家庭の事情
嵐が過ぎ去った。ホッと息を吐き出す。フォークでペペロンチーノをかき混ぜながら宮さんが、ぽつりと呟いた。
「居酒屋でも思ったんだけどさ。遠岳って、島の知り合い多いよな」
「ああ、それは俺も思った。島中知り合いみたいな感じだよな。ばあちゃんちに遊びに来てるだけで、こんなに知り合いができるのも凄いよな」
「オレは田舎に行っても親戚くらいとしか関わらねーからなぁ。驚くわ」
先輩たちが感心したように自分を見てくるが、それには事情がある。
「あれ?話してなかったの。洋ちゃんは島っ子だよ」
いつの間にか近くにやって来ていた千春ちゃんが、空いてる椅子に座る。
「島っ子?」
隣りのテーブルを拭いていた伊与里先輩が、訝し気にボクを見てくる。
「小学6年間は、小笠原に住んでたんです」
「子供は島の行事に参加すること多いから、島の大人とも顔見知りになりやすいのよね。洋ちゃんが島に知り合いが多いのはそういうわけ」
千春ちゃんが補足してくれる。
「ああ、そういうことか」
「中学に上がる時に、東京に引っ越してきたワケか」
先輩たちが納得したのか、何度も頷く。
「引っ越したというか、ボクだけ小学生の間、小笠原のばあちゃんちに預けられていて、中学に上がるときに東京の家族のところに戻ったんです」
ピタリと先輩たちの動きが止まる。
「……複雑な家庭の事情か。……遠岳、意外に苦労してたんだな」
しんみりした空気になって、慌てる。
「いえ、複雑というほどでもなく、姉ちゃんに病気が発覚して治療のために長期入院することになったんですが、その時、ボクはまだ幼稚園に通うような年齢で、母は姉に付きっきりになるし、父は昼夜のない仕事だったので、ばあちゃんに預けられることになっただけです」
ばあちゃんちに預けられた経緯を軽く話すと、先輩たちの顔がさらに沈んだ。
「想像したより、さらに重い」
「つーか、姉ちゃん、病気はもう治ってんのか?元気そうではあったけど」
「はい、完治しました。なので、別に重い話じゃないです」
「そうか、美空さん完治してるのか。よかった」
「まあ、遠岳が重くないと思ってんなら、そうなんだろうけど」
この話をすると必要以上に気を遣われるので困ってしまう。ボク自身は全く重い過去なんて思ってないんだけどな。
「凪くーん、注文いいかしらー?」
「はい、すぐ行きます」
店の中から声がかかり、伊与里先輩が早足で戻っていく。
「遠岳って、意外に謎が多いよな」
「謎なわけでは……」
自分の生い立ちを秘密にしてるわけじゃないけど、話すタイミングがよく分からない。
「洋ちゃんは子供の時から、ポヤ~ンとしてて掴みどころがなかったからね」
千春ちゃんがボクの皿からミニトマトをつまんで食べだした。
「掴みどころのなさは生まれつきなのか」
将さんと宮さんがなぜか悲しそうな顔になる。
「ううぅ、暑っ!日差しで焦げた!消毒しないと。アーヤぁ、梅サワー1つ!」
「何度も言ってるでしょ!うちは昼はアルコールだしてないの」
「ええ~、同級生にそんな意地悪ぅ言うのぉ。店長の若いころの武勇伝、ここで大声で語っちゃうよぉ」
ここでも絡んでる。店長と千春ちゃん同級生なのか。じゃあ、このままここに千春ちゃんを置いていっても大丈夫だな。
宮さんが困った顔でイルカを避けながらスムージーを飲みだす。新たに水着のお姉さんの集団が隣のテーブルにやってきて、さらに肩身が狭くなる。
白いクリームの布団の中で眠るクマのかわいらしいパンケーキを前に戸惑っている将さんが意を決して食べ始めた。自分も食べよう。……ハト、食べづらいな。
食べ終わる前に、店長がやって来て、お願いだから千春ちゃんを連れて帰ってくれと懇願されてしまった。置いていこうとしたの気づかれたらしい。
伊与里先輩も連れて行っていいからと言われても……
なんでみんな先輩たちを差し出してくるんだろう。
虚ろな目をした先輩たちと店を出たら、幼馴染3人に待ち伏せされていた。
「洋太―!」
鼻息荒く詰め寄って来ようとした幼馴染たちの足が止まる。気づいたようだ。背後の存在に。
「ああー!ヒヨ、モエ、ナナ!会いたかったあぁぁぁ」
「千春ちゃん?!昼から酔っ払ってんの?」
千春ちゃんが幼馴染たちに抱きつく。これはチャンスなのでは。
「ヒヨちゃん!モエちゃん!ナナちゃん!千春ちゃんのこと、お願い!」
両手を合わせて幼馴染たちを拝む。
「はぁ?なに言って」
「お肌すべすべ―。いいな。いいなぁ」
千春ちゃんが幼馴染に絡みついていく。
「ぎゃー、ちょっとぉ、チューしてこないでぇ!千春ちゃん」
千春ちゃんに襲われている幼馴染たちを置いて逃げる。遠くから怨嗟の叫びが聞こえてきてるけど、あの3人なら何とか切り抜けられるだろう。




