雨、キミと二人〜Eschatological World〜
初投稿です。たまに頑張るのでよろしくお願いします。
空は暗く、大粒の雨が地面を叩く。
コンクリートや窓ガラスに当たるその音を聞いている人間は世界に
──最早、ボクとキミしかいないのだろうか。
夕陽が大地を赤く染め上げている帰り道、ボクらは他愛もない会話をしていた。
晩夏の風は何処か寂寥感を含んでいるようで、キミのスカートを僅かに靡かせた。
「ねぇ、聞いた?」
「何を?」
「行方不明者が十億人を突破したって話」
「ああ、うん。正直あまり信じられないよ」
「だよね。私も実感無い」
行方不明者がこんなに出ている理由は、未だによく分かっていない。ある日、突如として隣人が消えていたりするそうだ。世界中の政府は打つ手が無く大混乱、宗教家達は神が最後の審判を下されたなどと吹聴している始末だ。
幸か不幸かは分からないが、ボクの親族は既に大半が亡くなっている。存命なのは父親とその姉の叔母だけだ。だから身内が行方不明になる確率は低くなる上に、育ててくれた事は感謝しているが父とボクはあまり上手くいっていない。現状、学費と生活費だけ貰っての一人暮らしである。
「あれ? 雨、かな?」
気づいた時には朱の色など初めから無かったかのように、周囲は暗澹たる様子を漂わせていた。
雨がポツリ、ポツリとボクらの肌を叩き始めた。
「なに……これ」
日常はいつも唐突に失われる。
人の形をした影のような真っ黒な何かが大量に地面から湧き上がってきている。全身から汗が噴き出し、心臓の鼓動がドクドクと煩くなり、そのスピードを上げていく。まるで、ヘヴィメタルのバスドラムの音を近くで聞いているようだ。
「ひっ……」
「っ──逃げるぞ!」
ボクはキミの手を咄嗟に掴んで走りだした。とにかく逃げるのに必死で、他のことは何も考えられない。本能的な恐怖は、ボクらを無我夢中で走らせるに余りあるものだった。
──タッ
────タッ
──────タッ
とにかくキミと安全な所へ。靴が地面を蹴りつける音が等間隔に打ち響く。
──タッ
────タッ
──────タッ
手を離さない事だけを考えながら、ただ足を前へと運ぶ。
「ちょっ……待って! ゴホッゴホッ……はぁ……」
「はっ……はぁ、ごめ……逃げ……切れた……はっ、はぁ……」
咳き込むキミに息の上がったボクは走ることを止めて歩くしかなかった。ふと周りを見渡してみると、この街と隣の街を繋ぐ小さなトンネルの目の前で、ここなら雨を凌ぐことも出来そうだ。トンネルの中へボクらは足を踏み入れた。
とりあえず向こう側も覗いておこうと思い、トンネルを抜けた先は丘の上で、眼下には小さな商店街が見えた。シャッターの閉まった店が立ち並ぶ中、見てしまった。
十数人の生きた人間があの黒い影に追い込まれ、遂には覆い尽くされるようにして跡形も無く消え去ってしまったのを──。
キミは隣で震えていた。当然だ。ボクだって恐ろしい。ボクは繋いでいた手をぎゅっと握りしめることしか出来ずにいた。
「戻ろう」
「……何で?」
その声は余りにも弱々しく、掠れていた。
「多分だけど……一つ分かった事があったから。あいつらは雨が降っている中しか動けないみたいだ」
屋根の上には黒い影が登っていたが、屋根の下には居なかった。それに、商店街のアーケードの上から屋根を割ろうとしている様子も見て取れた。
勿論、少し観察した結果だから確定ではないけれど、少なくともボクにはそう見えた。
「トンネルの中なら追って来れないと思う」
「……分かった」
トンネルで雨を凌いだボクらは、鞄にお揃いで付けていた修学旅行の時のお土産であるキーホルダー型のペンライトを点け、僅かながら明かりを確保した。二人で持っていたお茶やスポーツドリンクを飲むと、いつの間にか震えは止まっていた。
少し湿った地面にそのまま座り込み、二人並んで途方に暮れた。雨の音が響く薄暗いトンネルの中はどこか物寂しい。
自然に下ろされたボクの手はキミの指先に触れる。
それに驚きピクリと反応したキミとボクの手は、どちらともなく自然に指を絡ませた。
