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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

動かぬ人 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おう、つぶらや。お前も買い出しに来たんか?

 ちょいと小耳にはさんだんだけどよ、ここの近くの病院でも出たらしいぜ。陽性反応の患者さんがさ。

 その方が入ってきた正面入り口は、消毒のために使用不可。幸い、駐車場側にも入り口があるから、そちらのみ使ってほしいって状態らしい。いやはや、まさかこんな身近に現れるとはな。


 だがぶっちゃけた話、実感が湧かねえ。

 特撮に出てくる、怪獣のような目立つ存在だったら「やべえ!」って思えるだろう。そいつらに比べたら、見えない奴の脅威度はどうしても下回っちまうよなあ。ウイルスに色でもつけられたらいいのに、と思う今日この頃だ。

 知ってるか? ここらへんの中学校は新学期はじめ、生徒に一日だけ登校してもらって、またすぐ休校なんだってよ。

 クラス配置、その他新学年の用意も鑑みて、一日は登校してもらうようにしたんだろう。でも大勢との接触には違いないから、先生方にとっても苦渋の決断じゃねえかなあ。内心、ひやひやの親御さんもいるんじゃねえの?


 そうなると、また家での過ごし方が大事になるだろうが……やはりごろごろしすぎっていうのは、問題が多いらしいぜ。

 家の中での過ごし方について、俺が前に体験した話があるんだが、興味ないか?



 俺の大学4年生時代は、それはもうひつまぶしならぬ、ひまつぶし三段重ねだった。

 前期4単位、後期4単位をとれば卒業可能。それも受ける授業を一日にまとめたから、週休6日制を達成だ。一年で300日くらいの休みだぞ、300日。

 そしてほぼほぼぼっち。かつインドア派の俺にとって、外出機会なdp買い出し以外はまずなし。そりゃもう堕落しっぱなしですわ。

 ひげは剃らない、髪は切らない、服や布団は畳まない。さすがに生ごみは出すが、それ以外のパッケージやペットボトルは、近くに転がしたまんまだ。気が向いた奴はかたづけるけどな。


 俺なりに分析する、汚い部屋への第一歩はな。物量で押すことよ。

 ひょいと起き上がって、即ゴミ箱にぽいっと投げて終わるなら、あまり問題はない。

 それがな。どんな理由があろうと、少しでも滞って山を成したとたん、心が戦意を失うんだ。片づけに対するさ。

 そうなると後はズルズルだ。手を出せるのは山のすそ野の端っこばかり。てっぺんまでの距離や時間を考えちまい、登る気がなくなってくるんだわ。

 そしてタチの悪いことに、登るはダメでも「またぐ」ことに関してはほぼ抵抗なし! ふとんと出入り口を行き来し、あとは寝転がってのんべんだらりんと過ごす……こんなの、社会に出ちまったらいつできるか分からないだろ?

 もうね、一生分の休みを使っちまう勢いで、だらけまくったさ。



 そんな生活を続けて、数ヶ月が経った時期。

 俺は積んであるゲームを消化するための、籠城体制を整えていた。その週は、とっている講義の教授が出張中。次の講義まで10日以上の間が開く。

 そのうえ、少し前に買った宝くじの臨時収入もあったからな。全部目ぼしいゲームに換えてきた。後は寝転がって届く位置に、テレビ置いてコントローラー置いて食料飲み物置いて……だ。もちろん布団に入りっぱでできるように調整した。

 後はトイレに立つくらいしか、身体を動かす機会はない。俺は何日も遊んで、寝落ちして、また遊び倒した。



 そして明後日には授業を控える、夜のこと。このときすでに、俺は50時間のフル活動を達成。身体が気を利かせてくれたのか、トイレも一日に二度あるかないかといった密度で、残りは全部ゲームにあてていた。

 問題は食料が切れたこと。俺は思うようにいかないと、バカ食いする悪癖があってな。ゲームオーバーを突き付けられるたび、未開封のお菓子ひと箱を一気に開けちまう。ヘビースモーカーならぬヘビーイーターだな。

 そうして今は、最大の山場に差し掛かっている。

 ただでさえ一回に一時間以上かかるボス戦なのに、途中セーブもコンティニューもきかないときた。わずかなミスで、かけた時間はたちまち水泡に帰すんだ。


 一分でやられようが、粘ったうえでの惜敗だろうが、負けは負けだ。なんも得られないのは同じ。不公平感、ハンパねえだろ?

