カレー
先輩たちとばあちゃんちに戻って、一息つく。
家にばあちゃんはいない。まだ、病院かな。今日は帰ってこれるのかな?
「思ってた以上にいい場所を貸してもらえたし、明日からばっちり練習しようぜ」
「バイトの時間を調整して、なるべく練習できる時間を作りたいよな」
「仕事の内容を書いたチラシを貰ったよな?……あった。これだ」
先輩たちが居間でバイトを吟味しはじめた。
バイトか。シゲさんの手伝いをすることになったけど、ボクも空いてる時間にバイトしてみようかな。
「洋ちゃんいるー?」
外からボクを呼ぶ声。この声は、隣の磯村のおばちゃん?どうしたんだろ?
玄関を開けるといい匂いが漂ってきた。
「照ちゃんは仕事だし、洋ちゃんたちも今日は疲れてると思って、カレー作って持ってきたから夕飯に食べてね」
「ありがとう。おばちゃん」
鍋いっぱいのカレーを磯村のおばちゃんから受け取る。
おばちゃんのカレーは少し辛目だけど美味しいんだよなぁ。
「ふふ、洋ちゃんが今年も帰ってきてくれて、おばちゃん嬉しいわ。困ったことがあったら、いつでも言ってきてね」
「ありがとう」
磯村のおばちゃんには小さい時から世話を焼いてもらってきたから、つい甘えてしまう。
鍋をコンロの上に置いてから、居間でバイト探し中の先輩たちに声をかける。
「あのー、今日の夕飯はカレーでいいですか?隣のおばちゃんが持ってきてくれたんですけど」
「カレーかぁ。いいね」
「食べに行くの面倒だったから助かる」
「おう、カレー大歓迎。いくらでも食えるぜ」
将さんが満足するほどの量、あるかな?他のおかずも用意した方がいいだろうか?ばあちゃんは夕飯、どうするんだろう?
スマホを見ると、ばあちゃんから連絡が来ていた。今日は病院に泊りになるそうだ。先輩たちを紹介したかったけど、仕方ないか。
「ああー!忘れてた!」
ボクに視線を向けていた伊与里先輩がいきなり立ち上がった。どうしたんだろう?慌てた様子で先輩がスマホを勢い良く操作し始める。
「なんだよ。騒がしい奴だな」
「ああ?!お前らなぁ、大事なこと忘れっ………」
言葉を途中で止めてしまった伊与里先輩が、ニヤリと笑顔になった。
「やったぞ」
「なにを?」
「今日だったろ。結果発表」
結果発表?なんだろう?
伊与里先輩の言葉が理解できず、束の間、沈黙が流れる。
「結果……、ああー!そうだよ!どうだったんだ?!…って、その顔っ!そうなのか?」
「え?マジか?本当に?」
将さんと宮さんまで、興奮しだした。なにかあったのかな?
伊与里先輩と目が合う。
「遠岳、……お前、分かってないな?」
「え?……えっと…」
「今日だったろ!アカフジの審査結果!」
アカフジの審査結果……
「ああ!そうでした!今日でした!……それで、どうだったんですか?」
聞かなくても、結果は分かってるけど。……出だしから、失敗しちゃったものなぁ。
口の端を上げた先輩がスマホを前に突き出す。
「アカフジ出演、決定したよ」
「……は?」
伊与里先輩の声はよく通るので聞き間違ってはいないはず。
出演決定って確かに聞こえた。
「よく見せろ!」
将さんがスマホをひったくり、画面を凝視する。宮さんも慌てて覗き込む。
「おおおおぉぉー!!マジだあぁぁ!!」
「載ってる。ザッシュゴッタの名前が!すげえ。マジだよ!」
将さんと宮さんが子供のようにはしゃいでいる。
……やっぱり、出演決定したのか。
「優勝でも準優勝でもなく、特例の審査員特別賞だけどな」
「そりゃ、また、荒れそうな結果だな」
伊与里先輩の言葉に将さんと宮さんが苦笑する。
特例ってことは、特別枠で出演が決まったってことか……。確かに、荒れるだろうな。そんな特別扱いを素人高校生バンドにしたなら。
