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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章

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偽物

 

 耳元でハアハアという息遣いが聞こえ目を覚ますと、寅二郎の口が目の前にあった。


「おはよう。寅二郎」

「うあぁあん」


 寅二郎といっしょに階段を降りると、人の声が響いてきた。母さんがつけっぱなしにしてるテレビの音か。朝の情報番組かな。爽やかとは言えない起こされ方をしたせいか、頭の働きが鈍い。なんて言ってるのか頭に入ってこない。冷蔵庫から麦茶を取り出し飲んでると、寅二郎に体当たりされた。


「仕方ないな。今、おやつやるから」


 犬用の小さいクッキーのようなものを数粒手に乗せ寅二郎にあげる。ぼりぼりと咀嚼音に交じって、音楽が聴こえ……

 ん?……あれ……?

 テレビから聴きなれた音楽が流れてきて動けなくなる。気のせい?だよね?そんなはず……

 テレビ画面を恐る恐る見に行くと、ギターのアップが映っていた。そして流れる、子供の歌声。


「あああぁぁぁぁ」


 ボクじゃないかぁぁ。

 懸賞金を懸けられている子供の時のボクの動画。それがなぜかテレビで放送されている……。なんで?

 テレビで流れると、なんか、すごい恥ずかしぃ。

 映像が終わってスタジオが映し出される。馴染みのあるキャスターの顔がアップになる。


『今、ネットで話題になってるこの動画なんですが、皆さんは見たことありますか?』


 キャスターがゲストに話しかける。


『初めて見ましたけど、かわいいですね~。歌もすごく上手』


 ゲストの女優さんが褒めてくれてる。ファンになってしまいそう。


『この少年も歌も謎でしてね。少年の正体も誰が作った歌かも分かってないんですよ。少年には1000万円以上の懸賞金が懸けられていて』


 パネルまで用意して動画と懸賞金の説明をはじめだした。なんだ、この番組……


『長い事、正体が不明だった少年の正体、皆さん、知りたいと思いませんか?』

『知りたいですよ。もちろん。でも、分かってないんですよね?』

『それが、実は、今日!会えると言ったらどうしますか?』


 え?会える?


『会えるなら会ってみたいですよ。そりゃあ』

『では、会っていただきましょう!テレビ初出演!噂の少年がCMのあと、登場いたします!テレビの前の皆さん、そのままお待ちくださいね!』


 ………ええっとぉ、伊与里先輩、起きてるかな。電話してみようかな。

 ……………………………でないな。どうしよう。CM終わりそうだ。


『お待たせしました。それでは、話題の少年を呼びましょう。皆さん、心の準備はいいですか?テレビ初登場!話題の、あの少年です!』


 番組始まっちゃったよ。登場とか言ってるよ。スタジオの人たちが拍手をしだしたよ。

 スマホから呼び出し音が途切れる。


【……遠岳?なんだよ。朝っぱらから。まだ、寝てたっていうのに】

「あ!伊与里先輩、おはようございます。あのですね。ああ!出てきたぁ」

【何がだよ!?】


 画面に、ギターを片手にマッシュルームカットの青年が映し出される。この人って、音楽スタジオのスタッフさんが教えてくれた偽者?


「先輩、テレビつけてください」

【はあぁ?テレビ?】


 寝起きでぼんやりしている様子の先輩に事情を話すが、生返事しか返ってこない。


『あなたがあの少年なんですよね?』

『はい、小泉拓也といいます。なかなか名乗り出る勇気がなかったんですが、友人に相談したら名乗りべるべきだと言われて。自分を捜している人が大勢いるのに、黙ったままなのは失礼なんじゃないかって思うようになって。勇気を出して名乗りでました!』


