夏がはじまる
ボク一人にトラブルはあったけど、演奏を聴いたマサさんとマスターには絶賛してもらえた。
夕方になりマサさんとマスターが帰るというので、ボクたちも一旦ばあちゃんちに戻って夕飯にすることにした。
「おかえりなさい」
「「「「ただいまー」」」」
ばあちゃんが夕飯を作って待っていてくれた。テーブルの上には、山盛りの料理の数々。
「すげえ、豪勢」
「見たことない料理がある」
「本当は昨日、歓迎のごちそうを用意しようと思ってたのだけど、仕事でダメだったでしょ?だから、今日は頑張ってみたの。口に合うといいんだけど」
「合います!合います!」
将さんが嬉しそうに席に着く。全員が席に着くと、ばあちゃんが姿勢を正した。
「将吾くん、巳希くん、凪くん、小笠原にようこそ。そして洋ちゃん、お帰りなさい」
ばあちゃんがにっこり微笑む。
「ありがとうございます。これからお世話になります」
「えっと、ばあちゃんじゃなんだし、照子さん?でいいのかな?よろしくお願いします」
「照子さん、夏の間、お世話になります」
先輩たちが改めて挨拶をすると、ばあちゃんの笑顔が一層深まった。
夕食の片付けを終わらせて、エレキとアコギ2本を持って先輩たちと海辺の家に向かう。夏は東京より小笠原のほうが日の入りが早いため、すでに日は沈み、辺りは薄暗くなっている。夕方になる前にマスターは港町の家に帰るので、カフェは無人だ。
明かりを点けると、落ち着きのあるカフェが現れる。
「そのアコギ、動画の中で弾いてたやつか?触っていいか?」
「はい、チューニングの途中ですけど」
興味津々といった目で、ボクのアコースティックギターを見つめている宮さんに渡す。宮さんってギター好きだよな。
「じゃあ、オレが続きしてやる」
「いいギターだな。持ち主が分からないって言ってたけど、どうだったんだ?」
宮さんが調整をしはじめたギターに、伊与里先輩も興味を持ったらしく、目を細めて観察している。
「ボクへのプレゼントだったみたいで」
先輩たちにばあちゃんから聞いたことを、ざっと話す。
「そのシロさんっていうのは何者なんだ?」
「ばあちゃんちの近所に住んでいた面倒見のいいお兄さんで、子供の頃、よく遊んでもらってたんです。ボクにギターの弾き方を教えてくれたのも、そのシロさんなんです。ボクが高学年になった時に島を出て行ってしまったんですが」
今考えると、近所の子供のお守りしていたようなものなのに、シロさん嫌な顔せずに遊んでくれていたな。
「遠岳のギターの師匠か。ガキのわりにアコギを器用に弾いてるから誰かに教わったとは思ってたけど」
伊与里先輩が言ってるのは子供の時の動画のことだろう。あれは適当にそれっぽく弾いてるだけなんだけど……。原曲を知らないと器用に弾いているように見えるのかな。……適当だったことは黙っておこう。
「シロさんのギターの教え方は遊びみたいで、面白がって真似してるうちに、なんとなく似た音が出せるようになってたんですよね。なのでギターの練習をしたという記憶があまりないというか」
「いい師匠じゃねえか」
伊与里先輩がニヤリを笑う。そういえば先輩たちって、どういう風に覚えたんだろう?誰にも教えてもらわずに、あんなに弾けるようになるもんなんだろうか。
「オレもそんな師匠欲しかったな。挫折の繰り返しで、何度ギターを放り出したくなったか……」
宮さんにも、そんな時期があったんだな。そういえば、伊与里先輩にベースからギターに変えられたと聞いた覚えが……
「近所の兄ちゃんかぁ。……あの謎の曲を作ったのが、そのシロさんって兄ちゃんの可能性は?」
ドラムスティックをくるくる回しながらの将さんの質問に、数瞬、考える。
「……それはないと思います。シロさんは日本人ですし、島で働いていた普通のお兄さんって感じでしたから」
シロさんから曲を作ってると聞いたことないし、日本人のシロさんがスペイン語の曲をいきなり作るだろうか?
