島フェス
今日の夕ご飯のメニューは、
ピリ辛ごまだれの豚しゃぶ、ニラ玉、きゅうりの浅漬け 生姜スープ
「あら、美味しそう」
料理している手元を覗き込んだばあちゃんが嬉しそうに呟いた。
「ボクにも作れるレシピを姉ちゃんに教えてもらったんだ」
昼に姉ちゃんと電話した時に、ばあちゃんも仕事だし、食事作りに困っていることを話したら、レシピをすぐに送ってくれたんだよね。おかげで、まともな夕飯を作ることができた。
先輩たちも帰って来て、夕飯を食べだしてから思い出した。
「そうだ。ばあちゃん、もしかしたら、うちにもう一人来ることになるかも」
「あら?お友達が?いいわねぇ。洋ちゃんのお友達なら何人でも大歓迎よ」
きゅうりを箸で摘み上げ、うれしそうに微笑む。ばあちゃんが迷惑がってなさそうでよかった。
「誰か来るのか?」
「それが、レイくんが小笠原に来るかもしれなくて……」
これまでの経緯をざっと説明すると先輩たちが、思案するように眉を寄せた。
「とうとうレイまで小笠原に来るのか。……マズいな」
「マズい?というのは?」
伊与里先輩が豚しゃぶを噛みちぎりながら目を細める。
「あの歌の歌詞を知っているレイが、この島に来ちまったら、共通点に気づくだろ」
「そういえば、レイくんにはまだこの島のこと言ってなかったんでした」
レイくんの目的が分からないし、歌詞が本当に小笠原を意味しているとは限らないので伝えてなかった。
「スペイン語が分かるレイのほうが有利だよな。あの歌詞に謎があったとしたら、先に解かれちまうかも」
「それは悔しいよなぁ。俺らのほうが先に来てたのに」
「バイトと練習で後回しにしてたからな。こりゃあ、悠長にしてられねえな」
あのCDの歌について分かるのは嬉しいけど、もしあの歌に秘密があるなら、自分が見つけたいという気持ちがある。ばあちゃんちにあった意味も含めて、あの歌のことは一番に知りたい。我がままかもしれないけど。
「仕方ねーな。次の休みの時に、歌詞の謎を解きに行くか」
「次の休みって言うと、木曜だな」
「この日はみんな休みなんだよな?」
木曜日?
「あ!」
休みと重なること忘れてた。
「あ!って何だ」
伊与里先輩が不審そうにボクに尋ねてくる。
「ええっと、先輩たちは木曜日、暇なんですよね?」
休暇だから予定はないってことだよな。よかった。
「なんだ?その確認は」
「また、なにか厄介ごとか?」
「マジかー、今度は何だ?」
先輩たちが食べる手を止めて、ボクを凝視してくる。
「そんな警戒しなくても……。ちょっと店の手伝いをしてほしいだけです」
「店?カフェか?手伝いが必要なほど客が来てるのか?」
「いえ、まだ一人の客も来たことないです」
「一人もって……」
愕然とする先輩たちに説明する。
「海辺のカフェの宣伝を兼ねて、島フェスに店を出すことになったんで、そちらの手伝いをお願いしたいんです。ボクとマスターだけだとちょっと不安で」
「……確かに不安だな」
将さんが麦茶を飲みながら、ふうっと息を吐きだすと、先輩と宮さんとばあちゃんまで同意するように頷いた。
「島フェスか。バスマが参加する予定になってる……」
「バスマは確か最終日じゃなかったか?まだ先だよな」
「慣れない間だけ手伝ってもらえれば充分なんで…すけど……。ダメでしょうか?」
島フェスは4日ほど続く緩いフェスだ。最初の2日は地元の人たちが演奏や踊りを披露して、土日に内地から呼んだアーティストたちにステージに上がってもらう。
島フェスは地元の夏祭りに近いものだけど、島では一大イベントだ。
「仕方ねえな。マスターには世話になってるしな」
「泳ぎたかったんだけどな」