「それでも、でるだろ?」
「当然」
「無論」
先輩たちが一斉にボクを見てくる。
「は、はい、でます」
ここまで来たら、やるしかないよなぁ。出ても出なくても批判されるだろうから、出演して批判された方がマシだ。歌を聴いて、部長たちや柏手くんのように気に入ってくれる人も出てくるかもしれないし。
「オレたちが出演するのは、最終日の31日。まあ、朝一だから観客は少ないだろうけどな」
「それでも充分だよ。アカフジは、オーディション組用の小さいステージ用意したりせずに、プロと同じステージで歌わせてくれるんだぜ。深夜だろうが早朝だろうが文句ねえよ」
「まさか、結成5か月足らずで、アカフジにでることになろうとは、……感動だ」
「今から感動してどうすんだよ。ステージの上で感動しろよ」
「こりゃあ、練習も気合い入れねえとなぁ」
先輩たちがこんなに興奮してるの初めて見たかも。それほど、凄い事なんだよな。アカフジに出演するって……
なんか……大変なことになっちゃったな……
早朝、先輩たちがまだ寝てるうちに、寅二郎と畑に向かう。ばあちゃんが趣味でやっている小さな畑だけど、たくさん収穫できた時は販売所で売ったりもしている。島にいる間、畑を手伝うことで、その売り上げをお小遣いとしてもらっているので、ボクの貴重な収入源だ。
山の斜面にある畑は見晴らしがいい。振り返ると遠くまでよく見える。見えても海だけではあるんだけど。
「あ!」
海際の高台に建っていた小さな白い家が見当たらない。前に来たときはあったのに。
「おはよう。洋ちゃん、寅二郎ちゃん」
声をかけられ振り向くと、磯村のおばちゃんが畑道を登ってくる姿が見えた。
「おばちゃん、おはよう。昨日はカレーありがとう。先輩たちも喜んでたよ」
「あら、よかったわぁ」
ばあちゃんの畑の隣りが、磯村のおばちゃんの畑なので、こうしていっしょに畑仕事をすることが多い。
「何見てたの?」
「いえ、あの、……あそこにあった白い家、なくなったんだなって」
「ああ、シロさんが住んでた家ね。おととしの台風で被害を受けたみたいでね。今年になって、やっと買い手が見つかって取り壊したみたいね」
「……そうなんだ」
あの家はもうないのか。シロさんが出て行ってから、誰も住んでいなかったみたいだし、いつかはなくなってしまうだろうとは思ってたけど。
……シロさんはもう戻ってこないんだな。
よそから島にやって来て、また島から出ていった人が戻ってくることは少ない。分かっていたことだけど、寂しいな。
畑仕事を終えて、収穫物を持って家に帰ると、将さんが庭でスクワットしていた。
「おはようございます」
「おう、遠岳、早いな。出かけてたのか?」
「はい、裏の畑に。色々採ってきたので、食べられそうなモノ食べていいですよ」
「……食べていいと言われてもな。遠岳、もしかして料理あまりできない?」
「包丁が苦手で……。切らなくていいものなら多少は」
「それなら俺が作ってやるよ。こう見えても料理は得意じゃないけどできないこともないからな!」
料理の腕を自慢してるようでしていない。
「気になってたんだけど、あれも食べられるのか?」
将さんが縁側の一部を覆うように生えている植物を指さす。
「ゴーヤなので食べられますよ。食べますか?」
「ゴーヤなのか。でも、実がまだ白いぞ?」
「え?……ほんとだ。日に当たらなかったからかな?」
ゴーヤの葉っぱだし匂いも形もゴーヤなのに、実が真っ白だ。
「それは、白ゴーヤよ」
背後から声が聞こえ振り向く。
「ばあちゃん!」
「よく来たわねぇ。洋ちゃん。赤鐘くん」
鮮やかなオレンジの服を着たばあちゃんが、飛びつく寅二郎を撫でながら笑っていた。
久しぶりに見るばあちゃんは、変わらず元気そうだ。




