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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章
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ギター

 

 放課後になると、先輩たちが一年の教室まで部活の勧誘に来る。特に運動部の勧誘は激しい。体格のいい一年生は、争奪戦の様相だ。

 数日前までは、自分も文化系の部活から声をかけられることもあったのに、今は皆無だ。イヨリ先輩効果だろうか。

 イヨリ先輩に、強制的にバンドに参加させられることになったから、部活はできないからいいんだけどね……



 文化会館に着くと、すでにドラムのアカガネさんがいて、予約してある時間までの間、エントランスでいっしょに待つことになった。


「アカガネさんとミヤノオさんは違う高校なんですね」

「ああ、高校は別になったけど、中学はイヨリ含め3人とも同じところだよ。俺が中2、ミヤノオとイヨリが中1の時にバンド始めて」

「え? ってことは、アカガネさん、今、高3? 受験生ですか? こんな所にいていいんですか?」

「……親戚のおばちゃんみたいなこと言うんだな。俺は受験しないから問題ないよ」


 アカガネさんはイヨリ先輩と違って、落ち着いていて話し易い。


「あれ? 中学からということは、その間、ボーカルはいなかったんですか?」

「いたよ。同じ中学のやつで、俺と同級のボーカルが。春休み明けに受験でやめちまったけど」

「ああ、それで切羽詰まって、ボクなんかを……」

「……切羽詰まるほどでもなかったけど、まあ、そういうわけで、新しいボーカルを捜してたんだけどな。なかなかイヨリが納得するボーカルが見つからなくて、途方に暮れていたところにトオタケが来たわけだ。トオタケが引き受けてくれてよかったよ」


 ……よく分からないうちに、メンバーになっていたので、引き受けたと言われると、何とも言えない気持ちになる。


「おう、もう来てたのか」

「うーっす、早いな。二人とも」


 イヨリ先輩とミヤノオさんが普通な感じでやって来た。こうしてると、学校のうわさが嘘に思えるくらい普通だよな。イヨリ先輩。



 合流して練習室へと向かう。

 防音の部屋は独特な空気があるよなぁ。外部の音を遮断しているせいか?


「トオタケ、ギター持ってきたんだな。どんなの?」


 ギターのミヤノオさんが、興味津々といった感じで隣にやってくる。


「叔父さんから譲ってもらったギターなので、あまり詳しく知らないんです」

「身内にギター経験者がいるのか。恵まれてんな。音楽に理解のない家で育ったオレには羨ましい環境だな」

「いえ、叔父さんはバンドブームでギターは買ったけど、弾けるようになる前に挫折したそうなので、経験者というわけでは……」

「……ああ、そういう人いるな」


 ミヤノオさんのテンションが目に見えて落ちていく。

 叔父さんはよく分からない人だ。ボクがギターに興味あることを知った叔父さんが、青春の思い出だから売るのは寂しい、だが、弾いてやれないのも可哀想だからと言ってギターを譲ってくれた。思い出なのにいいのか聞いたら、他にも思い出のギターはあるから気にするなと言って笑ったのだけど、弾けないにもかかわらず、ギターを複数も持っている叔父さんの青春は謎だ。


