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境海の不思議探偵リリィーナ『夜の遊びの国』番外編:卒業式のその後で~ラリゼル姫のその後~

 魔の王国だった『夜の遊びの国』から戻ってきて、1年――。

 境海世界を股に掛けた児童大量誘拐事件の結末は、ラリゼルも新聞で読んだ。

 ラリゼルが誘拐されたことは記事にされていない。個人のプライバシー保護もあるが、夜の遊びの国に誘拐された被害者の数は膨大すぎた。

 救出された生者は数百人にのぼった。過去の死者と行方不明者を合わせると数千人を凌駕するため、紙面では『被害者』と一括(ひとくく)りにするしかなかったのだと、多次元管理局編集局の女性記者に聞いた。

 夜の遊びの国の王であったハーレキン人形は二度と動かぬように破壊された。

 王国を構成していた強大な魔法は、多次元管理局によって完全に解体・浄化された。

 そして主謀者であった夜の遊びの国の創造主『リングマスター』――境海の海底で齢数千年を生きた魔物――は、一斉捜査の際、捕縛に抵抗して傷を負い、滅びたという。

 ラリゼルが夜の遊びの国で保護された直後、リングマスターは逮捕されたと魔法玩具師ニザエモンさんに聞かされたが、少々違ったみたいだ。

 多次元管理局編集局発行の新聞は、夜の遊びの国の顛末についての記事を数ヶ月ほど連載していた。ただし、子ども達が動物に変身させられて売られたり、リングマスターの部下だったピエロ達が一斉捜査で潜入した局員と入れ替わっていた詳細など、肝心な処は伏せられ、あるいは一斉捜査の内情がわからないように簡略してあった。

 結末として、夜の遊びの国は魔の海から消え去ったのだ。

 リングマスターと契約していた人間達は全員逮捕され、然るべき刑務所に収監された。

 その中でも魔法が使える者達は局での裁判後、局が管理する特別な『ラクター刑務所』という所へ収監されたらしい。

 いつしか話題は先細りになり、人々は夜の遊びの国を忘れていった。

 最後の記事は半年ほど前だった。

 ラリゼルが夜の遊びの国に居たのは1ヶ月足らずだったけれど、魔法大学付属学院に戻ってからの1年は、あっという間だった。

 最近になって、ようやく夜の遊びの国の夢を見なくなった。

 事件の記憶は遠い悪夢の出来事だったのだ、と思えるようになったら、もう卒業式だ。

 バステア王国現女王の長子であるラリゼルは、来月には自分の国の学校に入り直して次の勉強を始める。未来の女王に必要な教養を身につけるために。

 卒業式では、ヒルダおばさんから卒業証書をもらった。寮母さんだと思っていたヒルダおばさんは、魔法大学の総長だった。

 その後、卒業パーティーの会場へ移動した。

 いつもの校内の食堂には、豪勢なご馳走が用意されていた。

 魔法大学付属学院の卒業パーティは盛況だ。卒業生の親や親戚や、在学中にお世話になった白く寂しい通りの住人もお祝いに来ている。

 ラリゼルも数十人から卒業祝いの贈り物をいただいた。

 お返しの記念品を渡すのも済ませた。

 仲良しの級友との別れの挨拶は昨日までに終わらせた。

 今日は、皆忙しい。

 進路がしっかり決まっているからだ。

 生徒の大半は、そのまま魔法大学の専門課程へ進学する。

 あるいは就職だ。

 新米局員はこれからの新しい未来に思いを馳せ、希望に顔を輝かせている。入局式は明日だ。それから1ヶ月の休暇を挟み、新人研修が待っている。

 このパーティ会場で、彼らが楽しそうに談笑しているのは、これから師事する教授や教官や、先輩局員達だ。

 もちろんラリゼルと同じに、今日で白く寂しい通りを去る者もいる。彼らは多次元管理局での研修が始まるまでの休暇の間、親しい友人同士で互いの故郷を訪問したり、旅行したりするそうだ。