 ギターを握りしめ照れたような素振りの割には、饒舌だ。


『そうはいっても、成長しているのであの少年だと言われても信じるのは難しいですよね』


 キャスターがゲストに話しかけると、ゲストたちが頷く。


『ええ、ちょっと』

『彼が別人の可能性もありますよね?少年の顔は分からないわけですから』

『そうですよね。では、証明するためにも、ここで彼に生で歌ってもらうと言うのはどうでしょう?』

『はい、いいですよ』

『それでは、お願いします』


 キャスターが大げさな手振りで青年に注目を集める。マッシュルームの青年が椅子に座りギターを構えると、周囲の照明が暗くなった。照らし出されるマッシュルーム青年。


【なんだ?これ?】


 やっと目が覚めたらしい伊与里先輩が、戸惑いの言葉を吐き出した。番組を見てくれてるようだ。


【マジかよ。あの偽者、テレビにまで出てんのか】

「どうしたらいいでしょう?」

【どうしたらってなぁ……。ああ、マズったなぁ。もっと早く対策しとけば……】


 マッシュルーム青年が歌いだす。

 子供の時のボクとそっくりな歌声で……



 先輩が大きく息を吐いたのが、電話越しに聞こえてきた。

 テレビの中では、歌い終わった青年にキャスターが懸賞金のことを尋ねている。


『すでに懸賞金を懸けているところには、連絡しています。返事は、まだないのですが、いい返事を貰えると思ってます。僕は懸賞金には興味ないんですけどね』


 爽やかに答えている青年を、疑う者はいないみたいだ。スタジオは大盛り上がりだ。


「先輩、あの」

【ああ、あの分なら、大丈夫だろ】

「え?あの……」

【じゃあ、学校でな】


 そう言うと、伊与里先輩は電話を切ってしまった。

 大丈夫って、どういうことだろう?なんか、策でもあるのかな?


 洗濯していた母さんがダイニングに入って来て首を傾げた。


「洋ちゃん、のんびりしていていいの?もう、出る時間じゃない?」

「ああ!もうこんな時間?ああ、雨降ってる!」

「バスなら間に合うんじゃない?」

「バス、好きじゃないのにぃ」


 雨の日のバスは、むあっとしていて変な匂いするから乗りたくないんだよなぁ。でも、そんなこと言ってられないか。


 ✼


 伊与里先輩は大丈夫と言ってたけど、やはり気になる。詳しい話を聞こうと、学校で先輩を捕まえようとしてるけど、会うことができずにいる。昼休みになっても見つけられない。どこに行ってるんだ?先輩。


「遠岳くんだ。ヤッホー」

「ヤッホー、ヨッシー副部長」


 2年の教室がある廊下に続く階段でうろうろしてたら、ヨッシー副部長に遭遇した。


「その顔は悩み事があるね!よし!ヨッシー先輩が相談に乗ってあげよう」

「え?どうして悩み事があるって分かったんですか?」


 伊与里先輩に続いてヨッシー副部長まで、心を読んだ?どうなってんだ?


「遠岳くん、分かりやすいからね~」

「……分かりやすい?」


 そうか。分かりやすいのか。


「それで?どうした?」

「う~ん、そうですねぇ。何と言ったらいいのか……」


 どう説明したらいいのかな?副部長たちにはボクが懸賞金の少年だとは知らないわけだし、具体的な相談はできないよなぁ。


「……あの、もしもですよ。ヨッシー副部長の偽者が現れたとして、どうやって、自分が本物だと証明しますか?」

「え?」


 ヨッシー副部長が怪訝な顔になる。それはそうだ。おかしな問いかけだよな。


「いえ、あの……、漫画で見かけて」

「偽者かぁ。コピー人間みたいなののことだよね。SFの世界だね。そういうの嫌いじゃないよ!」

「そうですか。よかった」


 変な人とは思われなかったみたいで安心した。


「証明かぁ。うちだったら、親しい人に二人しか知らないことを話して、本物だって証明するかなぁ?」

「確かにそれが常套手段ですよね」


 でも、それだと親しい人限定になるよなぁ。動画を見てる人達は親しくもなんともない人たちだから使える手法じゃない。


「では、知り合いでも何でもない人たちに、自分が本物だと証明するには、どうしますか?」

「ええ?見知らぬ人は難しいよぉ」

「ですよね」


 そんな都合のいい方法はないよなぁ。


「あ!でも、遠岳くんなら大丈夫じゃないかな」

「ボクなら?」

「歌えば、みーんな気づくと思うよ」


 にっこり笑顔で嬉しい事を言ってくれる。思わず、こっちまで笑顔になる。


「それで分かってくれるの、ヨッシー副部長と杉崎部長くらいだと思います」


 顔隠しただけで部長たち以外誰も気づいてないし……

 それに、歌で分かってもらうというのは、すでにやってるようなものだけど、偽者のほうが、子供の時のボクに近い歌声なんだよなぁ。声変わりしたボクの声は子供の時とは全然違ってしまっている。

 先輩は大丈夫って言ってたけど、放っておいていいのかなぁ?



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