青空
人のいないエントランスをのんびり歩いていく。
今、ステージに立っているのは、サックスとギターの女性二人組だ。色々あったけど、出演したんだなぁ。よかった。
「はあ~、疲れた。疲れた」
伸びをする将さんに釣られ、自分も伸びをする。
はああぁぁぁ~、終わったあぁぁぁ
「疲れたか?」
宮さんに帽子ごと軽く髪をもみくちゃにされる。
「平気です。歌ったら疲れも何もかも吹き飛びました」
思わず笑い顔になると、宮さんも笑い出した。
「あ~、吹き飛んだよなぁ」
伊与里先輩も笑いながら、頭を軽く小突いてくる。
「……あの、……ありがとうございました」
先輩たちに向かってお礼を言うと、不可解という表情を返された。
「なんだ?急に」
「……今日は、先輩たちに助けてもらいっぱなしだったので、……その…」
喧嘩に巻き込まれた時も、ステージ上でも先輩たちに助けてもらわなかったら……
「おう、オレの偉大さが分かったか」
「はい!分かりました!」
伊与里先輩の助け方はかっこよかった。
「あ?!……あ~、そう…か、…なら、いいけどよぉ………」
なぜか気まずそうに伊与里先輩が視線を逸らす。
「ブフッ」
「ひひゃははははは、そこで肯定しちまうところが、遠岳だよな」
「え?なにがですか?」
笑い出した宮さんと将さんに意味が分からず尋ねるが笑って答えてくれない。笑われるようなこと言ってないと思うけど……
「結果は3日後に発表だそうだし、もう帰ろうぜ」
伊与里先輩が笑ってる二人を小突いて出口へと誘導する。足取りは軽い。重荷がなくなって気分は晴れやかだ。
入り口近くの人影がボクたちの行く手を遮るように立ち止まった。
見覚えのある人影。印象的な黒Tシャツタトゥーの髭……
「ノーテンキレッドの」
ボーカル。何で、ここに……
先輩たちがざわつく。
「今、ノーテンキって言ったか?」
「言ったな。ノーテンキって」
「うちのボーカルが、また喧嘩売ってるぞ。どうする?」
先輩たちがヒソヒソとおかしなことを話してる。髭の人に聞こえて誤解されたら、どうするつもりなんだろう?
髭の人が目の前までやってきた。おもむろに握りこぶしを突き出し開いた。
ごつい手のひらには、青いピックが……
「これにサインしてくれんか?」
「え?サイン?」
ボクがリハの時に落としたピックに見えるんだけど……
「サインって、どういう……」
助けを求めるように先輩たちのほうに顔を向けると、
「ローマ字でTAKEとでも書いときゃいいんじゃねえか」
宮さんが顔を引きつらせながらアドバイスしてくれた。
TAKEと書いて渡すと、ポケットにしまってしまう。返してくれるわけじゃないのか……
「俺のも渡すわ」
髭さんからマジックで『オウミ』とサインがしてある真っ赤なピックを手渡される。
「アカフジで会えるとええな」
そう言うと、髭さんは背を向け去っていった。
なんだったんだろう。ピックを交換し合ったような感じになったけど……
「サッカーで試合後ユニフォーム交換するように、ライブ後にバンド同士でピックを交換し合う慣習があったり……」
「しないな」
「ねえな」
「ないぞ」
先輩たち全員が否定してくる。
「え?じゃあ、これはなんですか?」
手の中にあるノーテンキレッドのボーカルの名前が書かれてるピックは……
「オレたちに聞かれてもな」
「関西の慣習じゃねえか」
「そうだな。関西なら、そういう慣習ありそうだな」
「関西の……」
そうか。関西の慣習。……関西には甲子園があるし、サッカーの慣習が根付いてるのかな。
「あ、遠岳くん」
遠くから聞こえてきた声に顔を向ける。この落ち着く声は。
「部長、副部長」
笑顔で手を振る部長たちに、手を振り返す。
「部長?副部長?」
「部活の先輩の杉崎部長にヨッシー副部長です」
将さんの疑問に答えると、「ああ、部活か」と納得したように頷いた。
「凄かったね!やっぱり遠岳くんたちの歌は世界一だよ!」
「最高―だった!感動しちゃったぁ」
部長たちが興奮気味に褒めてくれる。楽しんでもらえたようで嬉しいな。
「ありがとうございます。部長たちの応援のおかげです」
あの応援にはすごく勇気づけられた。
「ああ!客席でペンライト振ってくれてた子達か。ばっちり、見えてたよ。ありがとな」
「世界一は大げさだけど。ありがとう」
「おー、ありがとな!こうストレートに褒められると嬉しいもんだな」
将さんが満面の笑みで喜んでいる。宮さんと伊与里先輩が少し照れくさそうに礼を言っている。先輩たちにも見えてたのか。部長たちの応援。
「部長たちも帰るんですか?」
まだライブは続いている。ボクたちは観る元気ないけど部長たちもなのかな?
「うん、聴きたかったザッシュゴッタの歌は聴けたから。それにちょっと気になる情報があって」
「気になる情報ですか?」
なんだろう?
「それがね、食通たちの間で話題になってる移動屋台があるんだけどね。その屋台が、この近くに来てるらしいの。謎の外国人が作る謎のギリシャ料理らしくてね。観光で日本に来てたギリシャ人も初めて食べたって感激するほどの料理なんだって。だから、帰りに寄っていこうって話してて」
「謎って、大丈夫ですか?ギリシャ料理なのにギリシャ人が食べたことないんですよね?怪しくないですか?」
「大丈夫だよ。美味しいって書いてあったもん」
「……そうなんですか」
美味しいなら大丈夫なのか……?
「謎のギリシャ料理かぁ。いいな、俺たちも行こうぜ」
「昼に軽くしか食ってなかったもんな」
先輩たちまで行く気になってる。
「お、遠岳のお友達も出てきたな」
柏手くんもホールからでてきたので、全員でその謎のギリシャ料理の屋台に行くことになった。何かあっても、腕力自慢の二人がいるから大丈夫だろう。
外に出ると、青空が広がっていた。
「青空だ」
「梅雨が明けたか。明日から夏だな」
伊与里先輩がまぶしそうに空を見上げる。釣られるようにみんなで空を見上げる。
夏が始まる。
いつもとは違う夏だ。楽しい夏になるといいな。




