争い
部長たちがせっかくだから店を少し見て回ってくるというので、ボクだけ会場に戻ることにした。
まだ客席にいるはずの先輩たちを捜そうと建物の中に入ると、妙にざわついていた。エントランスに人があふれている。
「変だな。まだライブ中のはずなのに……」
なんでこんなに人が……。ライブはやってないのかな?
「ホールには入らない方がいいよ」
会場に入ろうとしたら、近くにいた女性に止められた。
「あの、なにかあったんですか?」
「観客の一部が揉めだしちゃってさ。それが会場全体にどんどん飛び火して、小競り合いがそこかしこで始まっちゃったんだぁ」
「それで、うちらは避難してきたわけ」
「ええ?!」
そんなことになってたなんて。先輩たちは大丈夫なのかな?
「脳天レッドのファンがミーミーチューの歌をバカにしてミーミーチューのファンが怒って殴りかかったらしいよ」
さらに詳しい状況を後ろにいた男性が教えてくれた。ノーテンキレッドって、確か、あの黒Tシャツタトゥーの……
「2組ともファンの気性が激しいことで有名だからな。あの会場の雰囲気なら、なるべくしてなったと言えるか」
眉根を寄せた別の男性も話に加わる。ここにいる人たちからも苛立ちを感じる。ライブを楽しみに来たんだから当然だ。今日の最終審査はどうなるんだろう。中止になるんだろうか?
扉の向こうから怒鳴りあう声が聞こえ、慌てて後ろに下がると、数人が押し合うように中からでてきた。
「放せよ!悪いのはそいつだろっ!」
「ああぁぁあ?!そっちが先に殴りかかってきたんやろぉがっ!ぁぁあ!!」
警備員に押さえつけられながら歩いてきたのは、見た目は普通な感じの男性二人だった。この人たちが揉め事を起こした張本人たちかな?
「ライブ中にミーミーチューを中傷するよーなこと言ったからだろ!」
「アカフジに出るレベルに達してへんのは事実やろぉ!事実を言われたからって殴りかかってくんなやっ!」
「ああぁぁあああああああ」
罵り合いから掴みかかろうとする二人を警備員が必死に抑え込もうとするが、うまくいかずに人垣に雪崩れ込む。
「きゃあぁ」
逃げようとした女性がつまずき、荷物が手から離れて床を滑っていく。その荷物を捕まえて、倒れたままの女性のもとに駆け寄る。
「大丈夫ですか」
「…ぁ……はい」
泣きそうな顔で荷物を受け取った女性に見覚えがある。確か、リハで自分たちの前にサックスを吹いていた女性だ。
「怪我ないですか?立てますか?」
「…大丈夫…です」
ふらふらと立ち上がろうとした女性めがけて、つかみ合ってた男二人が倒れ込んでくる。
「きゃあぁ」
なんとか女性は避けたが、すぐに立ち上がれないみたいだ。へたり込んでいる女性の近くで、男二人はまだ揉めている。
「やめて下さい!危ないじゃないですか!」
座り込んでいる女性から引き離さないと……
「あああぁぁあああ、すっこんでろやぁああ」
「うるせえぇえんだよっ!ガキ…ぐぁあっ!」
自分に向かって怒鳴りつけてきた男たちが、まとめて吹っ飛んでいく……
一瞬、何が起こったか分からなかったが、誰かが二人に飛び蹴りしたのは見えた。地べたでもつれ合う男たちの傍で仁王立ちしているシルエットに思わず声が出る。
「……柏手くん?!」
飛び蹴りしたのは、同級生の柏手くんだった。
「おう、平気か?」
「え?うん、ありがとう」
助けてくれたのか。度胸あるなぁ。
「クソガキがあぁぁ!何してくれてんじゃああぁぁぁあああ」
「タダですむと思ってんのかあぁぁ」
「はあ?うっせーなぁ。邪魔なゴミが道を塞いでたから、どかそうとしただけだろぉ。蹴られたくなけりゃあ、隅っこで大人しく茶でも啜ってろよ!おっさん!」
柏手くん、なんで火に油を注いでるの……。助けに来たんじゃなく参戦しに来たのか?どうしよう。なんとかして、この二人を抑え込まないとダメだよな。飛び蹴りなんてしたことないし……。とりあえず、落ち着くように声をかけよう。
「落ち着いてください!もとはと言えばあなたたちが暴れて迷惑を」
「はああぁぁあ?ガキはすっこんでろやぁぁぁあああ!!!」
今度はこっちに敵意が向く。あれ?もしかして、ボクまで火に油注いだ?いや、いや、この人たちの沸点が低すぎるだけだよね。
「その辺にしとけよ。どれだけ迷惑になってるか考えろよ。おっさんたちさぁ」
頭上から知ってる声が聞こえてきたと思ったら、怒鳴りつけてきた男が出口の方まで放り投げられていた。
時間が止まったように静まり返る。
「……なんだ?とんでもねえデカいのがでてきた…」
「今、片手で放り投げなかったか?」
「総合格闘家か、なにかか?なんでここに?」
大人の男を投げ飛ばした謎の男を見て、周囲がざわめく。人混みでも確認できる姿に、安堵の息が漏れる。
「……将さん」
身体から湯気を立ちのぼらせた将さんが、立ちふさがるように目の前に立っている。
それまで荒くれていた男二人が、将さんを見て、意気消沈していく。2メートル近くある身長に筋肉の鎧。頭に血が上っていても喧嘩を売ろうとは思えない相手だものな。
警備員が二人を押さえ込む。
「おい、大丈夫か?」
人だかりを掻き分けるように伊与里先輩と宮さんが現れた。
ボクと周囲を見渡した宮さんが、これみよがしにタメ息をつく。
「遠岳は血の気が多いから心配してたけど、やっぱり参戦してたかぁ」
「参戦したわけじゃないです。巻き込まれただけです……」
血の気が多いって……
伊与里先輩が疑いの目を向けてくる。
「だったら、なんで巳希が騒ぎに巻き込まれないように広場にいろって連絡入れたのに、渦中にいるんだよ」
「え?あのメッセージ、そういう意味だったんですか?」
「なんだと思ったんだよ」
心配してくれてたのかと……。いや、心配はしてくれてたのか。でも微妙に意味合いが違うような気はするけど。
「リハで脳天レッドのボーカルにピック投げつけて挑発するわ。本番前に乱闘騒ぎに参戦するわ。血の気が多いボーカルのせいで、ほんと心労が絶えねーわ」
「してないですよ!おかしなこと言うのやめて下さい」
手が滑って落としただけなのに。伊与里先輩は時々、変な冗談言うから困る。周囲に聞こえたら誤解を生むようなこと言わないでほしい。




