまった。なんか今まで全然人と喋ったりしてこなかったから、取り繕うとか適当に流すとか、そういうことが全然できないわ、俺。聞かれたことにただただ素直に答えてしまう。コミュニケーションレベルが赤ちゃん。

 漫画の中で行われてるコミュニケーションってめちゃくちゃ高等なものだったんだな。

 白波さんも驚いて、言葉を失っているようだ。

 さっきまで可愛い笑顔で嬉しそうに笑ってくれてたのに、二人の間に流れる空気が一瞬止まった。

 こういうときって、どうすればいいんだ……?

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