実はヒロイン
「お姉ちゃん!ホットドッグ!」
ヒヨちゃんのところに駆け寄ってきた小学生が、途中で足を止める。ホットドッグに目が釘付けになっている。
「ユウちゃん、1つ食べる?」
小学生に声をかけると、目を真ん丸にしてボクの顔を見つめてきた。
「あ!洋ちゃん、帰ってたの?!おかえり、洋ちゃん!」
「うん、ただいま」
たまにしか会わなくなったのに、覚えてくれてたようだ。嬉しいな。
「じゃあ、わたしたちの分もで、ホットドッグ4つと、マンゴーラッシー4つください」
ヒヨちゃんの注文にマスターが笑顔で準備をはじめる。
伊与里先輩がユウちゃんを見て、首を傾げる。
「その子、バイト先で見かけたな。遠岳の知り合いだったのか……」
ユウちゃんのこと先輩たちに紹介した方がいいか。
「ヒヨちゃんの弟のユウキくんです」
「「「「「「え?」」」」」」
紹介したら、なぜかみんな一斉に止まった。
意味が分からずユウちゃんを見ると、ボクを睨みつけていた。あれ?ユウちゃん、怒ってる?
「洋ちゃんのバカ――――!!」
怒鳴って広場のほうに駆けていってしまった。
「どうしたんだろ?」
突然の怒りに呆然としていると、横から大きなタメ息が3つ聞こえてきた。
「いや、怒るだろ」
「どう見ても、女の子じゃねーか」
「え?……だって」
え?でも……。先輩たちの言葉に呆然としていると、背後から、大きなタメ息が3つ……。そぉーっと振り返ると、半眼のヒヨちゃんが呆れたように首を振った。
「妹だよ」
……妹なのか。
「これ、色々と手伝ってもらったお礼だから、お代はいいからね。早く追いかけてあげて」
「ありがとう。シゲちゃん」
マスターがホットドッグとマンゴーラッシーを人数分ヒヨちゃんたちに渡すと、幼馴染はお礼を言ってユウちゃんの後を追っていった。
ボクも追いかけたほうがいいんだろうか……。でもバイト中だし……
「言い間違いじゃなく、本当に男の子だと思ってたのか」
「……遠岳がここまでアレだったとはな」
先輩たちの視線が冷たい。
「ユウちゃんにはじめて会った時は、まだ赤ちゃんだったから……。勘違いで……、その……」
ボクだって、まだ子供だったし……。ヒヨちゃん姉妹はボーイッシュっというのか、男の子みたいな服をいつも着てたし……
「大丈夫か?オレの性別は分かってるだろうな?」
伊与里先輩がニヤつきながら、変なことを聞いてくる。
「なんですか。その質問。そんなの、当然、知って……」
ん?
伊与里先輩、何でそんな当たり前のこと聞くんだ?
……もしかして、引っ掛けなのか?男だと思ってたけど、違う可能性が?
…………でも、見た目も声も男だよなぁ。ボクよりガタイいいし。どう見ても男……
そういえば、『ナギ』って名前、女の子にもいそう……
……あ、あれ?まさか……
「おい、遠岳のやつ、迷ってないか?」
「マジか?遠岳、凪の性別も区別ついてなかったのか?」
将さんと宮さんが驚愕の表情で見てくる。
「そんなことないです!………お、男…ですよね?」
「なんで、ちょっと不安そうなんだよ……」
伊与里先輩の顔が引きつっていく。
「いや、急に聞いてくるから引っ掛けなのかと」
「どこに引っ掛かる要素があるんだよ!」
そんなこと言われても。いきなり聞いてくるから何かあるのかと……
「因みに、俺は男だからな」
「オレも男だぞ」
将さんと宮さんが宣言しなくていい事を宣言してくる。
「おばあちゃんは女性よ」
いつの間にかばあちゃんまで交じっていて宣言してくる。
「分かってるから!いくら何でもバカにし過ぎだと思う……」
性別くらい、見分けついてるし。
「でも、洋ちゃん、前にも間違えてるしねぇ」
ばあちゃんが身に覚えのないことを言ってくる。
「前科があったのかよ」
「え?そんなこと……」
……ないはず。
ばあちゃんがタメ息をつく。
「寅二郎ちゃん、女の子なのに、男らしい名前を付けられちゃってねぇ」
「「「トラジロウ―――――ッ?!!」」」
先輩たちに名前を呼ばれ、寅二郎が駆け寄ってくる。
「……寅二郎、お前、…女の子だったのか……」
「うあぁん」
尻尾を全力で振る寅二郎を、先輩たちが憐れむように優しく撫でる。
「まさか、こんな身近に、犠牲者が」
「気の毒に。よく見たら、顔つきが女の子だよな。柔らかさがある」
「寅二郎、女の子ならそう言ってくれれば」
先輩たち、寅二郎の性別なんて気にしたことなかったくせに。そんなに大事なことのように言わなくても。
微妙な空気に包まれた空間に、複数の足音が近づいてくる。
「洋太―、ユウキ連れてきたぞ。言うことあるだろ」
ヒヨちゃんたちがユウちゃんを連れて戻ってきてくれた。空気が変わったけど、重さはさらに増した。
「その、……ユウちゃん、ごめんなさい」
言い訳も思い浮かばない。
「ごめんなさい」
再度謝ると、ユウちゃんがふうぅと大きく息を吐き出した。
「……許してあげる。その代わりお詫びに歌が聴きたい」
「え?うん、いいよ」
「凪さんの」
凪さんの? ……凪さんかぁ。
そーっと振り返って伊与里先輩の顔色を窺う。
「……そういうことなんで、伊与里先輩、お願いします!」
「…遠岳、…おま…え…」
伊与里先輩が怒りの笑みを浮かべだした。
「傷ついたお嬢さんの頼みだ。聞いてやれよ」
「かわいい頼みじゃねえか。歌うくらいいいだろ」
面白がっている様子の将さんと宮さんが援護射撃をしてくれる。ユウちゃんの期待に満ちた目も加勢してくる。
「あー、分かったよ!遠岳!貸しだからな!」
「はい!いつか返します!」
まあ、先輩は忘れっぽいから貸しを作っても大丈夫だろ。
「あ~、じゃあ、リクエストはあるのかな?」
伊与里先輩がユウちゃんに優しく尋ねる。
「え?えっと、……その、かっこよくてあったかい感じの…歌……」
「かっこよくて、温かい歌か。……OK」
頬を赤らめながら伊与里先輩にリクエストするユウちゃんは、確かに女の子だ。ヒヨちゃんたちと同じ目で先輩を見ている。
「凪の歌を聴くの、久しぶりだな」
「そういや、久しく聴いてないな。せっかくだ。しっかり聴いてやるか」
ニヤついている宮さんと将さんに一瞥しただけで伊与里先輩は何も言わない。怒ってないといいんだけど……
アコギに持ち替えた伊与里先輩が、ベンチに腰掛ける。
そういえば、伊与里先輩の歌声は、まともに聴いたことってなかったな。デモはいつも歌なしだったし。ハモリで歌ってるのを聴いたことがあるだけで。
どうしよう、ワクワクしてきた。
ユウちゃんと幼馴染たちが前に陣取ったので、その横に移動する。ボクの姿を捉えた先輩の眉が歪んだけど気にしない。楽しみだな~。