 ラリゼルにはそんな余裕は無い。卒業パーティが終わり次第、帰還の途につくようにと、実家から厳格な指示があった。

 退寮式も済み、大きな荷物はあらかた送った。あとは国からの迎えを待つだけだ。

 ラリゼルはゆっくりと会場を見回した。

 やはり、不思議探偵リリィーナは姿を現さない。教官として卒業証書授与式の時はいたが、昨日から忙しそうだったし、途中で抜けたのだろう。


 もう、寮に残っているのはラリゼルだけになった。

 昨日までに、魔法大学へ進学する者は大学寮へ、局員になる者は多次元管理局の居住区にある宿舎へ引っ越しを済ませている。

 ラリゼルが最後だ。

 もうすぐ迎えが来るから寮の玄関で待っているようにリリィーナに言われたから、こうして旅行バッグを片手に孤独に耐えているのだが。

――なぜリリィーナは来ないのだろう……。

 約束の時間からすでに10分は待った。

 境海の探偵として名高い不思議探偵(ミステリィデイティクティブエージェンシー)リリィーナは、ラリゼルの実家に雇われている。ラリゼルが帰国するまで護衛をする契約だ。

―――なのに、どうして1人にされちゃっているのかしら。

 寮の中で待っていた方が良かったかしら。

 こんな時間があるのなら、最後の最後に、魔法玩具店へ行けばよかった。魔法玩具師ニザエモンさんとぬいぐるみ妖精シャーキスは恩人だ。

 白く寂しい通りの他の店にも、もう一度行きたかった。

 ここではラリゼルも1人で自由に買い物に出られた。

 ここに居る間は普通の生徒として過ごせたのだ。

 ただし、街も学び舎も普通ではなく、多次元管理局という境海世界の警察機関のような組織が管理する街であり、その局員を養成する特殊な学園であったが。

 祖国へ帰れば、1人で出歩くことはない。

 ラリゼルはバステア王国の第一王女で次代の女王。

 侍女や従者が常にそばに居る生活が待っている。

――そういえば、局員をやっている婚約者という人とは、けっきょく、ちゃんと会えなかったんだわ。

 顔も知らない婚約者の顔を見ることは留学した第一目的だったが、今日でそれも潰えた。

 誘拐されてひどい目に合った。魔法学を習っても魔法使いにはなれなかった。

 でも、友達はできた。

 楽しかった。

 親しくなった何人かとは手紙を書くことを約束して、住所の交換をした。友人達はいつかラリゼルの国へ来てくれると言った。彼らのフルネームと住所を書いてもらった手帳はラリゼルの宝物だ。

 ふと、車の音が聞こえた。

 やっと迎えが来たらしい。白く寂しい通りではスタンダードな黒いクラシックカーが、ラリゼルの前まで来て停車した。

 運転手が降りてきて、恭しく後部座席のドアを開けた。

「お待たせしました、さあ、どうぞ!」

 タクシーの運転手みたいな黒い制帽を被り、黒いスーツを着ているが、

「リリィーナ教官?」

「もう教官じゃないよ。ほら、早く乗って。外海への港まで送っていくからね」

 ラリゼルの故郷へ向かう船が着く港までは、白く寂しい通りに近い駅から寝台特急に乗って数日かかる。

 自動車だと3日以上だ。この第ゼロ次元の大陸には地球の高速道路のような便利な道はない。そして、そこからバステア国に至るまでの船旅は、境海の階層となっている世界と世界の境の海を越えて、3ヶ月を要するのだ。

 境海世界の構造は、重なったトランプに似ている。1つの世界が1枚のカードのようなもの。1枚の世界ごとに文化の発展速度はまちまちだ。

 この白く寂しい通りがある第ゼロ次元は自動車がある。

 だが、近いとは言えラリゼルの国では、ようやく列車が導入され、国中に線路が敷かれたばかり。自動車にいたっては人々に普及していない。

 ラリゼル自身は第ゼロ次元の学校に留学生としてやってきて、電気・ガス・上下水道完備でテレビも最新DVDアニメまで入手できる最先端文化の生活にすっかり慣れしまった。そのせいで、これから懐かしい故郷へ帰るというのに、不便な田舎へ追いやられるような惨めな気分になっている。