その感触は互いの存在を、生を確認し合うようで、雨に濡れて冷えきった二人はやがて肩を寄せ合った。
ストンと頭を預けてくるキミの髪を伝う雨とボクの髪を伝う雨とが混ざり合い、その雫が落ちた先の地面を湿らせる。
「これから……どうするの?」
キミのその不安そうな声は否応無くボクに響く。
「とりあえず、雨が止んでくれることを祈るしかないよ。その後は注意して何処か落ち着ける屋内、出来れば家に辿り着きたいけれど……」
キミもボクも電車通学だからここからそれなりの距離がある、なんて言葉を飲み込んだ。
──って、そうだ。
ボクは英語の勉強の為に持っていたラジオの存在を思い出した。鞄から取り出してアンテナを伸ばし、スイッチを入れる。
公共放送にチャンネルを合わせていたがノイズしか聞こえない。少しずつ周波数を変えていく。災害用の放送でもやっていないだろうか。
──ザザッザッ──だ──か!────ザザッ
「今、何か聞こえた?」
周波数からして普段聞いてるような民放のラジオではなさそうだ。恐らく個人のもの。
手を繋ぎながら二人で立ち上がり電波の良い場所を探す。その甲斐あって、若干のノイズはあるものの聞き取れるようになった。
──ている人がいることを信じて、俺はDJレイだ。こんな時に何やってんだなんて言われるかもしれないが、こんな時だからこそだろう?
さて、只今の時刻、午後五時十二分。今までに俺が自宅で手に入れた情報を公開しよう。現在、これまでに類を見ないレベルの神隠しが起こっている。いや、違うな。安易に神のせいにしちゃあいけねぇ。『大規模消失事件』と称す事にしよう。こいつはどうやら海外でも同様に起こってるみたいだぜ。
まず、ネット上の掲示板には僅かに生存者が確認出来る。どいつもこいつもパソコンを持って外に出ていたラッキーな連中だ。まだ駅には人は残ってるみたいだな。だけど、テレビに関してはどこの局もダメだ。唯一、気象情報を流す定点カメラが見れる局があるくらいか。高速道路の映像だが車は一台もない。
以上のことから恐らく、交通機関は壊滅したと見て間違いないだろう。そもそも、電車は一向に来る気配もなく、飛行機、車やバス、トラックまでもが全国各地で消え去ったらしい。……しかも、人を乗せたまま。目の前でそれを見た不幸なやつがネット上で呟いてるよ。
正直、何が消える条件なのか皆目見当もつかな──
──ガッシャァァァアアアン!!
なんだ! おいおいマジかよ……やめろっ! 来るなっ……黒い影だ! こいつら電柱をうちに倒しやがった! ハハッ、やべえ! 分かってると思うがこいつらは雨の降ってる範囲しか行動しないからな! クッソ……ここはもうダメだな、俺は逃げる! 皆健闘を祈る!
──キィィイイイン──バチッ……ザザッ──
ノイズがトンネル内を反響する。どうやら放送が切断されたようだ。
ボクらは途中の破砕音でビクリと肩を揺らしたが、現状はなんとなく理解出来た。
「や、やばくない?」
「……うん。これはちょっと思ってた以上だ」
とりあえず、今後の事を考えないと……しかし、雨がいつ止むのか分からないのが怖──いや、分かるな。気象情報の定点カメラが見れるってさっき聞いた上に、一週間分なら気象情報はスマホで検索しても出てくるか。
……どうやら明日の朝までは止みそうにないみたいだ。そもそもこの雨が本当に自然現象なのかわからない、というのはこの際置いておこう。
「一応、予報だと明日の朝には止むらしいけど、ここで雨宿りするしかないかな」
「ここから雨の中、出て行くのは怖いよ……」
「だよね。ボクだって嫌だ」
ああ、そうだ。これから生きる事を念頭に置くなら色々準備しておこう。
まずは今使った携帯。充電はのこり68パーセント。機内モードにし、音量と光度を最低にして消費を抑える。
「食べ物と飲み物はどれくらいある?」
「えっと、飴が一袋とチョコレート少しでしょ、魔法瓶に入った紅茶が半分にペットボトルの水が半分くらいかな」
