妖怪
「あら、深刻な話?」
ばあちゃんがひょっこりと顔を出した。寄合が終わって帰って来てたみたいだ。
「ちょうどよかった。ばあちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
「なにかしら?」
好奇心に満ちた目を向けてくるばあちゃんに困ってしまう。詳しい説明をするのは、ちょっと気恥ずかしいんだよな。とりあえず尋ねたいことだけ聞こう。
「ばあちゃん、このCDをどこで見つけたか覚えてる? 」
ばあちゃんが首を傾げる。
「どこで見つけたかと聞かれても……。そのCD、洋ちゃんのじゃないの?」
「ほら、あのラジオが聴ける白いCDラジオプレーヤーに、このCDをセットしたの、ばあちゃんでしょ?」
思い出してもらうために説明するが、ばあちゃんはピンと来ないのか眉を寄せたままだ。
「覚えないけど……?洋ちゃんのCDラジカセ使ったことないわよ?使い方、よく分からないもの」
「え?あのCDプレーヤー、ばあちゃんのでしょ?」
「違うわよ?洋ちゃんのじゃないの?」
「………ボクのじゃないよ。ばあちゃんのだと、てっきり……」
「あら?じゃあ、あのCDラジカセ、……誰のなのかしら……?」
場が静まり返る。
「……つまり、CDどころか、そのCDプレーヤーも出どころ不明ってことか?」
先輩たちの顔が若干強張った。
「……そうみたいです………」
「あら、困ったわねぇ。そんなこと、あるのね」
気まずくてばあちゃんといっしょに、先輩たちから視線を逸らす。だって、物がなくなってるなら、おかしいと思うけど、増えててもおかしいとは思わない。
……普通はおかしいと思うのかな……?
「じゃあ、そのCDプレーヤーを調べれば、何か分かるんじゃないか?」
宮さんが冷静なコメントをする。
「そうだな。CDプレーヤーごとCDの持ち主のものってことだものな。そのCDプレーヤーはどこにあるんだ?」
「今、持ってきます」
部屋に取りに行こうとしたら、寅二郎が行く手を阻むように立ちふさがった。ボクのアイスを狙っているようだ。
「寅二郎、たくさん食べただろ」
アイスを狙いに来た寅二郎をたしなめる。
「あげないつもりか?」
「かわいそうだろ」
「残酷な真似するなよ」
「うああぁぁううぅああん」
なぜか先輩たち全員、寅二郎の味方になってる……
部屋に戻って、長方形の白いCDプレーヤーを居間に持っていく。全員が奇妙なものを見るような目つきで、CDプレーヤーを凝視しはじめた。
「ボタンの表示が日本語で書いてあるから、日本で買ったものだろうな」
「これといって不審な点はなさそうか……」
伊与里先輩がボタンを押してCDを置くところの蓋を開けた。なぜか眉を寄せて凝視している。
「遠岳、もしかして、あのCDが割れたのって、このプレーヤーから取り出そうとした時か?」
「そうです!なんで分かったんですか?」
先輩、お寺の息子だし、妙な能力でも持ってるのかな?
「あ~、やっぱりな。接着剤らしき跡がある。CDを取り外せないように細工がしてあったみたいだな」
「え?そうだったんですか?」
それで取り出すの失敗したのか。
「なんだそれ?なんでそんなことする必要があるんだ?」
「誰がそんなことしたんだ?目的が全く分からねぇ」
将さんと宮さんの言う通り、目的が分からない。なんでそんなこと……
「……CDに奇妙な細工までしたのは、聴かせる相手を限定したかったのかもな」
「限定っていっても聴いたの遠岳だぞ?子供にだけ聴かせて何の意味があるんだよ?」
確かにボクにだけ聴かせて何の意味が……
「………なんか、ちょっと怖くね?」
将さんが声を潜めて呟く。
「作曲者は生存確認できない。CDどころかCDプレーヤーまで出所不明。曲を聴かせる相手を選んでいた形跡あり、接触してきたのは自称作曲者の外国人家族だけ」
「普通じゃないよな……」
「ただの忘れ物じゃないのは確かだな……」
先輩たちが大げさなこと言いだしてる。
「昔のホラー映画でさ。呪いのビデオテープみたいなのあったよな?似てなくね?」
「映像をみると呪われるんだったか?だとしたら、曲を聴いた者は……」
三人の視線がボクに向けられる。
「似てませんよ。それに曲を聴いたボクは、こうして元気に生きてます!」
なんで、いきなりオカルトに話を持っていくんだ。
周囲を気にするように宮さんが、姿勢を低くして上半身を前に傾けてきた。
「……実は言うの憚ってたんだけどさ。ここに来てから、夜中にさ、スーっと戸が開いて、布団の周囲をグルグル歩き回る足音が……」
「ああ!俺も聞いた!アレ、やっぱり夢じゃなかったのか!」
宮さんと将さんの目には恐怖が宿っている。ふすまが開いてグルグル歩き回る足音?
「それは寅二郎ですよ。深夜になると一部屋一部屋戸を開けて、起きてる人間を探し回るんです。その時、起きてることに気づかれると遊んであげるまで寝させてくれないだけで、寝たふりしていれば大丈夫です」
「なんだよ、それ。もはや妖怪じゃねえか」
将さんが寝転ぶ寅二郎を奇異なものを見る目で見つめる。
妖怪扱いしなくても。犬ならよくする行動なのに。ちょっと、家族が甘やかして我が儘に育っただけで。
「オレは知ってたよ。寅二郎だって。気配がした時に、起きちまったからな」
伊与里先輩が寅二郎から視線を逸らし、遠くを見つめだした。
「……そうですか。起きてしまったんですか」
「……起きたのか」
「……起きたか」
伊与里先輩、起きちゃったんだ。これから毎晩、狙われるだろうな。
気の毒に……
「よかったわねぇ。無事、解決したみたいで。お祝いにお茶でも入れましょうか?」
それまで、成り行きを見守っていたばあちゃんが、にっこり笑って立ち上がった。
「ありがとうございます」
「この後、練習もあるし、水分補給しとかないとな」
暗い空気が吹き飛び、ばあちゃんと先輩たちが和やかに談笑しはじめる。
……CDのほうは、何も解決してないんだけど……