「開催場所のすぐ横が砂浜なので泳げますよ。午前中だけ手伝ってもらえれば充分なので、よろしくお願いします」
慣れてくればマスターと二人でやっていけるだろう。
「それなら、午後は泳ぐか」
「おおー、いいねー。やっと南の島に来たって感じだ」
「思いっきり泳ぐぞー。こんなきれいな海に来れること、そうないからな」
先輩たち、小笠原に来て泳ぐの初めてみたいに言ってるけど、トラジロウ・カフェの目の前にある海で、よく泳いでるよな……
練習の前にも海に入ってることあるし。
木曜日、朝から準備ははじまる。
海辺のカフェで下準備をした後、寅二郎とマスターの運転する軽自動車に乗り込み、島フェスが開かれる港の公園に向かう。
「マサさんと先輩たちはまだ来てないか」
マサさんも出店作りに協力してくれることになったので、先輩たちはマサさんの手伝いに行ってくれたのだけど、港の駐車場に見慣れた車はない。ボクたちのほうが先に着いたようだ。
荷物を持って港の駐車場から、木々に囲まれた小道に入っていく。
波の音と鳥の声。南国の木々。ここの公園は小笠原にいると感じさせてくれる南国色の強い場所の一つだ。
「おう、遅いぞー」
「あれ?将さん?」
木々に囲まれた屋根付きベンチの横で将さんが手を振っている。
「マスター、おはようございます」
「おはよう、赤鐘くん。今日はよろしくね」
将さんの横のテーブルにマスターが荷物を置く。
「もしかして店を出すのは、この場所ですか?」
「そうらしい。会場から少し離れてるけど、カフェの店を出すにはいい場所だよな」
将さんが親指で後ろを指さす。
将さんの背後には白い砂浜が広がっている。青い海はすぐそこだ。小道を挟んだ反対側は木立が日陰を作っている。日差しの強い昼間でも落ち着いて休憩できる場所だ。
「そうですね。落ち着きます」
「いい場所だね。カフェは雰囲気も大事だから、ここは最適だね」
マスターといっしょに周囲を見渡す。少し人通りが少ないのが気になるけど。雰囲気は最高だ。
「マサさんと先輩たちは?」
「物が多いからな。車で往復して荷運び中」
すでに板や袋が大量に置かれている状態だけど、まだ必要なものがあるのか。
「必要そうなものはほとんど運んであるようだし、出来る範囲で準備はじめようか」
「そうですね。じゃあ、先ずはテントから」
マスターの指示のもと、将さんが茶色のパイプを持ち上げる。ボクは将さんの手伝いをすればいいのかな。
茶色のテントの下にテーブルを置いて木の看板などを取り付けていく。
急に立ち上がった寅二郎が「うあぁあん」と甘えるように鳴きだした。
寅二郎の視線の先に目を向けると、木々に囲まれた道を歩いてくるマサさんの姿が見えた。
「マサさん、おはようございます」
「洋太くん、おはよう」
荷物を抱えているマサさんだけしか姿は見えない。
「先輩たちは?」
「すぐ来ると思うよ」
満面の笑みを浮かべたマサさんが、荷物の一つをボクに渡す。
なんか、マサさん、浮かれてる?
「何かいいことあったんですか?」
「フフフ、赤鐘くんたちが、今日は休みで手伝ってくれるって言うから、売り上げと宣伝効果を上げる秘策を思いついてね」
「秘策ですか?どんな秘策ですか?」
「なんだと思う?」
……なんだろう?そんな凄い秘策があるんだろうか?
将さんを見ると、苦笑しただけで何も言ってくれない。
「ああぁあぅうん」
寅二郎が尻尾を盛大に振って、ソワソワしだす。
耳を澄ますと、遠くのほうから聞きなれた声が聞こえてきた。伊与里先輩と宮さんの声だ。小道をのんびりと歩いてくる二人が意外なものを持っていることに気づいた。
どういうことだろう?マサさんのほうを見ると、ニヤリと口の端を上げた。




