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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章
43/133

ドラム

 

 今日もバンドの練習。文化会館の予約してある時間までには、まだ時間があるので、足が自然と楽器店に向かってしまう。お金はないので消耗品以外を買うのは無理だけど、見てるだけでも楽しいんだよね。

 楽器店に行くと、ヤコさんが客と話していた。ボクに気づいたヤコさんが、小さく手を振り、にっこりと笑顔を向けてくれた。


「いらっしゃい、少し待ってて」

「はい」


 店内を見て回る。ギター以外にも、珍しい楽器や何に使うのか不明なものがたくさんあって飽きない。どんな音なのか鳴らしてみたくなる。

 ギターも種類あるよなぁ。高いものからそうでもないものまで。宮さんや伊与里先輩のギターの音を聴くようになって、少しは違いが分かってきたつもりだけど……


「お客さん、新しいギター、買います?」

「いえ、買えません。お金ないんで!」

「ははは、そっかー、残念」


 商売人の顔したヤコさんが、おかしそうに笑う。接客していたお客さんは、もう帰ったみたいだ。


「無理して増やす必要はないんだよね。一つのギターから、いかに魅力的な音色を引き出せるかっていうのもギタリストの楽しみの一つだからね」

「一つのギターから……、そうですよね!がんばってみます」


 そうだよなぁ。宮さんはギター一つでも色んな音色を生み出してるよなぁ。新しいギターは魅力的だけど、叔父さんから貰った、あのギターをもっとうまく弾いてあげられるように挑戦してからだよな。


「今日は何を買いに?」

「弦を、それとヤコさんにお礼が言いたくて。ヤコさんのおかげで詩が採用されたんです」

「そうなの?やったじゃない」


 本当はもっと早くお礼を言いたかったんだけど、前に楽器店に寄った時は、ヤコさん店にいなかったんだよね。


「早く聴きたいな。その歌」

「まだ、聴かせられるほどでは……」


 自信ない。


「そうなの?じゃあ、ライブはまだ先かぁ」

「ライブをやるには、あと2、3曲はオリジナルが必要だと言ってました」


 5曲くらいオリジナル曲ないと様にならないと先輩たちが言ってたし、まだまだ長い道のりだよなぁ。


「伊与里ならパッパッと作れちまうだろ?嫌味なくらいクオリティーの高い曲をサクサク作っちまうやつだからさ。高校生のくせにさー」

「それが、伊与里先輩、新しい曲がなかなかできないみたいで」

「へえ、あの伊与里がねぇ。やっと才能が枯れたか。これはチャンスだね」

「チャンス?」


 猫のように目を細めたヤコさんが、人の悪い笑みを浮かべる。


「ふふ、遠岳くん、伊与里を捨てたくなったら、いつでも私のところに来ていいからね。ガールズバンドのボーカルとして歓迎するから」

「……考えておきます」


 冗談だとは分かってるけど、興味あるよな。ヤコさんのバンド。どんななんだろう?


「ヤコさんのバンドは、次のライブいつやるんですか?」

「ぅぅ……まあねぇ、うちも色々あって、………ライブはしばらく出来そうもないんだよねぇ」


 急にしょげてしまったヤコさんにかける言葉が思いつかない。バンド活動してると色々あるらしいけど、ヤコさんのところもあるんだな。


「すいませーん」

「はーい、ちょっとお待ちください」


 お客さんが来たみたいだ。


「買うものがあるなら、レジ打っちゃうけど?」

「あ、これ、お願いします」


 弦をレジに持っていくと、店に入ってきた客が店頭に並んでいる商品を見ることもなく、まっすぐレジまでやって来た。

 あれ?この人って……


「ねえ、君、ちょっといい?このバンドのボーカル知らないかな?」


 そう言ってボクに近づいてきた客がスマホを見せてきた。やっぱり、そうだ。この人、文化会館にも来てた黒服メガネの動画配信者。こんなところまで来たのか。

 黒服メガネのスマホの画面には『タヌキトリック』のミュージックビデオの映像が一時停止されて映っている。

 思わず首を左右に振ってしまう。


「店員さんは知らない?」

「ああ!知ってるよ」


 え?!ヤコさん?待って!


「ネットで話題になってる子だよね。懸賞金の少年じゃないかって。なに?その子がどうしたの」


 ヤコさん、懸賞金の話を知ってたのか。それでも、何も聞いてこなかったのか。


「ちょっと、取材したくてさ。知ってたら教えてもらえないかな」

「知ってても教えるわけないだろ。懸賞金がもらえるっていうのに」

「いや、懸賞金はもらえないよ。懸賞金の少年だと名乗りでた人物がすでにいるからね」

「じゃあ、なんで捜してんのさ?怪しー」


 確かに怪しい。ボクを捜す必要は、もうないはず。謎の少年は僕だと名乗りでた人がすでにいるんだから。何が目的だ?


