アコースティックギター
宮さんが欠伸しながら、部屋からでてきた。
「おはよーさん」
「おはようございます」
「おーっす」
「おはよう」
「ん?……あ!遠岳のばあちゃん?…っ、お邪魔してます!」
寝ぼけた感じだった宮さんが、ばあちゃんの存在に気づいてシャキリと姿勢を正す。
「いらっしゃい。ふふ、宮ノ尾くんね?洋ちゃんから聞いていたから一目で分かったわぁ。よろしくね」
「そうなんですか。洋太くんはボクのことなんて言ってました?」
笑顔の宮さんが、変なことを聞く。
「シベリアンハスキーみたいだって」
「ほおぉぉ」
ばあちゃん、なんで言うの。
「いや!あのですね!見た目のことで」
「……見た目がシベリアンハスキー?髪の色?目つきか?」
宮さんの眉が寄る。
「俺のことも一目で分かりましたよね?なんて言ってたんですか?」
「赤鐘くんのことはセントバーナードって」
「セントバーナード……、大きさか」
「もしかして全員を犬で例えてるのか?じゃあ、もう一人の伊与里凪のことは何て?」
「聞かなくても……」
「伊与里くんはプードルね。プードルみたいな愛らしい男の子って、どんな感じなのかしら。会うのが楽しみだわぁ」
ばあちゃんが嬉しそうに微笑む。
「ブフッ」
「一点だけで、特徴を捉えすぎだろ」
宮さんと将さんが堪えきれずに笑い出す。
先輩たちを連れていくって言ったら、どんな感じの子たちなのか、ばあちゃんが聞いてきたから答えただけなのに。
「ばあちゃん、……もう、やめ……」
「プードルね~」
背後から地を這うような低い声が聞こえてくる。
「……起きてたんですか。伊与里先輩」
振り返ると、ぼさぼさの髪の先輩が縁側に立っていた。笑顔が怖い。
「まあ、君が伊与里くんね!イメージ以上ね!いつも洋ちゃんがお世話になってます」
「あ、こちらこそお世話になります」
「焼きたてパン買ってきたから、朝御飯にしましょう」
ばあちゃんが先輩の毒気を抜いてくれて助かった。
朝食をとると、先輩たちはチラシの中から選んだバイト先に向かった。
伊与里先輩はカフェ、
宮さんは大衆食堂、
将さんは漁港手伝いとノヤギの捕獲仕事、……ノヤギの捕獲って、どういうバイトなんだろう?
残ったバイトのチラシを見ながら居間でまったりしていると、ばあちゃんが冷たいカフェオレを淹れてきてくれた。
「洋ちゃんは、バイトいいの?」
「豊増さんが始めたカフェを手伝うことになってるよ。あとは畑仕事と時間を見つけてできそうな仕事をやろうかなって」
「そうかー、洋ちゃんも、もう高校生だものね」
なぜかしみじみし始めたばあちゃんに困ってしまう。
「そうだ!ばあちゃんちにあるギター貸してくれない?」
「ギター?ああ、あれね。どこにしまったかしら?」
「そうそう」と言いながら北側の部屋に入っていったばあちゃんが、見覚えのあるギターケースを抱えて戻ってきた。
オレンジ色のギターケースを開くと、甘い香りが広がる。
手にしたアコースティックギターを、改めてじっくり眺める。
今まで気にしたことなかったけど、謎の多いギターだよな。見た目は普通のアコースティックギターだけど、ヘッドの部分を見るとロゴはなく、指板の表面についてるポジションマークはウミガメの形をしている……
メーカーがどこか分からない。もしかして、オーダーメイドのギターなのかも。
「ねえ、ばあちゃん。このギターって誰のなの?」
「……誰のって、……洋ちゃんのよ」
ちょっと困った顔になったばあちゃんが微笑む。
「シロさんが島を出ていくときに、置いていったのよ。洋ちゃんに渡してほしいって言って」
「あのギター、シロさんのだったんだ」
「シロさんからのプレゼントだって言いたかったんだけどね。言わないでほしいってシロさんに頼まれてたの。洋ちゃんがギターを見て寂しがると思ったのね。優しい人だったから」
そうか、このギターはシロさんの。
シロさん……。シロさんが島を出て行ってしまった時は、ショックだったな。
「もっと早く洋ちゃんに渡さないといけなかったのにね。つい、渡しそびれちゃって。このギターがうちにある間は、洋ちゃんが遊びに来てくれるかな、なんて思ってしまって」
「ギターがなくても帰ってくるよ」
変なこと言うばあちゃんだな。
「ふふ、そう、ね」
ばあちゃんが嬉しそうに笑う。
ギターはシロさんからのプレゼントか。そうなると、このギターは謎のCDとは関係ないってことか……
でも、もしかしたら……
「じゃあ、あのCDも、もしかしてシロさんの?」
「CD?」
「ボクがよく聴いてた」
「ああ、あのCDね。シロさんから預かったのは、ギターだけよ」
「そうかぁ。あのCDの持ち主が知りたいんだけど、誰か思い浮かばない?」
「う~んん、そう言われてもねえ。洋ちゃんのものかと思ってたくらいだし」
「……分からないか」
ばあちゃんも知らないCD。
何で家にあったのかさえ、分からないCDかぁ。何なんだろう。あのCDは……
「シロさんだったら、何か知ってるかもしれないんだけどなぁ。連絡先分からないしなぁ」
「メールアドレスなら聞いてるわよ。今でも使ってるかは、分からないけど」
「教えて!シロさんの連絡先!」
ああ、でも、いきなりメールを送ったりしたら迷惑かなぁ。でも、もう一度、話したいな。シロさんと。




