笑い
先輩たちが笑いすぎて息も絶え絶えになって、ようやく笑いが収まってきた。
「はあぁ、練習するか」
「そうだな」
「ほら、遠岳のギター」
「ありがとうございます」
伊与里先輩にボクのギターを預けたままだった。
「そういや、遠岳、昨日のあの外国人はどうだったんだ?」
「あ!忘れてました。ひどいですよ。先輩たち、ボクだけにして」
文句の一つでも言おうと思ってたのに、猫の名前の衝撃で忘れるところだった。
「そうは言っても、ほら、オレら気ぃ弱いしさ。ストーカーとか怖い」
「………………」
「……遠岳って、時々、チンピラのような目付きでオレを見てくるよな」
「そんな目付きで見てません」
チンピラみたいな目付きって、ただ呆れてただけなのに。伊与里先輩のほうが目付きは悪いと思うよ。
「それであの外人は?」
「眠ったまま目を覚まさなかったので、話はできませんでした」
「ストーカーの正体は分からずじまいか」
「はい」
連絡先は残してきたけど、連絡が来たとして、正直、どう対応したらいいのか分からないよなぁ。
「遠岳といると退屈しないな。常に何か事が起こって」
ギターを拭きながら宮さんが、あまりうれしくないことを言う。
「そういや、事が起こるといえばさ。ザッシュゴッタのアカウントに、メッセージが来てたんだけど」
将さんがスマホを取り出し触りだした。
「メッセージくらい来るだろ」
伊与里先輩が興味なさそうにベースを弾き始める。
「それが!相手がさ。ちょっと面白いんだわ」
「……誰だよ」
「誰だと思う?」
「勿体つけんなよ。どうせ大したことねえんだろ」
ニヤリと笑う将さんに、イラっとした伊与里先輩が丸めたタオルを投げつける。
「見て驚け!なんと!ニセマッシュルームからだ!」
ニセマッシュルーム?
「遠岳の偽者ってことっすよね?」
宮さんがギターを置いて身を乗り出してくる。
テレビに出てたあの偽者のことか。偽者から連絡? ザッシュゴッタ宛てに?
「はあぁ?偽者が?なんて送ってきたんだよ」
伊与里先輩も身を乗り出し、将さんのスマホを覗く。ボクも気になり画面を覗きに行くと、小さな画面には短い文が表示されていた。
《どちらが本物か対決しましょう》
「だってさ」
「はああぁぁぁ?!ふざけやがって」
「挑戦状かよ」
先輩たちの言葉は怒ってるように聞こえるけど、顔は正直だ。面白がってる。
「どういうことでしょう?対決って?」
「遠岳のほうが本物だって意見が多いからな。勝負して自分が本物だと証明したいんだろ」
「多いんですか?」
偽者のほうが、声変わりしてしまったボクより似てるから、てっきり本物だと認識されていると思ってた。
「そりゃそうだろ。遠岳もテレビで偽者が歌うの聴いたんなら分かるだろ」
「聴きましたけど……」
「加工なしで歌ったら、大して似てなかったろ」
そうかなぁ。自分の声と比べるというのは難しいな。客観的に見れないから、よく分からない。
「俺も途中からだけど見た感じでは、まあ、本物とは言い難かったよ」
将さんも先輩に同意してるし、そうなのかな?自分で自分の声を判断するのは難しい。
「オレ、そのテレビ見てないんだよな」
「ネットに上がってるんじゃないか?話題になってるなら」
宮さんが不服そうに息を漏らすと、伊与里先輩がパソコンの電源を入れ検索を始めた。
「あった」
先輩が動画を見つけだし再生すると、パソコンのスピーカーから歌声が流れだした。少年のような声の偽者の歌は、やはりボクの少年の時の歌声と……似てるかな?前の動画では、もっと似てたけど、これは似てるけど、微妙に違うような?
「ああ、これは……。モノマネって感じだな。声の出し方が違う」
「遠岳は子供の時から地声でパワフルに歌うのが特徴だからな。それに比べて、偽者のほうは地声で歌えてない。声を寄せようとして作った声になってる」
「声変わり前の少年声を真似しようっていうのが無謀だよな」
なるほど、似て聴こえても、音楽をかじってる人達には違いに気づくレベルってことか。これなら心配はいらない?のかな?
「これなら、容易に返り討ちできるな。どうする?遠岳」
将さんが笑顔で聞いてくる。
「どうするって、勝負なんてしないですよ」
「は?何、言ってんだよ?戦えよ。こんな面白い対決、オレが観たい」
伊与里先輩って……
「勝負なんてしたら、ボクが本物だと名乗りでたようなもんじゃないですか。やりません」
「それもそうか。本物か証明する対決なんだから、そうなるよなー」
困った顔の宮さんが軽く笑う。
「面白そうだったのになー」
「歌で対決!なんて、そうないもんな」
「ま、仕方ねえか。おら、練習始めるぞー」
将さんが戦う前のような腕のストレッチをはじめると、同じようにみんなストレッチをはじめた。
広い敷地内とはいえ、伊与里先輩のうちで大きな音は出せない。軽く流すように控えめな演奏を何度か繰り返す。
「あ~、早くライブしてえ。電子ドラムじゃ、叩いてる気がしねえ」
「曲が揃ったらな」
軽く合わせた後、将さんがもらした言葉に、伊与里先輩がニヤリと笑う。
「それはそうなんだけどな~。せっかくいい感じの曲ができたんだしさ。早く聴かせてえだろぉ」
「そうっすね。アインザイムの時とは曲調が全く違うから、ライブでどうなるか。客層も変わるだろうし。早くやって反応が見たい」
宮さんが将さんに同意して笑顔になる。
ライブか。カイリさんに歌って貰ったライブの時は、自分は端っこにいただけだから、ライブの楽しさというのは、正直よく分からなかった。ザッシュゴッタでライブするなら、ボクが歌うことになるんだよなぁ。……想像できない。
「ライブしたければ、練習しろ。練習を」
伊与里先輩が促すと、みんな気合を入れ直し、楽器をかまえる。先ずは完成した2曲の出来を上げることだよな。
練習を再開しようとした時、黒猫が部屋に入ってきた。
「黒は、ニャウニャでしたよね?ニャウニャ、ニャウニャ」
みあ~ん
「返事できるんだ。ニャウニャ偉いね!あ、ミーニャも部屋に入ってきた」
「ここにミヤノオもいるぞ」
ニャウニャ、ミーニャを撫でてると、将さんがおかしなこと言ってきた。
「やめろ!遠岳、ショウグン」
伊与里先輩と宮さんが顔を引きつらせている。
「また、笑えて来た」
「練習できると思ったのにっ」
先輩たちが、また笑い出して練習はなかなかできなかった。