「……まあ、いいよ。とにかくさ、情報があったら教えてよ。名刺を渡しとくから。あ、君も」


 怪しげな動画配信者が、ボクにも名刺を渡してくる。名刺を確認すると、胡散臭さが増しただけだった。

 二八式ナカジマ?本名じゃないよな……。あとはURLがいくつか書いてあるだけだ。名刺って、こういうものなのか?

 二八式ナカジマ?というらしい黒服メガネの男性は、そのまま、店を出て行ってしまった。何だったんだ?


「なんだろうね。あれ」

「……なんでしょう」


 ヤコさんとともに不可解という表情をするしかなかった。


「気を付けなよ。あの手の顔は、絶対、ろくでもない事を企んでるからね!その証拠に、芸人みたいなマッシュルームカットしてたろ?」

「え?はあ……」


 ん?証拠がキノコ頭?


「マッシュには気を付けなね!胡散臭い奴は大抵マッシュなんだ!経験者は語るだからね!」

「き、気を付けます」


 ヤコさんの力強い忠告に、思わず頷いてしまう。ヤコさん、過去にマッシュと何かあったのかな?

 そういえば、ボクの偽者もマッシュルームカットだったな。もうちょっと、オシャレな感じだったけど。根拠は全くなさそうだけど、気を付けておこう。


 ✼


 集合時間より少し早めに、文化会館に入る。顔見知りになったジャズサークルの人たちと挨拶をしていると、先輩たちもやって来てあれこれ専門的な話をしだした。先輩たちってジャズの知識まであるのか……

 時間が来て練習室へと向かう。準備も手馴れて早くできるようになってきた。こうしてバンドの練習するのが日常になって来たよなぁ。


『タヌキトリック』と『炎天下の雷雨』を交互に練習していく。伊与里先輩と宮さんが揉めだし演奏がストップしたので、休憩を取ってたら、将さんと目が合った。


「遠岳、少し叩いてみるか?」

「いいんですか?」


 将さんが立ち上がりドラムスティックを渡してくれる。本物のドラムを叩ける機会は少ないので嬉しい。


「どうだ?少しは上達したか?」

「一定のリズムで叩くことはできるようになってきた気はします」

「自信ありか?どれ、見てやろう」


 将さんが腕を組んで目の前に立つ。威圧感ありすぎるからやめてほしい。


「お、遠岳、ドラムやるのか?」

「じゃあ、簡単な曲、全員でやるか」


 気がすんだのか宮さんと伊与里先輩が、楽器を抱えて近づいてくる。


「無理ですよ。まだやっと一定のリズムで叩けるようになっただけで」

「簡単な曲ならなんとかなるだろ」


 伊与里先輩って常に無茶を言うよなぁ。ボクのドラムの腕は、初心者レベルにも達してないっていうのに。


「だったら、ローリング・ストーンズのサティスファクションなんて、いいんじゃねえか?」

「いいねぇ。妙にテンション上がるんだよな。あの曲」


 宮さんの提案に伊与里先輩がニヤリと笑う。サティスファクションかぁ。確かに難しい技術は必要ないけど、あの曲って意外にリズムが重要な曲だよな。ズレたら台無しになる。


「サティスファクションか。じゃあ、俺が歌うしかないな」


 将さんが前に進み出る。


「名曲を汚すな」

「ショウグン、タンバリンありますよ。タンバリン担当で」


 先輩と宮さんが押しとどめようとする。


「お前らひどいこと言ってるけどな。他に誰が歌うんだ?さすがに遠岳だって叩きながら歌うのは難しいだろ。お前ら二人はサブボーカルだし、俺が歌うしかあるまい」


 将さんがマイクの前に立ち、タンバリンを構える。

 まあ、ボーカルは必要だよな。そういえば、先輩たちの歌声って聴いたことなかったな。ちょっと、楽しみかも。


「仕方ねえな。小声で歌えよ」


 伊与里先輩があきらめたようにタメ息をつく。


「それじゃあ、やりますか」


 宮さんが確認をするようにボクに視線を送る。頷くと、エレキギターが鳴り出した。タイミングを合わせてドラムを叩く。

 タンバリンにベースの音。それから……



 ダメだ笑いが止まらない。自分が歌わず、リズム刻むというのも楽しいけど、なにより、将さんの歌が……、面白かった……。パフォーマンスが特に。


「遠岳、途中からリズム早くなっていってたぞ。まだまだだな」


 将さんの厳しい評価に納得がいかない。笑わせに来てたじゃないか。あれで、一定のリズムで叩き続けるのなんて無理だよ。

 ドラムの厳しさを教えられた気分だ。



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