金曜日
昼休み。伝統文化部の部室で、三線を弾く。
つたないながらも、それなりに弾けるようになってきた。
「遠岳くん、すごいね!もう弾けるようになるなんて」
杉崎部長とヨッシー副部長が拍手してくれる。部長たちは褒めてくれるけど、全然だよなぁ。
弾くだけならギターほど難しくはないけど、ギターのように音に幅がない分、表現力がものをいうので、ここからが厄介だ。
三線で聴くに堪えられるほどの演奏をするには、リズムや色々と細かい技術が必要になってくる。音楽の道は、やはり険しい。
でも、ギターにも必要なことだし、三線の練習ももっと気合い入れてやってみようかな。
「遠岳くんの三線を聴きながら、食後のデザートを頬張る。贅沢ですなぁ」
「そうだねぇ。これなら梅雨籠りも悪くないね」
紫陽花をモチーフにしたカラフルなカップスイーツを食べながら、雨で煙る窓の外を眺める副部長と部長。
梅雨のせいか、部長たち、普段以上にまったりしてる。
梅雨の長雨でも、音楽と美味しい食べ物があれば、幸せな気分になれるのだと、部長たちを見てると実感するな。
✼
今日は金曜日だ。
〔HORIZON HOTEL ロビー 金曜日 6:00 pm〕
外人さんから呼び出されている日だ。
……気が重い。
「なんで、オレまで」
「伊与里先輩が行くべきだって言ったんじゃないですか。いっしょに来てくれるくらいいいじゃないですか」
伊与里先輩といっしょに地下街をとぼとぼ歩いて行く。すれ違う人たちのほとんどがスーツ姿の日本人か外国人だ。
地下街から出て、しばらく歩くと緑の多い場所に辿り着いた。
「ここでしょうか?」
「ここだな」
高級感あふれるビルの向こうは金色に輝くゴージャスな異空間が広がっている。高級ホテルというのはこんななのか。
世界が違う感じだ。一般庶民が入って大丈夫なんだろうか。気後れして中に入るのに躊躇してしまう。
入り口に突っ立っていたら、ホテルの従業員の眼が険しくなってきた。
「とりあえず入ろうぜ。ここにいる方が邪魔になる」
伊与里先輩に促されホテルに足を踏み入れるが、感動より居心地悪さのほうが強い。ピカピカに磨かれた床や高そうなソファー。行き交うのは高そうな服を着た大人たちだけ。場違いすぎる。
「ええっと、ロビーって、どこでしょう?」
「広くてどこだか分からねえし、メールしてみろよ。ストーカー外人に」
「そうですね。ロビーに着いたって」
スマホを取り出そうとしたら、目の前にホテルの従業員が立ちはだかった。場違いすぎて追い出されるんだろうか?
「トオタケ ヨウタ様でいらっしゃいますか?」
「え?はい、そうです!」
表情のないホテル従業員に名前を呼ばれ緊張が走る。
「パラディール様がラウンジでお待ちです。ご案内いたします」
「え?パラディールさま?」
誰?
誰か分からないけど、従業員についていく。
「あのストーカー外国人の名前じゃねえのか?」
「レイモンドだったような。………そういえば苗字がパラ何とかって感じでした」
Raymond・Paladilhe
あれはパラディールって読むのか。見た目に合ってる名前だな。意味があるんだろうか?ボクの名前には……
……ん?名前?
「あれ?どういうことだろ?」
「なんだよ」
ボクのつぶやきに伊与里先輩が怪訝そうに顔を向けてくる。
「気のせいかもしれないんですが、……ボク、あの外国人に名前を教えてないはずなんです。メールアドレスとタケとローマ字で書いたメモを残しただけで」
「……案内してるホテルマン、お前のフルネームを呼んだぞ?」
「………やっぱり、呼びましたよね…」
前を歩くホテルマンを目で追うと、壁一面がガラス張りになっている場所に向かっているようだ。ソファーとテーブルがたくさん並んでいて、ゆったりとコーヒーを飲みながらくつろいでいる人たちがいる。ラウンジって言うところみたいだけど。喫茶店とは違う雰囲気がある。
「……この曲」
伊与里先輩が耳を澄ますように顔を上げた。店内に控えめに流れている曲は、自分にも聴きおぼえがある。
「アラリコ・マルチェナですよね?」
「遠岳も知ってたか」
「知ってますよ。世界的に有名な歌手ですから」
日本では音楽か映画好きでないと知られてないスペインのシンガーソングライターだけど、世界的な知名度は高い。パワフルだけど温かさを感じる曲。民族音楽的な要素もあって、ボクも大好きな歌手だ。
「こういう場所で流すのはジャズとかのラウンジミュージックだけかと思ってたけど、アラリコ・マルチェナもかかるんだな」
「お客様のリクエストも受け付けておりますので」
前を歩くホテルマンが、伊与里先輩の疑問に答えてくれた。そうか、誰かのリクエストなんだ。誰だろう?そのリクエスト客とは、趣味合いそうだ。
「こちらでございます」
そう言って従業員さんが、窓際の席を手で示した。壁一面ガラス窓になっていて、外の緑豊かな景色が見えるラウンジの中でも特等席だ。
大きいソファーの背もたれに隠れていて外人さんの姿は見えない。
「あの、こんばんは」
声をかけ、顔が見える位置まで移動する。………あれ?
「え?違う……」
案内された席に座っていたのは、あの倒れた外国人じゃなかった。
金髪のゴージャスな感じの外国人女性が優雅にくつろいでいた。
「すみません!間違えました!」
ホテルマンさん、間違えてるよ!
慌ててホテルマンを呼び戻そうと振り返って姿を捜すが、もう見当たらなくなってしまってる。
「トオタケ ヨウタ」
自分の名前を呼ばれ振り返ると、金髪の外国人女性が自分に向かって微笑みかけていた……。
あれ?この女性、見覚えあるような……




