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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章

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チョコソフト

 

 開場時間になり、客が入り始める。

 審査ライブといっても、ほとんど普通のライブと変わらない。審査員が目の前で椅子に座って見ていたりもしない。審査員は客に交じってライブを見るらしい。


「オレたちの出番は午後か。どうする?それまで」

「客席に入れるんだろ?他の出演者の歌がどんなもんか、聴きに行こうぜ」


 先輩たちは落ち着いてるよな。周囲のことは気にならないんだろうか?



 開演を告げるアナウンスが流れ、客席の照明が消える。会場がざわつく中、最初の組がステージに登場してきた。

 スポットライトに照らされたラフな感じの服装の5人。ホールから黄色い声が上がる。

 柔らかめのイントロ、優しく高めの歌声。キャッチーなメロディー。アカフジはレベルが高いというのも納得だ。すぐにプロでも通用しそうなバンドだ。


「なんだ?こいつら。コピバンかぁぁ」

「まんまカンロニじゃねーか。恥ずかしくねえのかねえ」


 観客の一部が悪態をつき始めた。


「確かにカンロニだよね~」

「ええ~、こんなのとカンロニをいっしょにしてほしくない。あたしカンロニ好きなのに~」


 ヒソヒソと批判する声が増える。空気悪すぎないか?


「ここにいる観客のほとんどが出演するアーティストかそのファンだからな。自分が推してるアーティスト以外には厳しい反応になるんだよな」

「それにしたって、ひでえな。こりゃあ」


 先輩たちの顔が曇る。他の出演者が突っかかってくるだけでも面倒なのに、観客まで味方じゃないのか……

 今日のライブはやりにくいだろうな。


 2曲やり終えて一組目のバンドがステージを降りていく。黄色い声に交じる拍手はまばらだ。二組目がでてきたが、前よりも歓声は少ない。赤や青の髪のヴィジュアル系バンド。動く歩道で会った人たちだ。またヒソヒソ声が聞こえてくる。


「あ、あの、ボク、外にいます」


 この空気、耐えられない。

 人を掻き分け会場からでてきたものの、エントランスのベンチには黒Tシャツタトゥーの人がいた。とてもじゃないけど、ここでは心休まらない。早足で建物の外にでると、開演前と違い人もほとんどいなくて静かだった。

 ほっと息をつく。今、広場にいるのはアカフジ審査ライブとは関係ない買い物客だけ。それが凄く落ち着く。


 辺りを散策してみようかな。


 そうは思ってみたものの、広場を囲むように立ち並ぶオシャレな店に入る勇気はない。高そう。


 ガラス屋根の下にあるベンチに座ると、なんだかへたり込んでしまいたくなった。なんだろうな。なんであんな空気なんだろ。

 音楽は楽しむものだと思うのにな。


 ぼんやり鳥籠の一部のようなガラスの屋根を眺めていると妙な気分になってきた。ガラス屋根越しに見える、僅かな青空と瞬く間に形を変える雨雲、見下ろしてくるビル。なんだか閉じ込められているみたいだ。


「―――ん」


 名前を呼ばれたような気がした。


「遠岳くん」


 やっぱり聞こえる。名前を呼んでいるのは、先輩たちじゃない。女性の声。

 誰だろう?