「だとしても、遠岳の身近にいた音楽に関わりある人物というなら、なにかしら関わってる可能性はあるんじゃないか?」
「そうですね。シロさんが一番関わりありそうではあるんですよね。連絡は取ってみるつもりなんですが、返事をくれるかどうか」
島にいた近所の子供のことを覚えているかどうか……。シロさんと連絡が取れたら嬉しいけど、迷惑でしかない気も……
宮さんがアコギを手に取り、視線を上げる。
「ちょっと弾いてみていいか?」
「どうぞ」
嬉しそうに宮さんがアコギを弾きだした。温かみのあるアコースティックギターの音色が波の音を消していく。
ボクが弾いても、あんな音色はでないんだよな。同じギターなのに。不思議だ。
「そろそろ、練習始めるぞー」
「やるかー、気合い入れてっ」
「お~ら、遠岳ぇ、今度は弦切るなよ」
「取り替えたんで大丈夫です」
……大丈夫だよね?先輩の言葉で、不安になってきたよ。
島での生活が始まった。
ばあちゃんは看護師として病院に、先輩たちは朝早くからバイトに。ボクは海辺のカフェに。
「おはようございます。何してるんですか?」
今日もマサさんが何か作業をしていた。ドラムが設置してある後ろの壁にパネルのようなものを貼っているようだけど。
「余っていた吸音ボードがあったからさ、取り付けようかと思って。これで音が少しはクリアになると思うよ」
「え?!そこまでしてくれなくてもいいですよ!」
カフェにそんな設備必要ないだろうから、どう考えてもボクたちのためだ。
「資材を寝かせておいても邪魔なだけだからね。手伝ってくれるかな?」
「はい!手伝います!」
マサさんは大人だな。遠慮しなくていい完璧な理由を言ってくれる。
「ふふ、洋太くんの歌を聴いて、青春時代を思い出してね。うれしくてさ。今の若い子はバンドやロックになんて興味ないと思ってたから。今は、ほら、パソコンで一人で曲を作ってネットに上げるのが主流なんだよね?」
「ボクはそっちの方面には詳しくないので」
「そうかぁ、洋太くんが詳しくなくてよかったよ。うん、うん」
パネルを設置しながらマサさんが楽しそうに笑い出した。
「洋太くん、ロック歌えるんだもんなぁ。感動しちゃったよ。洋太くんの声はロックに合ってるよね。少年らしさがありながら聴き心地のいい低音で」
「そうですか? へへ、ちょっと嬉しいです」
大人の人に褒められることって、あまりないから照れ臭い。
「マサさんが高校生の頃はバンドやロックが人気だったんですか?」
「うん、学校に行くとみんな音楽の話してたよ。好きなバンド、好きな曲を競い合うように友達に薦めたりしてさ。ロックだけじゃなく、あらゆるジャンルの曲が話題になってたなぁ」
「いいですね。そういうの」
音楽の話ができるのは先輩たちとくらい。柏手くんと友達になったから、少しは学校でも話せるようになるかな?同じクラスじゃないから話す機会があまりなさそうなのがなぁ。
「学生時代だって辛いこと多かったはずなんだけどね。思い出すのは楽しかったことばかりなんだよね」
懐かしむように遠い目をしたマサさんが、不意にボクに視線を移してきた。
「洋太くんは今まさに楽しい思い出を作ってるところなのか。いいなぁ」
「ははは、毎日楽しいです」
思わず笑ってしまったら、マサさんもつられて笑い出した。
「ボクからみたら、君たちみんな青春時代だよ。なんだって挑戦できるんだからさ」
裏口から聞こえてきた声に顔を向けるとマスターがニコニコと笑いながら店に入ってくるところだった。
「マスター、おはようございます」
「おはよう。洋ちゃん、今日もよろしくね」
派手なシャツを着こなしているマスターが、カウンターに荷物を置く。大きなトートバッグの中から鴨のぬいぐるみを取り出し、寅二郎に向けて振り出した。
「親父が一番、今を楽しんでる気もするけど」
「そうですね。いつも楽しそうです」
「そうだねぇ。毎日楽しいね」
マスターから奪い取ったぬいぐるみを寅二郎が嬉しそうに振り回すたびに店内にキュッキュッと音が鳴り響いた。
マサさんは仕事があると言って、すぐに帰ってしまったので、マスターと二人で客を持ったけど来る気配は微塵もなかった。
宣伝した方がいいよなぁ。でも、方法が分からない。
どうしたものかなぁ。




