布団の毛
その日。即応予備自衛官である俺は訓練参加のため、朝から陸上自衛隊の駐屯地を訪れていた。
即応予備自衛官とは、年間三十日の訓練を行う主に元自衛官向けの予備役制度である。
「おはようございまーす。」
俺は先に来ていた仲間達に挨拶をしながら割り当てられた部屋に入ると、適当な空きベッドの前に着替えなどが入ったバッグを置いた。
「ん?何これ?」
ベッドの上に畳まれた布団を見て俺は怪訝な顔をした。
布団に長い髪の毛が数本付着している。
俺を含めこの部屋のメンバー五人は全員短髪だ。別の部屋には長髪の隊員が数名いるが、まずこの部屋に来る理由がない。
しかし、深く考えるようなことでもないので、俺は髪の毛を払うと準備をし、その日の訓練に臨んだ。
その夜。俺は悪夢にうなされた。
夢の内容は髪の長い女に首を絞められるというベタなものだった。
おかげで寝不足になってしまい、この日の訓練は散々だった。
そんなこんなで訓練を終え居室に戻ってきたのだが、ルームメイトは全員、外出やシャワーで不在だ。
「・・・。」
俺はなんとなく自分の布団と、隣のベッドを使用する先輩のKさんの布団をそっと入れ換えてみた。
数十分してシャワーから戻ったKさんは布団が入れ換わっているとも知らず、ベッドでうたた寝を始める。
そして、その様子を自分のベッドから伺う俺。
「うーん、うーん。」
五分も経たぬ内にうなされ始めるKさん。
「やっぱり・・・Kさん。Kさん、起きてください。」
悪夢の原因を確信した俺はKさんを揺り起こした。
「・・・ん?」
「凄いうなされてましたよ。」
上半身を起こし意識を本格的に覚醒させているKさんにそう告げる。
「なんか女に首絞められる夢見た。・・・ちょっと煙草行ってくる。」
夢の内容を語ったKさんはベッドから立ち上がると、煙草を持って出ていってしまった。
「・・・どういう曰くがあるかは知らないけど、この布団は駄目だな。」
Kさんを見送った俺はそう呟くと、その曰く付きの布団を使っていないベッドの布団と取り換えた。
そして、その甲斐あってかその日の消灯後は俺、Kさんともに悪夢を見ることはなかった。