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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章

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アラリコ

 

「Ah oui わたし ヨウタの歌声 気に入った だから連絡した」


 気に入った?ボクの歌を?あの世界的歌手のアラリコ・マルチェナの奥さんが?それは、ありえないよなぁ。


「遠岳の歌を…ねえ……」


 アイスティーを飲みながら伊与里先輩が皮肉気に薄笑いを浮かべる。先輩も言葉通りには受け取っていないみたいだ。考えなくても、懸賞金が懸けられたあの歌絡みだよなぁ。


「歌 聴かせてほしい。 ヨウタ ナギ ミュージシャンね。 もちろん お金 払う」


 先輩の不躾な態度にも、ジャクリーンさんは不機嫌になることもなく悠然としている。しかも突拍子もない提案をしてきた。歌を聴かせてほしい?どういうつもりだろう?

 伊与里先輩が鼻で笑う。


「正体の知れない人の要望を聞くと思いますか?アラリコ・マルチェナの奥さんに似てはいるけど本物だと言う確証もない。それに有名人の妻という肩書は、あまり意味あるものじゃないですよ。あなた自身が何をしているかが重要でしょう?」


 伊与里先輩の言葉は辛辣だけど、事実だ。こちらは目の前の女性がアラリコ・マルチェナの奥さんという情報しか与えられていない。それも真実かどうか。

 ボクたちにとっては、得体のしれない女性なままだ。


「その通りね。 自己紹介する。 わたしはフランス人 デザイナーしてる。 J・Paladilhe経営者 Alarico・Marchenaの妻 Raymondの母 Alaricoの曲 管理してる」


 自信にあふれた自己紹介の後、ジャクリーンさんがボクたちに名刺を差し出した。名刺に描かれている音符が変形したようなマークに見覚えがある。姉ちゃんが持ってるバッグについてたマークだ……

 もしかして、凄く有名なブランドのデザイナー?あれ?でも経営者って……


「立派な肩書きを持つあなたが、アラリコ・マルチェナの名前を先に出してきたってことは、遠岳にアラリコを意識させたかったんですよね?なぜですか?」


 伊与里先輩が冷めた声で問いただすと、ジャクリーンさんが一瞬驚いたように目を見開き、すぐに表情を戻した。


「ふふ なぜか ね」


 ゆっくりと視線を先輩に向けたジャクリーンさんが、女優のような見事な笑顔を浮かべる。その笑顔はどういう意味があるのだろう。ガラスの向こうで木々が風で大きく揺れて、緊迫感が増す。

 二人して映画のワンシーンのようなやり取りしてるよ。話題の中心にいるはずなのに、ボクだけ場違いな感じが……

 オレンジアイスティーでも飲んでよう。


「ヨウタが アラリコの歌 歌えばわかる」

「答えになってないですよ」


 薄暗くなっていく外の景色をバックに二人のやり取りは続く。

 どうしたらいいのか分からないし、なんか食べてよう。ハムスターの尻尾を大きくしたような食べ物らしきものを頬張る。甘いからお菓子なのか。横にある金色のサナギみたいなのもお菓子なのかな。……お、チョコだ。こっちのは……


「歌う いい? ヨウタ」

「え?はい」

「この流れで、歌うのかよ!」


 伊与里先輩が驚愕の表情でボクを見てくる。


「え?何の話ですか?」

「遠岳……」


 大きく息を吐いた先輩が、うつむいて顔を左右に振っている。


「ヨウタ 歌う 言った。 ナギ ギター弾く。 OKね」

「え?」

「ギターなんて持ってきてないですよ」

「問題ない。 借りる。 スミマセーン」


 笑みを浮かべたジャクリーンさんがウェイトレスさんを呼び、なにやら小声で話しかけはじめた。


「あの、先輩、歌うとか言ってたような……」

「言ったよ。お前がな」

「……記憶にないんですが」


 ふーうっと長いタメ息を吐いた先輩が、目の前のハムスターの尻尾モドキを摘み上げ食べだす。

 ジャクリーンさんの話を聞いていたウェイトレスさんが戸惑った表情で、ちらりとこちらに視線を寄越し何度か頷いた。

 ウェイトレスさんも大変だな。いくらなんでも、ウェイトレスさんにギターを頼んでも用意するのは無理だろうに……


「少々お待ちください。店長に聞いてまいります」


 ウェイトレスさんが店長らしき男性のところへ足早に歩いて行き、なにやら話し始めた。ウェイトレスさんの表情は妙に神妙だ。ジャクリーンさんは何言ったんだ?


「ヨウタ歌う。 お金を支払う約束 私は守る。 これはビジネスね。 一度引き受けた仕事は ヨウタも守る」


 満面の笑みでジャクリーンさんが、逃げ場を奪う。引き受けた覚えはないのに、歌わないと仕事の約束を破ったことになるらしい。大人の世界って怖い。


 窓の外は日が暮れはじめ薄暗くなっている。庭園がライトアップされ木々だけが浮かび上がって見えて日常の光景とは異質な感じだ。ラウンジにもオレンジの明かりが灯り始め、夜の空気が漂い始めている。なんか落ち着かない。



 ウェイトレスさんが早足でやってきて、興奮気味に大きくうなずいた。


「大丈夫だそうです。店長が控室にいる演奏家の方々に話をしたら、協力を申し出てくれました。どうぞ、控室に」

「ありがとう」


 ジャクリーンさんがウェイトレスさんの手にそっと何かを握らせた。たぶんチップだろう。やることなすこと、映画の人物みたいだ。


「控室にいる演奏家ってどういうことでしょう?」

「ここのラウンジは生演奏やってるようだし、出演する演奏家のことだろ」


 伊与里先輩の視線の先を目で追うと、ピアノが置いてあった。ここって、演奏できる場所があるのか。気づかなかった。


「ヨウタ あのステージで アラリコの歌 歌う。 そうすれば 分かる」


 ジャクリーンさんの意味深な言葉は、ただのはったりとは思えない。自分を見つめてくる瞳は真剣だ。

 でも、歌っただけで分かるようなことあるんだろうか?アラリコさんの歌なら何度か真似して歌ったことがあるけど、分かったことなんて何もない。ここで歌えば分かる?そんなこと、あり得るんだろうか……



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