 姿勢を戻し、首をめぐらす。

 広場の階段の上で手を振っている二人組が見えた。




 逆光で顔は見えないが、聞き覚えのある声で誰かはすぐに分かった。


「遠岳くん、そんなところで何してるの?」

「一人?」


 華やかな色合いの二人。


「部長!副部長!」


 杉崎部長とヨッシー副部長が、そこにいた。


「来てくれたんですか?」


 最終審査ライブに来てくれるとは言ってたけど、本当に来てくれたんだ。


「来るよ~。ファンだもの」

「楽しみにしてたんだよ。歌が聴けるの」


 裏も表もない笑顔を向けられ、心のイガイガが溶けていく。悪意じゃない好意的な感情を向けられるのは、こんなに心地がいいものなんだ。


「ありがとうございます」


 思わず笑顔になると、部長たちも笑顔を浮かべてくれた。


「応援グッズも揃えて、準備万端だよ!」


 ヨッシー副部長がカバンから取り出したペンライトを、ピシリとかまえる。

 あの殺伐とした会場で、ペンライトを振る気なのか……。気持ちは嬉しいが危険すぎる。


「………えっと、そういうのとは、今日は違う感じなので、……その…お気持ちだけで……」

「……え?…そうなんだ。残念……」

「ライブって初めてだから、やってみたかったんだけどな」


 しょんぼりしてしまった二人に申し訳なさが募る。


「あ、あの、次にうちのバンドがライブをするときには、ぜひペンライトで応援をお願いします!」

「うん、了解!それまでこれは大事に取っておくね!」


 うれしそうにペンライトをしまう部長たちに、思わず口元が緩んでしまう。

 部長たち、本気でライブを楽しみにしてくれてるんだ。できるなら、今日みたいに荒れてる会場じゃないところで、うちのバンドの曲を聴いてもらいたかったな。

 今のところ、次のライブの予定はないけど……


「それはそうと、遠岳くん、こんなとこにいていいの?大丈夫?」


 杉崎部長が首をかしげる。

 出場者たちはみんな客席で見物しているか、会場内で精神集中してたりしてるものな。会場の外でくつろいでいるのはボクくらい。


「ボクたちの出番は午後なので、それまでは大丈夫です。部長たちこそどうしたんですか?ライブ、つまらなかったですか?」


 あの空気だし、楽しめなくても仕方ないか。初めてのライブだって部長たち言ってたのに、残念だけど。


「そんなこともないんだけど、ね、ヨッシー」

「うん、恵比寿に来たの初めてだし、遠岳くんの出番は先みたいだったから、ちょっと気になるお店に行ってみたくなっちゃって」


 気まずそうな部長たちが、そわそわしだす。


「遠岳くん、知ってる?そこのお店で売ってる生チョコソフトクリーム!めちゃくちゃ美味しいんだって!」

「そうなんですか?」

「聞くところによると、まるで生チョコを食べているかのような濃厚さでありながら、ふんわりと舌の上で溶けていく繊細さを併せ持つ奇跡の生チョコソフトクリームなんだって!アイス愛好家からの評価は高いけど、マスコミの取材はお断りなため知られざる逸品と呼ばれているの!遠岳くんも食べてみたいと思わない?」


 なんだかすごく美味しそう。ヨッシー副部長の商品紹介が巧みすぎる。でもなぁ、この辺の店って、高そうだし……


「しかもね!値段もお手頃なんだよ!」

「一緒に行きます!」

「よーし、行こ、行こぉ」


 高くないなら食べたい。

 部長たちと生チョコソフトクリームを買いに煌びやかな店が立ち並ぶ建物には入らず、広場の片隅にある小さな建物に歩いて行く。カウンター越しにソフトクリームを受け取り、広場に戻る。


「美味しい!」

「ふんわりしてるのに濃厚!最高だね!」

「最高です!」


 会場の雰囲気ですり減っていた神経が、甘い物を食べたら落ち着いてきた。のんびりと三人でベンチに腰掛け食べていると、スマホが震えだした。宮さんからだ。


 《今、どこにいる?》

「外の広場で、生チョコソフトクリーム食べてます。宮さんたちも食べませんか?すごく美味しいですよ」


 沈黙してしまった宮さんが、大きくタメ息をつく。


 《そうか、それならいいんだ。遠岳のことだからと思ったけど。しばらく、そこから動くなよ》

「それって、どういう……」


 説明もなく、切れてしまった。

 宮さんの周囲が騒がしかったようだけど……。何かあったのかな?


「どうしたの?バンドのお友達からだよね?」

「…それが、居場所の確認でした……」

「……確認かぁ。大事にされてるんだね」


 ……そうなのかな。大事にされてるか。ちょっと、照れくさいかも。



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