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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章
34/133

外国人

 

 練習が終わり、いつもなら解散となるところだけど、新曲ができたお祝いということで、何か食べてから帰ろうということになった。今日は、手が痺れるほどギターを弾いたし、全員、疲労困憊といった感じなのに、テンションだけは高い。


「どこに入るか?」

「無難にファミレス?金ねーし」

「無難すぎるのもなー」


 駅前の小さな飲食店が連なっている道を歩きながら、どこに入ろうか悩んでいると、茶色の髪の外国人が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。思わず、赤鐘さんの陰に隠れてしまう。


「何してんだ?遠岳」


 伊与里先輩が不可解そうにボクを見てくる。


「伊与里先輩が、この前、帰り際に脅かすようなこと言うからですよ」


 外国人を見ると警戒してしまう。


「ああ、怪しい外人が遠岳を捜してるってやつか」

「その話、俺も聞いたわ。尋ねてきた外国人に用件を聞いても話さないっていうんだろ?怪しいよな」

「赤鐘さんまで、やめてくださいよ」


 怖くなってくる。わざわざ会いに来るって、普通じゃない。必要ならSNS経由で連絡を取ればいいだけなのに。ザッシュゴッタのアカウントがあるんだから。


「まあ、あの懸賞金関係だろうから過剰に心配する必要はないとは思うけどな。一応、対策を考えるとくか?」

「じゃ、とりあえず、ここに入ろうぜ。通りでするような話じゃないし」


 宮ノ尾さんが親指を向けている裏通りにある中華系チェーン店に入る。幸い混んでなくて、すぐにテーブルに着くことができた。


「オレは味噌ラーメンと餃子」

「チャーシュー麺と餃子とライス大盛り」

「担々麺と餃子で」

「醤油ラーメンをお願いします」

「遠岳、餃子も頼めよ。ここは餃子が安くてうまいんだぞ」

「そうなんですか?じゃあ、餃子もお願いします」


 全員、注文し終え、水を飲んでると、赤鐘さんが身を乗り出してきた。


「さてと、遠岳の外国人ストーカー対策といくか」


 赤鐘さんが真剣な面持ちになる。


「ストーカーかぁ。遠岳には高校にも熱狂的な男のストーカーがいるんだよな」

「……ストーカーというほどでは…」


 なんで伊与里先輩は笑顔なんだ。


「他にもいるのか?! しかも高校にまで……」

「なんかすげえな」


 宮ノ尾さんと赤鐘さんが珍しい生き物を発見したような眼で見てくる。


「まあ、バンドやってると熱狂的ファンがつくことはあるけど。遠岳のはちょっと毛色が違う感じだよな」


 心底楽しそうに伊与里先輩が笑顔を向けてくる。何なんだ。この人は。


「そうなると、対策って、どうしたらいいんだろうな?」

「外国人のほうには、まだ正体はバレてない感じなんだろ? なら、遠岳に辿り着かせなければいいってことだよな?」


 みんな難しい顔したまま、固まってしまう。対策といっても、この状況だとできることないよなぁ。


「考えたんだけどさ。人のいる所で遠岳の名字を呼ぶの、やめたほうがよくないか?名前さえ知られなければ、案外正体は隠せると思うんだよ」


 声をひそめて話し出した宮ノ尾さんの提案に、先輩たちが頷く。


「そうだな。遠岳って割と珍しい名字だし、知られたら芋づる式に色々バレそうだしな。正体を隠すには、遠岳以外の呼び方したほうがいいか。あだ名つけるか」

「あだ名ですか……」

「ネットやライブとかでメンバー紹介の時に使う芸名みたいなもんだな。何がいい?」

「そう言われても」


 思いつかない。同級生からは『遠岳』だし、家族からは『洋ちゃん』だし、あだ名は付けられたことないんだよな。


「あ、俺もあだ名で呼ばれたい」


 注目を向けるためか右手を上げた赤鐘さんが、真面目な顔で話し出した。


「遠岳と宮ノ尾って、俺のこと『赤鐘さん』って呼ぶだろ。距離感じて、ちょっと寂しいっていうか」

「……そんなこと考えてたのか。その見た目で乙女のような繊細さ持ってるとか怖いわー」

「伊与里は距離なさすぎだけどな」


 伊与里先輩と赤鐘さんが、不毛なやり取りを始めた。


「あ、あの、赤鐘さんは、なんて呼ばれたいんですか?」

「ん~、そうだな。友人や家族からは『ショウゴ』か『ショウくん』って呼ばれてるから、そんな感じで」

「『ショウグン』ですか。スゴイあだ名ですね」

「ショウくんだ。ショウくん!」


 ああ、違うのか。ショウくんより、イメージに合ってるから、てっきり。


「ぶはっ!いいじゃん。『ショウグン』!今日から、そう呼んでやるよ。『ショウグン』」

「じゃ、オレも『ショウグン』って呼びますわ」


 伊与里先輩と宮ノ尾さんが笑いながら『ショウグン』を連呼する。


「……お前らな。まあ、いいけどよぉ」

「え?えっと、ボクは『ショウさん』って呼びますので」


 複雑な表情を浮かべる赤鐘さんに、無難そうな呼び名で呼ぶことを告げる。『ショウグン』とは呼べないよな。二人は呼ぶ気みたいだけど。なんか、すみません。