「ボクはキャラメルが4粒とさっき帰り道で買ったメロンパン、スポドリが少し、水の入った水筒が半分」
「良かった……これなら明日の朝までは余裕そうだね」
「いや、明日の朝の分は無いかな……」
しかし、お菓子を持ち歩いていて本当に良かったと思う。あと半日はここで過ごさなければならないのだから、次は環境を整えていこう。
ボクらは持っていたコンビニの袋に濡れたらまずいものを突っ込んで、鞄の中身を使わないであろう教科書が下になるように入れ替えた。ジャージは少し汗ばんでいて嫌だが、防寒のために仕方なく着た。
一夜を明かすために色々と準備をしたものの、することが思いつかなくなったので、これからの事を二人で話し合ったり、どうでもいい事で笑いあったりして少しでも不安を拭った。
トンネルの中から覗いた外は未だ雨が止むことはなく、遠くに僅かな街灯の明かりが見えた。どうやら今はまだこの辺りの電気は通じているみたいだ。
メロンパンとチョコレートをどちらも半分にして分け合って夕食とした。少しでも食欲が満たされるとホッとする。温かいものを食べたいとは思ったが。
雨も相まって夏の終わりとはいえ、流石に夜は冷え込むので、地面にノートや教科書、ルーズリーフを敷き、二人でくっついて寝ることにした。
「……起きてる?」
「……うん。寝にくいね」
「それはしょうがないよ。手……繋いでいい?」
明かりの無い暗闇の中で、どうしようもなく不安になってしまうのは二人とも同じであった。
不安を紛らわすため、少しでも暖を取るために手を繋ぐどころか身体を寄せあう。暗闇の中、互いの顔が見えることもなく、どんな体勢なのかもわからない。
研ぎ澄まされた聴覚は二人の吐息を拾い、辛うじてこちらを向いているだろうということと、距離が思ったよりも近いことに気付く。
向かい合っているのだ。
体温を保つためだから。そう自分に言い聞かせてボクは、左手は繋いだまま、ゆっくりと右手をキミの肩口に触れさせ、やがてキミを抱き寄せた。
自分でもどうしてこんな大胆な行動をしているのかわからない。ただ、どうしようもなく心が空虚で、冷たく鋭利な刃物を差し込まれたような感じがして、体の震えが止まらなかった。本能的なそれを鎮めようとしていたのかもしれない。
「……どうしたの?」
囁かれたその声は優しくボクの頬を撫で、心を包み込む。
「……ごめん。少しだけこのままで居させて」
「良いよ。なんならずっとでも」
「……ありがとう」
結局、二人は抱きしめ合い、互いの体温を感じながら眠りに落ちていくのだった。
トンネル内に日が射し込み、ボクらの顔を照らす。眩しさに起こされたボクはゆっくりと目を開け、一瞬息を止めた。密着する二人の顔はやはり、鼻先が触れる程近かった。
体を少し起こして、じっとその寝顔を眺めていると、身動ぎをしたキミは少し重そうに瞼を持ち上げた。
視線が交錯する。
固まるキミに時が止まったような感覚を抱く。耳まで赤く染った顔をしたキミは目を泳がせ、やがて口を開いた。
「……もう。先に起きてたんなら起こしてよね」
「いや、休める時に休んだ方が良いから」
「……ばか」
雨が止んでいる事を確認したボクらは学校に戻ることにした。軽く身支度をして、地面に広げたノート等を汚れも気にせずにしまい込む。
「キャラメルいる?」
「うん」
溶けたキャラメルの甘さが口の中に広がる。それはボクらをほんの僅かだがホッとさせるものだった。
「行こうか」
「……うん」
ボクはまたキミの手を握った。突然のことに少しだけ驚いたのか、一瞬だけ硬直したが、すぐにボクの手を握り返した。
トンネルから外へ足を一歩踏み出す。ここからは安全とは言えない。けれども、このままでは食料が尽きることは間違いない。
生きるための一歩。
踏み出そう。
朝陽は大地を照らし、水溜まりに反射されたその光がキラキラと輝く出発の時、ボクらは何も話さなかった。
早朝の風は街路樹の露を打ち払うように通り過ぎ、ボクのスカートを大きく揺らした。
少し趣向を凝らした部分もあるので感じて頂けたなら幸いです。終末世界っぽいものが描きたかっただけです。