「踏ん張った労力返せや!」と壁やコントローラーを殴りつける……は以前にやって、後悔したからな。

 当人比で、殴る力は半分。残りを食欲にあてたというわけだ。

 

 ――は? そんなストレス溜めるなら、ゲーム自重しろ?

 

 いやいや、そういう奴を打ちのめした時なんか、気分爽快じゃん?

 どんな食い物も、勝利の美酒には勝てねえよ。そうやって自分を押し通して、相手をへし折るとき、お前は気持ち良くないのか? 

 いわば菓子はつなぎよ、つなぎ。メインディッシュへの足掛かりなの。

 で、菓子を買おうと、そこらへんに転がっている財布を手に取った時だった。


 ずん、と頭全体が勝手に枕へ沈んだ。さっきまであごだけを乗せていたのが、いきなり顔全部をくっつけるはめに。フェイスクラッシャーを食らった感じだな。

 戻そうにも、頭が重い。手足含めた身体も上から誰かがのしかかっているようでさ、ずりずりと這いずるのがやっとだった。


 何が起きたか。十分に頭を動かせない俺は目を走らせる。

 部屋の電気は消したまま。テレビの明かりのみが周辺を照らしてくれるんだが、ここ数日、「かさ」を増していくばかりの俺の部屋で、きらめくものがあった。


 ほこりだ。布団を囲うように横たわる袋とペットボトルの上に、七色に輝きながら奴らは散りばめられている。その大半がわたぼこりにくるまってな。

 奴らは、俺が着るパジャマの上にも乗っかっていた。俺の目で見えるのは主に両腕だが、パジャマの袖できらめく奴らは、手首から上腕まで隙がない。この二日あまりで溜まったに違いなかった。


 落とそうとしたんだが……無理だった。

 重さもさることながら、腕を傾けて落とそうとするとな。ビキビキっと、腕の筋が痛むんだわ。

 これ以上やると、内側にあるものがちぎれて、皮に穴が開き、そこから血がぴゅーっと吹き出る。そんなイメージが湧いちまったくらい、鮮明な痛みだった。

 腕を袖から抜くのもムリ。袖と腕がすっかりくっついちまって、一緒に動く。しかも袖を引っ張ると、そこの部分の皮がやられるんだわ。

 マジックテープはがす時と似た音が響いてよ、ちょっと遅れて痛みが来て、袖から血が浮き出てくる。ほこりは、一向に離れようとしてくれない。

 

「――動かぬ人。公開終了まで、あとわずか」


 唐突に響くは、ゲーム内のアナウンスとよく似た声。テレビからじゃなく、俺の頭のすぐ上から聞こえてくる。

 見上げようとして、すぐにまた枕に顔を抑えつけられた。今度はさっきより強い力。枕に吸われきらなかった衝撃が鼻を走り、温かいものが流れた感触がした。

 全身も同じだ。俺のろっ骨、胃袋を丸ごとして、わずかな動きも取らせない。


 その身体の上を、こそばゆく動き回っている奴がいる。

 足も背中も髪の上も、ちろちろと歩き回っていたんだ。ひとつひとつは針より小さい刺激の数々が、動けない俺の身体を駆け巡った。


「――動かぬ人。公開終わり、終わり。お帰りはあちら」



 ざざっと、音を立てて大勢が引く気配。同時に身体の重さがうそのように消えた。

 動く。起き上がれる。袖もめくれる。

 だが、先ほど明かりに照らされていたほこりたちは散ってしまったのか、すっかり見えなくなっていた。

 そして血が出ている袖の下には、生地にびったりと張り付いた赤い皮。そして血のにじんだ患部をさらす、腕の姿があったんだ。

 

 どうも俺はあまり動きを見せずにいる間に、「動かぬ人」って美術品になっていたのかもな。部屋に長く居座っている、ほこりたちを対象にした、な。


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