レイモン
「洋ちゃん、おやつ買ってくるけど何がいい?」
「おやつ?」
朝食をとっていたら向かいに座った姉ちゃんが、嬉しそうに話しかけてきた。
「今日は、お友達がたくさん来るんでしょ?ケーキ買ってこようか?」
「そういうんじゃないから!」
姉ちゃん、はりきりすぎ。
やっぱり、家に呼んだのはマズかったかな。今からでも……
「洋ちゃん、出かけなくていいの?午前中はバンドの練習があるって言ってなかった?」
「ああ!もう出なくちゃ。姉ちゃん、午後はよろしくね」
「任せなさい。練習がんばって」
✼
伊与里先輩のうちで軽く練習した後、レイくんとの待ち合わせには早いけど駅に向かう。ついでに昼食も食べようってことで、先輩たちもいっしょだ。
「ケーキでも買っていくか?」
「いいですよ。そんな気をつかわなくて」
いきなり将さんが、妙なこと言いだした。
「お姉さまに御挨拶するのに手ぶらなのは失礼だろ」
「ごあいさつ?」
「こういったことは、最初が肝心だからな」
そうなのかな?将さんも姉ちゃんも、大げさすぎる気がするんだけど。
「それで、アラリコの息子は何しに来るんだ?」
「え?何しにって、………何しに来るんでしょう?」
ボクに話があるようだったけど……、
「あの歌のことだとは思うんですが……」
ボクが子供の時に見つけた謎の曲。あの曲を作ったのはアラリコさんだと言うために来るのかな?でもなぁ。それなら、ジャクリーンさんといっしょに話せばよかったんじゃないのかなぁ。
「レイの奴、母親のジャクリーンが遠岳に近づくの嫌がってた感じだし、理解不能な親子だったな」
伊与里先輩が率直な感想を述べる。何の目的で何がしたいのか、つかみどころがないんだよね。レイくんって。
レイくんと待ち合わせている駅の改札近くまで来たけど、レイくんの姿はまだない。
「しっかし、まさかアラリコの身内まで出てくるとはな。……そういや、確か、アラリコ・マルチェナって、もう、亡くなってる……よな?」
「ああ、亡くなってから、10年以上は経ってるはず」
宮さんの曖昧な記憶を補足するように、伊与里先輩が頷く。
……そうか、アラリコさん、そんな昔に亡くなってたんだ。
「レイくんはボクと同じ年だっていってたから。レイくん、幼い時に父親を亡くしてるんですね……」
「……そうだな」
ボクにとってアラリコさんは遠い世界の存在で、画面の中の人物だけど、レイくんにとっては父親なんだよな。レイくんと何を話せばいいんだろう。アラリコさんの話はして大丈夫なんだろうか?
「トータケ!」
ボクを呼ぶ声とともに、改札の向こうから手を振る派手な容姿の外国人が現れる。
レイくんだ。
周囲にいる人たちが見惚れている。明るいところで見ると、驚くほど見た目がいい事に気づく。古い外国映画にでてくるような目の覚めるような整った容姿。
カイリさんと並べたら、周囲の反応が凄いことになりそうだよな。ちょっと、試してみたい。
「こんにちは。レイくん」
「よお」
「コンニチハ トータケ イヨリ」
レイくんが宮さんと将さんのほうを向き、手を差し出す。
「コンニチハ Raymond Paladilhe いいます」
「おう、俺は赤鐘将吾。ショウって呼んでくれ」
「宮ノ尾巳希。ミヤでいいよ」
レイくん、日本語で挨拶してる。覚えてきたのか……
見た目は派手だけど、真面目なのかもしれない。そんなところも、カイリさんを思い出させるな。
駅からバスに乗り、家に到着した。東京とはいえ、この辺は緑が多く古い家が多い。
「ここが遠岳のうちか」
「普通だな」
「普通ですよ」
普通の一軒家。伊与里先輩のうちのような特殊な住居に住んでる人のほうが稀だろう。
「いらっしゃい。いつも弟がお世話になってます。洋太の姉の美空です」
よそ行きの声で姉ちゃんがにっこり笑って挨拶をはじめる。
「お初にお目にかかります。赤鐘将吾と申します!」
「お邪魔します。宮ノ尾巳希です」
「伊与里凪です」
先輩たちもいつもより緩さがない。なんか三者面談してるみたいなムズ痒い気分になってくる。
「It's a pleasure to meet you. My name is 遠岳美空. Please call me ミソラ.」
「Pleasure to meet you, too. I'm Raymond Paladilhe. Please call me レイ.」
姉ちゃん、本当に英語が話せたんだ。レイくんとの挨拶が自然だ。
「さ、遠慮なく、上がって、上がって」
浮かれ気味の姉ちゃんが、リビングに先輩たちを案内する。玄関で靴を脱ぎながら先輩たちが、なぜか感心したように頷きあっている。
「遠岳に似てるのに、可憐だ」
将さんのつぶやきが聞こえてきた。
「遠岳に似てるのにな」
「遠岳に似てるのにな」
宮さんと伊与里先輩まで……。復唱する必要あるのか?
リビングルームに入ると甘い匂いが漂っていた……
テーブルの上には、焼き菓子のようなものが大量に置いてある。
「………作ったの?」
「チョコブラウニーとじゃがいも生地のキッシュ。ケーキはいらないって言ってたけど、手作りならいいかと思って」
姉ちゃん……
さらに重みが増してるよ。
「いただきます!いや~、大好物です!」
大好物?一度もそんな話は聞いたことない。
将さんも適当なこと言う人だよな。
みんなでテーブルを囲んで姉ちゃんの手料理を食べる。好評で姉ちゃんは嬉しそうだ。
「それで、レイは遠岳に何の用があるんだ?」
伊与里先輩が尋ねるが、言葉が通じてないので困った顔でレイくんがボクを見てくる。ボクを見られても困るので、姉ちゃんに視線を移すと、先輩の言葉を通訳してくれた。
レイくんが遠慮がちにスマホを見せてくる。
画面には映像ではなく外国語の文字がならんでいて、
「えっと、読めない……かな?」
引きつった笑顔で顔を左右に振る。首を振るジェスチャーで伝わるだろうか?フランスだと違う意味になったりするのかな?
「ん?英語じゃねえな。これって何語だ?」
" Spanish. "
「スペイン語か。オレたちに見せても無駄だぞ。英語だって得意じゃねえのに」
スマホをのぞき込んだ伊与里先輩が渋い顔になる。宮さんものぞき込むが、先輩とは反応が違った。