 それにしても、リリィーナは探偵業やら局からの仕事で忙しいのに、何日もかけて自動車で移動するのは効率が悪すぎるとラリゼルは思うのだが……。

「あのー、他の迎えの人とか、護衛の馬車とかはどこに?」

「帰還の護衛はわたし達だけだよ。港までは責任をもって送り届けるからね」

 港にはバステア国の迎えが来ているからとリリィーナはいう。

 ラリゼルは旅行バッグを車のトランクへ預けた。後部座席へ乗り込もうと頭を屈めたら、助手席に乗っている人の頭に気づいた。豊かな銀の巻き毛。ラリゼルの髪と同じ色だ。

 あの人だ。顔も名前も知らないラリゼルの婚約者。間違いない。

 急に心臓の鼓動がドキドキしてきた。

 元はと言えば、ラリゼルは多次元管理局に勤めているというこの人に会うために、わざわざ留学してきたのだ。

『夜の遊びの国』で、一度だけ会えたけれど、あれ以来、国に帰るまではもう会えないんだと諦めていた……。

「出発するよ、道中は長から、ゆっくり話しをするといい」

 リリィーナがエンジンをスタートさせた。


 ラリゼルは一度だけ後ろを向いた。リヤウインドウから遠ざかる町を眺めた。

 これで見納め。白く寂しい通りへラリゼルが来ることは二度とない。

 助手席にいる彼は、まだ振り向かない。

 と、銀の巻き毛が揺れて、左の横顔が見えた。肩までかかる銀色の巻き毛、この上なく澄んだ宝石のようなエメラルドグリーンアイズ。ラリゼルは声もなく見惚れた。

 月光と白薔薇の美しさを人の形にできたなら、きっと、ブランシュと名乗ったこの彼になる。

 上半身をひねりむけた彼が、小さな紅薔薇の花束と紅いリボンを掛けた箱を一緒に差し出しているのに気付けたのは、奇跡のようなものだ。

 そうでなければ、ラリゼルはいつまでも彼を見つめていただろう。

「少し遅くなったけれど、16歳の誕生日、おめでとう」

 彼に会えなかったのは、なぜかラリゼルが16歳になるまでは会えないという約束を親たちがしていたからだ。

 ラリゼルが夜の遊びの国に捕らわれていたとき、彼は変装してこっそり会いに来てくれたが、あの時ラリゼルはまだ十五歳になったばかりだった。

 あれは局の捜査中に起こった偶然ではなかったのだ。ラリゼルを心配した彼が、無理をして様子を見に来てくれたのだ。

 ラリゼルは花束と箱を受け取った。緊張して、声が出ない。何を言えば良いのだろう。

 いや、16歳になる前に会った事があると言うのはまずいだろう。今日を初対面にしなければ、国に帰った後で問題になるかもしれない。

 おひさしぶりとか?

 それだと、16歳になる前に会った事があると認めることになる。それはよくない。彼と会った事実は無いのだ。今日を初対面にしなければ、国に帰った後で問題になるかもしれない。

 ああ、どうしょう。

 あんなに会いたかった人なのに、会えたらいろいろ話そうと考えていたのに、いざ対面してみたら、気の利いた言葉なんて何も出てこない。

 あの人は、わたしが何か言うのを待っていてくれている。

 いつまでも、うつむいて黙っていたらダメだ。

 今日は、魔法大学付属学院の卒業式だったのだ。

 前に進まなくちゃ。

 そう思ったら、ストンと落ち着いた。

 そうよ、顔が真っ赤になっていようと、情けないくらい声が震えていようと、わたしはわたしらしくしていればいいんだわ。

「初めまして。お会いできて嬉しいわ」

 思い切ってしゃべった後は、気分がずっと楽になった。

 その後、港に着くまでの時間は、ラリゼルにとって留学の日々と共に、かけがえのない思い出のひとつとなった。

                              〈了〉


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