てら
「どうしようかな」
四月も半ばになると仮入部期間でも、ほとんどの生徒が部活を決めている。うちの高校は必ずどこかの部活に所属しないといけないらしく、どこにも入らないことは許されない。
部活をやりたくない生徒は文化系の部に入って幽霊部員となっているようだけど、どうしようかな。バンドをやるなら部活は無理だよな。弓道部に興味あったんだけど。
「遠岳、お前まだ部活、決めてないのか?」
部活動紹介のプリントを眺めていたら、中村が声をかけてきた。
「中村は、もう決めたのか?」
「当たり前だろ。人気の部は意欲を示さないと入部させてもらえないからな」
「何部に入る気なんだ?」
「演劇部! オレは運命の出会いをしてしまったようなんだ。聞きたいか?」
「……遠慮しとく」
そういえば、イヨリ先輩は部活どこに入ってるんだろう? 軽音部ってことはないよな。あれだけうまいと、高校の部活では物足りないだろうし。
……高校の軽音部か。どんな感じなのかな? レベル高いのかな? 練習は、どんな感じのことしてるんだろう? アマチュアバンドのことを、もっと知りたいし、入部は無理だけど見学だけでもしてみようかな。今日はイヨリ先輩たちとのバンド練習もないし、放課後にでも行ってみるか。
放課後、軽音部が練習している教室に向かう途中で、ばったりとイヨリ先輩に出会った。
「トオタケ! ちょうどよかった。いっしょに来い」
なんで、この人っていつも唐突なのかな。
「今から部活の見学に行くところで……」
「部活? ……この先でやってる部活って、……まさか軽音部に入る気か?」
軽音部の練習らしき音が漏れ聞こえてきているだけで気づいたのか。先輩は無駄に鋭いよな。
「いえ、入部はしないつもりですけど、どんな感じなのかと……」
否定してもしょうがないので正直に言うと、半眼になったイヨリ先輩が人の悪い笑みを浮かべた。
「ははあ、軽音部なんざ、楽器もろくに弾けない初心者の集まりだからな。お前みたいな中途半端なのでも、チヤホヤしてもらえると思ったか。このスケベ」
「ち、違いますよ。スケベって何ですか!」
「実力もないのに初心者の演奏を聴いて、変に自信を持たれたら厄介だからな。禁止だ、禁止。見学は禁止」
なんか酷い……
「部活、そろそろ決めないといけないんで、他の部の見学はしたいんですけど」
「どうせ、部活なんてやってる暇ねえだろ。これから練習漬けになるんだから、適当に緩い文化系の部に入っとけ」
やっぱり、部活できないんだ。
「イヨリ先輩は何部に入ってるんですか?」
「ああ? オレ? オレは天文部だよ」
「意外というか、あってるというか……。幽霊部員が多そうな部ではありますね」
「たまにだけど、顔は出してるよ。ゆる~い部だからな。向いてる。トオタケも入るか?」
「……いえ、遠慮しておきます」
これ以上、先輩に振り回されたくない。
イヨリ先輩と立ち話をしているだけで、視線が痛いのに。さっきから、通り過ぎる人、通り過ぎる人、全員、凝視していく。視線の意味が分からないから、怖い。
「じゃあ、行くか」
「行くって、どこにですか?」
「ん? ああ、寺だよ」
「てら? てらって、あの寺ですか?」
……なんで、いきなり? お寺で何する気だ?
「近くだから安心しろ」
近いと何が安心だというんだろう? 先輩とお寺に行く意味が分からない。
仕方なく、学校を出て先輩の後をついていく。住宅街をしばらく歩いていると、先輩が緑に囲まれた公園のような所に入っていった。明禅寺? ……本当に寺に行く気なのか。砂利道の先に帽子のような形の特徴ある屋根が木々の間から見えてきた。
……やっぱり、お寺だ。
「お寺で何する気ですか? 修行ですか?」
「あ? なんで、お前と寺で修行しなきゃならねえんだよ。寺の横にある、あの住居。あれがオレんち」
立派な寺の隣にある日本家屋がイヨリ先輩の家? ということは、
「まさか、先輩、お寺の息子ですか?」
「まさかってなんだよ」
予想だにしない出自だった。ヤクザだという話は違ったのか。
「こっちだ。こっち」
立派な日本家屋の玄関ではなく、端にある普通のドアを開けて先輩が中へと入っていく。
えーっと、つまり、イヨリ先輩のうちに招かれたってことなのか。……なんで面倒臭い言い方するかな。
「お邪魔します」
イヨリ先輩の部屋は思ったのと違った。伝統的な日本家屋には不釣り合いな雑多な感じの部屋だけど、すごいな。壁一面にCDやレコードの詰まった棚があり、キーボードやトランペット、オカリナ、ハーモニカ、他にもあらゆる楽器が所狭しと置いてある。
……楽器マニアなのかな。
「このポスター、去年、解散したドラムクロッグのワールドツアーの時の……」
「おう、知ってたか。解散ライブに行ったんだ」
「ほんとですか! チケットが取れなくてニュースになったほどなのに」
「もっと羨ましがっていいぞ。自慢するために貼ったんだからな」
先輩、寺の息子なのに煩悩が強いな……
「よかったぞ。あの高揚感と一体感。次はないという緊張感で鳥肌が立ちっぱなしだった」
本当に自慢し始めた。
「まあ、どんなすごいライブでも、客は所詮客なんだよな」
それはそうだろう。
「客側よりステージのほうが、もっと熱くなれるんだよなぁ」
ステージのほうが? 全くイメージできない。
「よし、やるか」
「何をですか?」
「ギターの練習だよ。付き合ってやるから、好きな方のギターを選べ」
イヨリ先輩がギターを二本、手に下げ部屋の奥からやってくる。
「え? ……イヨリ先輩、ギターも弾けるんですか?」
「ギターからベースに転向したから、それなりにな」
と言って、手にしていたギターで難しいフレーズを容易く弾いてみせた。それなりどころか、相当うまい。
「トオタケも弾いてみな」
……何を弾けば。今、練習している中で一番難しい曲を弾いてみるか。
「………………」
「……あの、イヨリ先輩?」
「弾けてはいるが、リズムが取れてねえ」
「リズム、ですか?」
「間違ってもいいから、リズムを意識して、もう一度弾いてみろ」
リズムを意識って、どうすればいいんだ?
今まで、一人で曲に合わせて弾いたり、コード譜を見ながら弾くだけだったから、リズムを意識したことなかった。ギターでリズムか……
「ダメだな。……ベースと合わせるか。ベースの音を意識して、リズムを乗せてけ」
「ベースのリズムに……」
ドラムは意識しても、ベースのリズムは気にしたことなかったかも。
「歌ってる時はリズム取れてたろ。歌ってる時と同じように弾けばいいんだよ」
歌と同じと言われても、こんな感じか?
「間違ってもいいから、自分のギター以外の音をもっと意識しろ」
厳しい。でも、ギターを教えてもらえるのは、うれしい。一人じゃないギター練習は、辛さ以上に楽しさがある。
思ったより、バンドっていいものなのかもしれない。