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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章
32/133

夜道

 

「お、将吾、思ったより早かったな」

「俺抜きで、新曲の練習はねえだろ!あの曲にドラムなしなんてありえねーよ!」


 ロック系でドラムなしは確かにありえない。


「よし!やろうぜ」

「いやいや、肩で息してるし、休憩したほうが」


 宮ノ尾さんが止めるが、赤鐘さんはドラムのセッティングをはじめてしまう。今日は、みんなやる気だな。ボクも気合い入れよう!


「それじゃあ、やりますか!」


 赤鐘さんの掛け声とともに全員が姿勢を正す。

 ドラムからベース、ギターと次々鳴り響いていく。歌詞のイメージを意識して……




「あ~!!ダメだぁぁ。……遠岳の歌と全然あってねえ!」


 曲が終わると、渋い顔の伊与里先輩が大きく息を吐きだした。


「雷雨じゃねえよなぁ。夕立って感じだ。雷雨なら、もっと、ドラムで表現しねえとダメだよな。あ~、もっと、こうさぁ。ただ激しいだけじゃなくて」

「ギターもどこか物足りないんだよなぁ。……どうすっかなぁ。もっと歪ませるか……。最初のほうは抑えて……。ギターから選び直したいけど、今はとりあえず……」


 良かったと思うんだけど、先輩たちは不満らしい。

 ボクの歌とあってないってことは、歌がダメってことだよなぁ……


「えっと、ボクはどのあたりを直したら……」


 伊与里先輩に声をかけると、奇妙な表情になり、なぜかしどろもどろになった。


「あ? ……いや、遠岳は別に、今の調子でいいっていうか……。演奏が足引っ張ってる……。つーか、………遠岳って誰かにボイトレ受けたことあるか?」


 話が急に飛んだ。


「ボイトレ…ですか? ……ないですけど」

「じゃあ、子供の時、誰から歌い方を教わったんだ?」

「田舎のばあちゃんや近所の人といっしょに歌っていただけですけど……」

「田舎のばあちゃん? 近所の人? ………そのうちの誰かが、音楽経験者ってことは?」

「……どうなんでしょう。詳しいことは聞いたことないですけど、音楽の仕事してた人はいないと思います。いっしょに歌っていた歌も、童謡や昔の歌謡曲でしたし」

「童謡や昔の歌謡曲ねぇ」


 なにか変なとこがあるんだろうか?


「でも、ロックの声の出し方ができてんだよなぁ。しかも流行りの歌手の発声とは違って独特というか……。独学で覚えられるもんなのか?」


 納得いかないのかブツブツとよく分からないことを言い出した伊与里先輩が、顔を上げる。


「遠岳、もしかして、外国育ちだったりするか?」

「……日本から一度も出たことないくらい日本育ちです」


 先輩が何を言いたいのか分からない。声に違和感があるってことなのかな?


「えっと、ボイトレ習いに行ったほうがいいんでしょうか?」

「ああ? ……そりゃあ、ボイトレはしたほうがいいけどな。習いに行くにしてもなぁ。変なのに教わって歌い方がおかしくなってもなぁ。しばらくは声を潰さないように独学で頑張れ」


 独学と言われても……


「やっぱり、一から作り直したほうが早いな」

「そうっすね。海里さんの声に合わせてアレンジしたものだと、遠岳の歌とは、馴染まないっすから」

「伊与里! 遠岳! しゃべってないで、こっち来い。一から作り直すぞ!」


 赤鐘さんがウォームアップしながら、声をかけてくる。遊び気分だった雰囲気がなくなり、緊張感が部屋全体に広がっていく。


 ✼


 完成していた曲をもう一度作り直していたら、時間はあっという間に過ぎてしまっていた。すでに、深夜に近い時間だ。

 明かりの少ない川沿いを全員でたわいない話をしながら歩く。


「遅くなっちまったな」

「遠岳のところは大丈夫なのか?家が厳しかったりしたら怒られんじゃないのか?」


 赤鐘さんの、こういう気づかいをさらりとできるところが一番の年長者って感じだよな。


「大丈夫です。家族全員、ボクには甘いので」


 悪ささえしなければ、ほとんどのことは容認してくれる。目が合った宮ノ尾さんがニヤリと笑った。


「遠岳は、末っ子だろ?」

「はい」

「そんな感じだよな。凪と似てるわ。その辺り」


 え?

 伊与里先輩と似てる?! 似てる?!


「あ~あ、どうせなら時間気にせず、思いっきり作り込みたかったよな~」


 大きく伸びをした伊与里先輩が、不満げに石を蹴る。


「明日、学校あるんだから無理だよ」

「学校かぁ。なんで学校あんだよ。やめちまいてぇぇ」

「学生のほうが時間は取れるんじゃないか?俺は社会人になる一年後が、恐ろしいわ」


 伊与里先輩の嘆きを否定するように、赤鐘さんが肩をすぼめる。そうだよな。社会人のほうが大変そうだよな。高校生になったばかりで、全然実感ないけど。


「将吾は働くつもりなのか? やめとけよ。そんな無駄なこと。ドラム一本で行けよ」

「恐ろしいこと言うな」


 伊与里先輩って、自分の欲望のために他人の人生を喰い潰すタイプだよな。伊与里先輩には気を付けよう。



「じゃ、オレはここで」

「俺も。じゃあな。気を付けて帰れよー」


 駅前で宮ノ尾さんと赤鐘さんと別れる。次の分かれ道まで、しばらく、伊与里先輩と二人きりで歩くことになる。


「そういや、遠岳!怪しい人に声をかけられてもついていくなよ」

「……はぁ? …子供じゃないので、ついていったりしませんけど。伊与里先輩、どうしたんですか?急に小学生の父親みたいなこと言い出して」


 胡散臭い。


「まあ、なんて言うことはないんだけどな。前にオレたちがライブやったライブハウスのスタッフから連絡があってさ。なんでも、不審な外国人の男がザッシュゴッタのボーカルのことをスタッフや客に聞いて回ってるらしいんだよ。知らないと言っても、しつこく、何度も何度も。尋常じゃない様子だったから、気を付けたほうがいいんじゃないかってさ」


 なんてことあるよ。それ。怖いよ。


「そう言うことだから、遠岳、気を付けて帰れよ」


 伊与里先輩は衝撃の言葉を残して、さっさと歩き去ってしまう。

 なんで、去り際にそんなこと言うかな。夜道がこんな怖いと思ったこと、子供の頃でもなかったよ。


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