「フジゲンのセミアコか……」


 取り出したギターを見て、ミヤノオさんの眉が上がった。一目見ただけで、すぐに分かるのか。


「ダメですか?」

「ダメなわけねえだろ。いいギターだよ。経験者でもなくフジゲンにたどり着くオジさんが何者なのか気になるけどな」

「欲しかったギターが高かったんであきらめて、見た目が好みなのを選んだらしいです」


 南の海を思わせる綺麗な青色のギターに一目惚れしたらしい。


「ミヤノオさんのギターはなんていうギターですか?」

「ギブソン・レスポール・クラシック。定番と言えば定番だけど、音が一番好みなんだよな。というのは建前で、姿に惚れて衝動買いしちまったわけ……」


 叔父さんと同じか。でも一目惚れするのも分かるかな。黒に銅色があしらわれたミヤノオさんのギターは、人目を惹くかっこよさがある。


「オレにも聞けよ」

「いや、お前、ベースだろ」


 イヨリ先輩がモスグリーンのベースを、こちらに向けたが、ミヤノオさんが一蹴する。


「お前ら、俺が悲しくなるから、楽器の話は、その辺でやめろよ」


 ドラムのアカガネさんが、うつろな目で先輩たちを見つめている。


「そうだな。雑談はここまでにして、トオタケ、とりあえず何か弾いてみろよ」


 ミヤノオさんが軽い感じで言ってきた。

 弾くのか……

 この前、聴かせてもらった三人の演奏とは雲泥の差があるんだけど……


「よし、聴いてやるか」

「どれどれ」


 他二名も、こちらにやってくる。

 来なくていいのに。


「あの! ボク、きちんと習ったことなくて……、だから、その……」

「ああ、それならオレもないよ」

「オレもベースはねえな」

「俺も独学だな」


 全員が独学だと申告してきた。


「……そ、そうですか」


 逃げ場を奪っていく人たちだな。

 仕方ない。弾くか。曲は何でもいいんだよな? 落ち着いて、間違わないように……


 ジャンジャンジャンジャカジャーン ブチブチン


 ……痛い。


「…………弦が、……切れた」


 しかも、2本も同時に……


「ああ、ええ~っと、あとでギターのメンテの仕方を教えてやるよ。今日のところは、ボーカルだけ合わせようぜ」

「そうだな」


 ミヤノオさんが引きつった顔で、自分のギターを手にして去っていく。他二人も同じ表情で去っていく。

 ……つらい。


「そういや、トオタケにオレたちバンドの曲を渡すの忘れてた。あとで渡すわ」

「オリジナル曲があるんですか?!」

「あるよ。カバーバンドだとでも思ってたのか?」

「いえ、……まあ」


 高校生バンドだから軽音楽部の延長くらいにしか思ってなかった。オリジナルもやるような本気のバンドなのか。経験もない素人の自分が、ここでやっていける気がしない……


「今日はトオタケもいることだし、カバーを色々とやるか」

「そうだな。新しいボーカルの声も知っておきたいし、色んなジャンルの曲やろうぜ」

「一曲ずつやりたい曲を言ってくか。俺は何にしようかな」


 3人が曲名をあげていく。えげつないのばかり。歌うのが難しい曲を、よくこれだけあげられるな。ああ、でも、ボクの歌を聴いたら、3人が正気に戻って、新しいボーカル捜しだすかも。


「最初は、ジラフドリフトの『桜の道』な」



 歌った。歌った。歌った。歌った。歌った。

 最後の方は無茶苦茶だった。知ってる程度の曲を好き勝手にアレンジして演奏しだした3人に合わせて歌う羽目になった。何が何だか、もう……


「はははは、面白れえ」

「うひゃひゃひゃひゃ、テンション上がった」

「いや~、こんな無茶苦茶なの久しぶりだな」


 先輩たち、楽しそうだな。

 こっちは疲労困憊で笑う気力なんてないよ。



 帰り際、イヨリ先輩に呼び止められた。


「トオタケ、連絡先教えろ」

「え?」

「え? じゃねーよ。クラウドストレージに入れてあるうちのバンドの曲を共有するのに必要なんだよ」


 イヨリ先輩がスマホを構えてる。断りたいけど断るわけにはいかないよな。

 というか、まだ、ボクにボーカルやらせるつもりなのか。歌えないところが、結構あったと思うんだけどな。

 結局、全員と連絡先を教え合うことになった。着々と逃れられなくなっていくような……


「次、集まる時までにオリジナル曲を覚えておけよ」


 という言葉を残して去っていくイヨリ先輩の眼光は鋭かった。覚えないと酷い目に合わすという意味の目つきか。


 教えてもらった音楽ファイルを開くと、驚くほど完成度の高い楽曲が流れてきた。

 これをイヨリ先輩たちが作ったのか? 高校生のアマチュアバンドじゃないのか?

 ……本気度と才能が明らかにボクと違う。

 この人たちのバンドで歌う? すごい場違い感……



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― 新着の感想 ―
[一言] 無自覚系チート主人公ですかね。
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