「それじゃあ、オレも『宮ノ尾さん』は、やめてもらおうかな。遠岳って、オレの名前を呼ぶ時、なぜか猫の鳴き声みたいなイントネーションで呼ぶだろ?気になってたんだ」

「ブフッ、それは仕方ねえだろ。実際、猫の鳴き声みてえなんだから。お前の苗字」


 伊与里先輩が腹を抱えて笑い出す。その肩を宮ノ尾さんがこぶしで叩く。


「ええっと、では、何て呼べば?」

「『ミヤ』って友人連中は呼ぶけど」

「じゃあ、……『ミヤさん』で」

「まあ、遠岳の性格的に呼び捨ては無理そうだもんな。それでいいよ」


 呼び捨ては無理です。緊張してしまう。

 料理が運ばれてきたので、みんな食べながら話を続ける。


「伊与里先輩は、どうしますか?」

「『イヨちゃん』でいいだろ」


 将さんが真顔で言いだした。本気なのかな?


「ふざけんな! そんな呼び方したら、遠岳ぇ、どうなるか分かってるだろうなぁ?」

「呼びませんから、叩くのやめてください」


 ボクの頭を叩くのは、やめてほしい。軽くだから痛くはないけど。


「オレは別に先輩呼びで不満ないし、今のままでいいよ」

「先輩呼びはズルいよな。俺も先輩って呼ばれてたら、不満ないわ」

「学校が同じだからな」


 深く考えたことなかったけど、そうか、同じ学校だから先輩と呼んでたんだな。


「それはそうと、遠岳のあだ名を決めてたんじゃなかったか?」

「ああ! そうだった。どうするか……」

「ん~、トオタケ ヨウタだろ。……本名を推測できるあだ名じゃ意味ないよな~」


 推測できないあだ名……


「じゃあ、ラーメンか、餃子でいいだろ」

「伊与里、お前なぁ。目の前にある食べ物の名前を適当にあげんなよ。それがあだ名じゃ可哀そうだろ」


 よかった。将さんがまともで。


「呼ぶ方まで恥ずかしいあだ名は付けんなよ」


 餃子を食べていた宮さんが、のんびりと先輩に忠告してくれる。


「わかりやすいのにしようぜ。遠岳と全く関係ないあだ名だと忘れる自信ある」

「じゃあ、あだ名は『タケ』でいいだろ」


 トオタケでタケ?


「まあ、無難か。タケのつく苗字や名前は多いから誤魔化せそうだしな」


 伊与里先輩の案に宮さんも賛同する。無難なあだ名になってよかった。


「顔は知られてないわけだし、これでしばらくは大丈夫だろ」


 先輩たちが満足そうに頷いている。

 そうなのかなぁ。これで、対策になったんだろうか?まあ、何もしないよりマシか。



 食べ終わって店を出ると、薄暗い通りには、珍しく人気がなかった。


「次の練習日は、土曜だからな。忘れんなよ」

「おー、お前こそ忘れんなよ。じゃ、また土曜にな」

「おう、またな。じゃあ、気を付けて帰れよ。遠岳」

「はい!お疲れさまでした」


 挨拶して先輩たちと別れたあと、歩きだそうとしたら、腕をいきなり掴まれた。

 何か用事でもあったかと、掴んだ腕の持ち主を見ると、先輩たちじゃなかった。


「アワジャツリ!」

「いっ?!」


 明るい色の髪。小麦色の肌。暗くて姿がはっきりと見えなくても分かる。

 この人、……外国人だ。


「どうした?!遠、じゃねえ…タケ」


 先輩たちが気づいて、戻って来てくれた。


「ん?外人?」


 腕を掴んでいる怪しい男を見た伊与里先輩が足を止める。


「こいつが例のストーカー?」

「思ったより若いな」


 遠巻きに眺めているだけで、先輩たちは助けに来てくれない。


「あ、あの、手を離してほしいんですが」

「アツテュリエ!!」

「えっと、なんて言ってるんですか?アイキャンノットアンダースタンドイングリッシュ」

「セセブア!アプセルサソルブレ!」


 全く、何言ってるか分からない……


「遠っ……、タケ、しゃべんな。しゃべると、その外人が興奮する」


 伊与里先輩がおかしなこと言いだした。話すと興奮って、どういう状況……?


「とにかく、落ち着こう。……外人さん、ドウ、ドウ」


 将さんが手を上下に振りながら、落ち着くように外人さんに語り掛ける。


「……馬じゃねえんだから、それで落ち着くかよ」


 伊与里先輩が呆れたようにタメ息をつく。


「ドウ、ドウって英語じゃねえのか?……だったら、英語で落ち着けって、何ていうんだ?」

「そりゃあ、………何だっけ? 急に言われてもなぁ。いつもならすぐに出てくるんだけどなぁ。急にだとなぁ」

「もう、ドウ、ドウでいいんじゃね? 馬に通じるんなら、外国人にも伝わるだろ」

「そうだよな。同じ人類なんだし。馬より理解し合えるはず」


 ……ダメだ、この人たち。


「ジュブジュスタティパルリ!」


 見知らぬ外国人は先輩たちにかまうことなく、ボクに話しかけてくる。理解できない言語で。反応のないボクにしびれを切らしたのか強く腕を引かれた。


「うっ!」


 あ、手が離れた。

 手を引っ張られ思わずうめいたら、焦ったように手を放してくれた。先輩たちが駆け寄ってくる。


「よし!いまだ!逃げろ!!遠……、タケっ!!」


 もう、遠岳でいいような気がする……



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